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2010/12/29

旅の思い出

 友人に待望の赤ちゃんが生まれたという知らせを聴き、なぜか2年前の懐かしい記憶がよみがえった。それはポーランドからイギリスへ向かう格安飛行機の中でのこと。そこで僕はまだ1歳にも満たない赤ん坊を抱えた若い夫婦に出逢ったのだった。

 機内に東洋人らしき人は一人もおらず、というか僕はポーランド(それもクラコフという古都)滞在中に一人たりとも自分と同じ肌の色の人間に逢うことは無かった。それゆえ、かの国を離れる頃には、誰ひとりとして自分とアイデンティティを同じくするものがいないことに、ヤサグレを通り越した一種の開き直りのような表情さえ浮かべていた。

 そんな中で出逢った1歳にも満たない赤ん坊は、どうやら後部座席に佇む僕のことが気になってしょうがないらしく、離陸のときはギャアギャアと泣き叫んでいたのに、今ではすっかり落ち着きを取り戻し、僕の一挙手一投足を見逃すまいと、じっと観察を続けている。

 我が子のそんな反応は若いパパママにとっても予想外だったらしい。「見るんじゃありません」と注意するでもなく、彼らは彼らで、異人に興味を示す我が子の愛くるしい一挙手一投足をにこやかに観察している。

 いわゆる、観察による三すくみである。

 これで僕が若いパパママの姿を見つめさえすれば黄金のトライアングル完成ということになる。その時の僕はやや人混みに疲れていたせいもあり、この輪から早々に離脱したい気分だった。が、同時にひとつの可能性が頭をもたげてくるのを感じた。

 きっとこの子にとって僕という人間は、生まれて初めて遭遇するアジア人に違いない。とすると、いまこの瞬間の僕への視線が、赤ん坊の将来的なアジア人観を決定づけることになるかもしれない。

 途端に、自分が国家代表にでもなったような意味不明の責任感が覆いかぶさってきた。ここはできるだけスケールの大きな態度で、優雅に接しようではないか。僕はこちらの様子を伺っているパパママに二コリと視線を送り、二人の視線が僕を許容するのを確認してから、いよいよ国家間交流のごとく赤ん坊にうやうやしく握手を求めた。

 「はじめまして」

 すると赤ん坊も待ち構えていたかのように手を差し伸べてきた。背後で若パパに操られるような格好で。続けてまだ物言わぬ我が子に代わって腹話術のごとくパパの甲高い声色が響いた。

 "Nice to meet you, too"

 僕と赤子がいざ歴史的瞬間を迎えるべく掌を近づけると、これが思いのほか赤ちゃんの手はちっちゃくて、ふたりの掌はまるで縮尺を異にしていた。僕はあわてて自分の巨大な掌を引っ込めて、改めて、今度は“人さし指”を差し出すことにした。これで縮尺は完璧だった。

 そうして国家間の挨拶は、相手が僕の指をギュッと握り締める、という形で執り行われた。

 儀式が終わると、僕も若いパパママも少しホッとした気持ちになって、思わず笑みがこぼれる。

 「すごく国際的な赤ちゃんですね。きっと将来、サミットで活躍するでしょう」

 僕は気の利いたことを言ったつもりだったが、ことのほか“サミット”という言葉がよく伝わらなかったらしく、言葉はシャボン玉みたいに宙に浮かんですぐに消えた。

 沈黙を飛行機のエンジン音が埋めていく。

 そうやってサミットはお開きとなった。僕らは再びそれぞれの座席で、それぞれの時間へと帰っていく。

 ふと視線を窓から外へ移すと、機体はちょうど名もなき山脈の頂きを通過している辺りだった。

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