2011年8月18日 (木)

【レビュー】 おじいさんと草原の小学校

BBCワールド・ニュースを観ていたときのこと。ふいに映画の話題となり、リポーターが「ここ、ロンドンでは―」と切り出した(世界向けのニュースゆえ、“ロンドンのいま”を伝えているのだ)。

「"The First Grader"という新作が話題になっています。これは小学校教育が一律無料化されたケニアで、84歳のオジイサンが読み書きを習おうと、子供たちに交じって日々学校へ通う物語です」

リポートに合わせて劇中場面が映し出される。子供たちと同じ制服を着たオジイサンが草原をぐんぐん歩いて、一路、小学校を目指している。そしていざ授業が始まると、子供たちよりも懸命に教師の話に耳を傾け、必死にノートをとる。

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たったそれだけで「観たい!」と思った。そう思わせるパワーが、オジイサンの放つ無言のオーラが、この映像にはふんだんに詰まっていた。

こんな映画が日本で公開されるといいな、そう願いつつ、溜まっている試写状の整理をしていたら、あれれ、見覚えのあるビジュアルが一枚。たくさんの子供たちが頭上を向いて歓声を上げる中、ひとりだけオジイサンの姿。こ…これは!

というわけで、思いがけずも"The First Grader"は『おじいさんと草原の小学校』という邦題で日本公開が決まっていた。『ブーリン家の姉妹』で英国史に残る事件を情感豊かに描き出したジャスティン・チャドウィックの監督作。

映画はやがて、ひ孫ほどの子供らと机を並べるおじいさんが、実は50年近く前、イギリスの植民地だったこの国に独立運動の火を付けるきっかけとなったマウマウ団の一員で、祖国のために多くのものを犠牲にして生きてきた男ということが分かってくる。そして、やがてこの「84歳の小学生」のニュースが広まるにつれ、世界中がこの場所に熱い視線を注ぎ、ケニア政府の高官までもが「この国を有名にしてくれたありがとう」と表敬訪問するまでに。Thefirstgrader4hr

たしかに舞台はひとつの村、ひとつの小学校かもしれない。しかし、子供たちに象徴されるこの国の未来は、おじいさんの出現によってこの場に居ながらにして過去の記憶と邂逅を遂げる。なおかつ、世界の果てであったはずのこの地は、「84歳の小学生」のニュースが広まるにつれ、世界中の注目を集め、政府高官までもが「この国を有名にしてくれてありがとう」と表敬訪問するまでになる。つまり惑星直結のごとく何らかの縦軸横軸がこの小学校の頭上で見事に交錯するわけだ。それでいて、この国を覆う偏見や汚職といったものを添えることも忘れない。

これらの歴史を全く知らなかった僕には、とても意義深い映画探訪となった。そしてクライマックスに巻き起こる、おじいさん、校長先生(『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『28日後』のナオミ・ハリス演じる)、子供たちといったまさに3世代によるそれぞれの奮闘には映画的な高揚を禁じ得ない。

Firstgrader
先のBBCのリポーターはこうも語る。

「やや抒情的過ぎるとの意見もあるようですが―」

確かにそうかもしれない。でも、未知なるものを伝えるとき、抒情性に訴えかけることは、ひとつの効果的な手段でさえある。それよりも僕らは、この映画がケニア人ではない、英国人のチャドウィック監督によって作られたことに注目すべきなのかもしれない。その姿勢にはいくばくかの贖罪の意味も読みとれる。人は自分が被った痛みは生涯忘れないが、与えた痛みに関してはすぐに忘却してしまう。僕らと等しく、英国人にとってもこれは未知なる歴史、未知なる物語なのかもしれない。

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2011年7月28日 (木)

【レビュー】赤い靴

なぜこの映画を知らずに生きてきたんだろう。自分を激しく恥じるとともに、逆にだからこそ現代の文脈においてこの映画と顔を合わせられる幸運に、湧きあがる興奮を抑えられなかった。マイケル・パウウェルとエメリック・ブレスバーガーが1948年に共同で監督を務めたこの奇跡のような136分。しかも今回の上映は、この映画の大ファンでもあるマーティン・スコセッシ監督の監修により、ファースト・カットから身を仰け反るほどの美しい画面に生まれ変わっている。そこに生える鮮烈な赤。そして芸術家どうしの激しい想い。まるで3D映画を思わせるほど立体的で幻想的なカメラの動き。

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バレエ映画?クラシック?アンデルセン童話?

