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2010/12/12

ヒア アフター

かつて丹波哲郎は、自身の長年に渡るライフワークを注ぎ込んだ監督作の表題で「死んだら驚いた」と打ち出した。死とは誰の身にとっても言いようのない恐怖であり、それゆえ人類の飽くことなき興味関心の対象となりつづけ、それにまつわる多種多様な解釈は世にある宗教の最も核心的な部分を成してきた。

『ヒア アフター』はクリント・イーストウッドにとって未体験ジャンルだ。もちろん彼は、宗教者などではないどころか、これまでのフィルモグラフィーではいったいどれだけの敵対者を銃口の煙の彼方へ葬り去ってきたか知れない。法からも神の道からも逸れた文字通りの“アウトロー”なのだ。

そんな彼が死の向こう側へと想いを馳せる。いや、それは正確な表現ではない。この映画では「あの世」の具体的なビジョンなど何ひとつ登場しないからだ。メインとなるのはあくまで「この世」。それも“失った人”や“あの世”のことを必死に考え、思い悩む人間たちの孤独な姿にカメラは真向かいつづける。

それゆえこの映画にはなにひとつ嘘が無い。未知なる領域へ踏み出しながらも、「死へ想いを馳せる人間たち」という究極のリアリティに踏み留まる謙虚さ、視座の確かさ。これぞイーストウッドならではの語り口と言えよう。

Hereafter

物語は大津波から幕を開ける。『ディープ・インパクト』のそれなど比ではない。向こう側から路の両端のヤシの木をなぎ倒しながら襲い来る海水の猛威。しかも呑みこまれてからが長い。海水の激流の中できりもみしながら、障害物に激突しながら力尽きてゆくまでを圧倒的な迫力で描かれる。その場所で、ジャーナリストの女性は臨死体験に身をさらす。職場に復帰したあとも、あの時の不思議な感覚が度々蘇ってくる。いったいあの向こう側には何があったのか?

時を同じくして、ロンドンでは双子の男の子が別れの瞬間を迎えていた。性格は正反対だが、いつも連れ添って互いをフォローし合っていたふたり。しかし片方はお使いの最中に自動車事故に合い、あっという間にあの世へ行ってしまった。残された片割れは、彼がどこへ行ったのか知りたいと願っている。そして、出来ることならもういちど彼に逢いたいと願っている。

そしてアメリカ。マット・デイモン演じる孤独な男はかつて霊界と交信できると謳い脚光をあびた男。だがその能力は彼を猛烈に苦しめるばかりだった。誰かに触れると電流のごとく何かが語りかけてくる。見えなくていいものまで見えてしまう。まっとうな交友関係など結びようがない…。

この三者は、イーストウッドにお馴染みの“身体の傷”こそ見せないが、それぞれに大きな心の傷を負っている。心に空いた大きな穴を埋めようと、日々、懸命にもがいている。

それは本作の着想期、友人の死によって喪失感に打ちのめされたという脚本家ピーター・モーガンの心象とも像を合わせ、彼ら作り手、登場人物らの孤独だった日々は、物語の進展と共に穏やかなぬくもりの中へと包まれていく。またその様子は、カメラの背後にいるイーストウッドが少年の眼差しを借りて、彼もまた少年の日々に想いを馳せたであろう“死の向こう”を、あどけない表情で見つめようとしているかのようだ。

生きることは闘いだと誰かが言った。その本質は、人の死を経験しても決して絶望せず、また自らの死の恐怖に押しつぶされそうになりながらもなお生き抜いていくことなのかもしれない。

ただし、正直このスーパーナチュラルが、ここ10年のイーストウッド作と同列に並べられるほど成功を収めているかどうかは疑問だ。彼にとって本作を手掛けることにメリットがあったのかどうかも。緊張感を徐々に詰めていくピーター・モーガンの筆致と、イーストウッドの波長が完全に噛み合っているのかどうかも、ラスト付近では首を傾げる澱みが見え隠れする。すべての謎が解けたというカタルシスが待っているわけでもない。

だが、一方で「死」というテーマをこれほど穏やかな余韻へと昇華させてくれる手腕が他に存在しただろうかとも思い知らされる。しかもそこには何の宗教臭さもないのだ。万人共通の、完全無臭の「ヒアアフター」探求。。。やはりイーストウッド=80歳の映画的視座がこの題材に挑んだという意味は大きいのかもしれない。幼い孫に「死んだらどうなるの?」と尋ねられたときの祖父的答えのような、ささやかな物語。決してキャリアの最終ゴールではなく、単なる通過点として、非常に興味深い一服を見せてもらった気がする。

ちなみに、映画とは関係ないものの、2003年に収録された名物番組「アクターズ・スタジオ・インタビュー」でのお馴染みの質問、「天国に召されたときに、神になんと言われたい?」に対して、彼はこう答えている。

「よくきたな。もうずっとここにいていいんだよ。72人の生娘たちも君のことを待ってる」

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