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2010/11/30

『詩』イ・チャンドン監督Q&A at 東京フィルメックス

11月28日、東京フィルメックスが最終日を迎え、クロージング作品として『詩』の上映が行われた。

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舞台挨拶とQ&Aに登場したイ・チャンドン監督は、見た目はかなり劇画調の風貌ながら、話し方はとても穏やかで、時にチャーミングな一面さえ披露。満席となった観客はその思わぬギャップに心を掴まれていた様子だった。以下、その模様を記録しておく。ご興味おありの方はご覧ください。ただし思いっきりネタばれしておりますのでご注意を。

■質問1:

ラストが河の流れで終わっていたが、前作の『シークレット・サンシャイン』でも陽射しが照りつけているという自然の描写が印象的だった。両方とも人間を離れた自然のものといった共通点があるが、そのあたりになにか監督のお考えがあるのでしょうか?

●イ・チャンドン:

まずご質問にお答えする前に、上映時間が長い作品であるにも関わらず、最後まで席を立たずに見ていただいて感謝申し上げます。

河をラストに据えたのには意味がありました。本作は最初に河から始まります。河に少女の遺体が流れてくるところから始まって、最後もこうして河で終わる。最初と最後で“息を合わせる”という演出的な意味も持たせたいと想いました。

それから最初の河と最後の河とでは意味合いも違います。最初のは美しくも平和的な日常の風景の中に予期せぬ苦痛や穢れが混じっているということを表したいと思いました。つまり河とは美しいだけでなく、苦しみや穢れというものを中にはらんでいる、と。

対して、最後に出てくる河ですが、最初の河にあった“死”のイメージとは一変して、今度は“生命”という意味合いを込めたいと思いました。すべての生命は水からはじまったと言われています。この河に“生命の源”を象徴させたかったのです。

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■質問2:

キャスティングのことですが、ユン・ジョンヒさんがミジャという本名の役を演じたり、実際に身体に障害を抱えているキム・ヒラさんを同じ身体の不自由な役を演じたり。これら韓国でよく知られた俳優さんたちをあえてキャスティングした理由をお聞かせください。」

●イ・チャンドン:

ユン・ジョンヒさんは私が子供の頃から既に活躍されており、60年代には韓国のトップスターとも呼ばれた伝説の女優さんです。60年代から70年代の間に300本もの映画に主演したと言われています。

彼女が映画に出なくなって16年ほどの月日が経ちます。私自身、彼女のことはよく知らなかったのですが、たまに映画の授賞式などでお逢いするときに感じていた印象がありました。

それは「彼女は年齢を重ねながらも、内面は少女のような部分がある」ということです。それも非現実的と思えるくらいにそういう点が際立っていました。

もちろん過去に名声を極めたスターは往々にしてそういう非現実的なところを持ち合わせているものですが、彼女は特にそういう印象が強かったんです。外国暮らしが長かったのもその理由のひとつかもしれません。

そんなわけで少女の部分も出したいと思い、私が膨らませていたミジャというキャラクターと内面で相通じるものがあると感じたわけです。

そして彼女の本名がミジャだから役名をそれに合わせたのではなく、物語の設定として主人公の名前は“ミジャ”でしかあり得ないと思っていました。ヨンジャでもだめですし、ミスンでもだめ。絶対にミジャにしたいと思いました。

ミジャとは感じで“美子”と書くのですが、いまでは韓国でもあまりつけない名前なんです。ちょっと昔風の感じがする。“美しさ”+ちょっと時代を印象付ける要素“子”を意識したわけです。

そして後日、たまたま彼女の本名がミジャということが分かり、これは偶然では無く運命なのかも、と想いました。

(通訳さんが訳し終わったのを受けて)

ふふふ。本当に通訳が上手ですよね。その素晴らしさを皆さんにお見せしたくて、わざと長く喋ってみました。

(場内、爆笑)

(チャンドン監督、さらに続ける)

もうひとり、キム・ヒラさんをキャスティングした経緯ですが、彼はこれまでたくさんの映画に主演し、とりわけアクション映画への出演が多かった人です。

彼が本作で演じる「カン会長」の役は“無力になってしまったマッチョ”というべき人物。そういうキャラクターを表現できるのは彼をおいて他にはいないと思いました。

彼自身、脳卒中を患って身体が不自由なところがあります。そういう方にこのような役を演じて頂くのは申し訳ないかなとも思ったのですが、私は身体の障害というのは人間の身体的な特徴だと思うのです。背の高い人、低い人といった感じで、彼の障害についてもひとつの特徴として受け止めたい、ということでお願いしました。

できあがったものを見てもやはり彼の演技は彼にしか成しえない素晴らしいものが刻まれていると思いました。


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■質問3:

監督の映画を拝見してきて、本作に限らず、手持ちカメラでの撮影がとても印象的だなと思います。監督は「固定カメラ」と「手持ちカメラ」の使い分けについてどのような考え方をお持ちなのでしょうか?


●イ・チャンドン:

私が“テモチ(質問者の発した言葉をそのまま用いて)”を用いたのは『オアシス』の頃からで、今回が3度目になります。とりたてて大きな意味があるわけではないのですが、自分なりの考えやこだわりは少しだけあります。

私は映画をできるだけ“現実に近い形”で撮りたいと常日ごろ悩んでいます。固定撮影は私にとってまるで写真を撮っているような、額の中の絵のような感じがするんです。

美術の世界ではそれでいいのかもしれません。しかし映画でそのように撮ってしまうと、額の外の世界はまるで“無いモノ”として扱われているような、そんな感じがしてしまうのです。額縁の中が世界のすべてであるという考え方が根底にあるような気がして…。

映画においても固定で撮ると、アングルの中だけが“存在している”というような気持になってしまうんです。すぐそばにはスタッフや俳優や機材や照明などの現実世界が広がっているというのに。

片や手持ちカメラで撮るというのは、フレームが限定されず行ったり来たりするわけですから、フレームの中と外の境界線があいまいになって、より現実に即した形で映画を撮れるのではないかと思うのです。

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■質問4(最後の質問):

本作はその大筋として、孫が事件にかかわっているという部分と、祖母が詩作をはじめるというふたつのラインが組み合わさって形を成していくわけですが、どのようにしてこの物語を着想されたのでしょうか?

●イ・チャンドン:

この物語は青少年による集団暴行事件をモチーフにしています。

数年前に地方都市で実際にあった事件ですが、そのとき私も他の人と同様、衝撃を禁じ得ませんでした。そしてぜひこれを映画にしたいと感じました。

新聞やテレビで数多くの事件が報道されている中でなぜこの事件が私の心の中に入り込んだのかよく説明できないのですが、どこか現代における日常生活や道徳性について深く問いかけている事件だと思ったのです。

ただ、映画にしたいと感じながらも、どのような語り口で撮ったらいいのかなかなか答えは見つかりませんでした。

方法はいくつかあると思うんです。被害者の立場で正義を探していく、自分の悔しい気持ちを突き詰めていく、あるいは警察や新聞記者が真実をひとつずつ解き明かしていく…。でも私にはそれらがすべてありきたりだと思えました。まだ見つかっていない他の方法があるはずと思ったのです。

しばらくして私が京都を旅行しているさなかに転機は訪れました。ホテルの部屋でテレビをつけると、多分あれは眠れない人のための映像なんでしょうね、とても瞑想的な、眠りに落ちやすそうな映像がひたすら流れていたんです。

このとき、どういうわけか私の頭の中に「詩」というタイトルが浮かびました。そして詩を通してこの事件を語ろう、と着想したのです。

それと同時に、主人公は60代半ばのおばあさんで、彼女は初めて詩を書く、そして暴行事件の加害者は孫である、というプロットが一気に浮かんできました。それがどうしてなのか、私自身まだよく分からないのですが…

そのとき私はたまたま有名な詩人と共に旅行をしていました。翌朝、彼にさっそくこう告げました。

「次の作品は、詩というタイトルで、60代半ばの老婆がはじめて詩を書くという内容になるよ」

するとその詩人はそれはあまりに無謀だと、慌てて私にこう忠告しました。

「いいかい、あなたは確かにこれまで1本や2本、映画で成功したかもしれないけれど、ちょっと生意気になりすぎたんじゃないか?そんな内容を映画で撮るだなんて、正気なのか?」

友人の忠告は有難かった。でも私はそれを聴いてなおさら撮りたいと思いました。

(訳し終わってから)

ふふふ。

(またもや長い長いを終えた通訳さんにねぎらいの言葉をかけたそうな監督。その穏やかな笑みにつられ、観客も笑いに包まれる)


その和やかな雰囲気のまま、質問時間は終了。

会場の盛大な拍手に包まれながら、イ・チャンドン監督、退場。

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