それらの先入観はもうこの場で捨ててほしい。ここにあるのは新進気鋭の若き作曲家と、プリマを夢見るバレリーナ、そして変わり者として知られるバレエ団の座長とが、三者それぞれの見つめる方向性に向かって束の間の併走を繰り広げ、驚くべき幻想性と狂気とが入り混じった「赤い靴」公演を築き上げていく物語だ。

見せ場となるのは約16分間に及ぶこの公演シーン。舞台の全景を捉えていたカメラは、徐々に興奮を抑えきれずにその内部へと入り込んでいき、いつしか狭い舞台空間に宇宙を見出したかのように、果ての見えない創造世界をあの手この手の表現手段を駆使しながら獲得していく。

この映画の誕生から今日まで、このシーンに触発されて後の映画作りに生かしてきた人がどれくらいいることだろう。マーティン・スコセッシもそうだし、そして『ブラック・スワン』を大ヒットさせたダーレン・アロノフスキーが本作をかなり意識しているであろうことはすでに多くの人によって語られていること。だから、ということではない。たとえそれをきっかけに観たとしても、この“オリジナル”はあまりにパワフル。それらの血を分けた映画の遺伝子たちを軽く凌駕する破格のバイタリティに満ちている。

彼女は今なお、憑りつかれたようにあの赤い靴のステップをやめていないのではないか。そして劇場でこの映画を体感する者も、その瞬間から心のうちで赤い靴のステップが止まらなくなる。

その意味で、『赤い靴』は時間の止まった過去の写真ではなく、今なお躍動を続け進化を続ける、あくまで個人的な賞賛の言葉として言わせてもらえば、つまり踊る赤いバケモノのような存在なのだ。

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確かにDVDも発売されているんだけれど(スコセッシ監修版ではない)、このレビューはあくまでスクリーン観賞に関するものです。

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2010年7月29日 (木)

ちょんまげぷりん

ちょんまげ姿のその男は、どうやら江戸時代からタイムスリップしてきたようだった。昔の名残のない東京の街並みに呆然と立ち尽くす彼を、シングルマザーとその幼子は放っておけなかった。かくして始まった奇妙な居候生活。といっても、江戸も現代も“ギヴ&テイク”の理念は変わらない。お侍も意を決してこう宣言する。

「拙者がすべての家事を引き受ける!」

何かと凝り性なこのお侍、炊事洗濯から幼子の送り迎えまで何でも完璧にこなしてみせる。とりわけ心底入れ込んでしまったのが、お菓子づくり。近所の奥さま方の間でも「パティシエ級の腕前!」と大評判になるのだが・・・。

ストーリーラインを聴くと一見ドタバタコメディのように思える。が、中村義洋監督(『アヒルと鴨のコインロッカー』『フィッシュストーリー』)はこの“ありえない”ファンタジーを、人間の自然な感情に寄り添った、落ち付いた語り口で描いていく。冒頭、「東京の街中に、お侍さんがポツネン…」という異様な光景を、この映画は“笑い”で向かい撃たず、むしろ錦戸亮の哀愁に満ちた表情でシックリと馴染ませる。この地点において、観客は肩の力が抜けていくのを感じる。この映画を外野から観戦するのではなく、もっと内部で、彼ら疑似家族の成長を温かく見守っていこうと心に決めるのである。

お侍さんの直面する“現代”とは“江戸”の勝手とは随分違う。身分制度、男女関係、仕事の領域といった概念を180度回転させて、彼は健気になんとかこの時代に馴染んでいこうと努力する。また、ともさかりえ演じるシングルマザーの奮闘も胸を打つ。彼女が度々口にする「昔と今では違うんですよ」というセリフが反射して、逆に自分こそ結婚生活に「こうでなきゃ」と囚われていたことに気づく場面も見事な感情の揺れで演じきる。

一見、ウェルメイドな作品なのだが、その実、現代を取り巻く様々な要素がこの一本に込められている。それらが決して説教くさくならず、すべてを「ちょんまげ」+「ぷりん」が巻き起こした化学変化として観客に委ねている点、ここが好感触。ちなみに、主演陣に追いすがろうと後半よくわからない活躍を見せるキングオブコメディの今野浩喜もシーンを重ねる度にどんどん良くなっていく。お笑い芸人のアビリティとその可能性を引き出す演出術に感心した。

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2010年7月27日 (火)

アイスバーグ!

暑い。何もしたくない。けれどこんな時分にまるで救世主のごとく打ってつけの作品が届くのだから、映画の神様ってのは本当に存在するのかもしれない。

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2005年に製作されたベルギー映画『アイスバーグ!』がいよいよ公開される。タイトルからして「氷山」なので、真夏の劇場で快適なひとときを過ごせること請け合いなのだが、それにも増して、もちろん内容についても折り紙つきだ。これまで見たこともない世界へ連れて行ってくれる。なにしろ、この映画の製作・出演・脚本・監督を務めるのは、フランスで道化師になるために同じ学び舎で過ごした3人組の男女なのだから。

映画は一軒のファーストフード店で幕を開ける。そこの女店長フィオナが冷凍室に閉じ込められる。しまった、扉は外からしか開かない。すでに灯りの落ちた店内には誰も人が残っていない。とりあえずジタバタしてみる。どうしよう。このままじゃ死ぬ。彼女は急いで段ボールから冷凍ポテトの山を放り出し、その中にスッポリと避難。朝になって同僚が見つけてくれるまでかろうじて生き抜いてみせる。。。

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彼女は助かった。しかし、この日から彼女は豹変し、「氷点下」のトリコとなった。そして取りつかれたようにアイスバーグ=氷山に思いを馳せる。ああ、氷山が好きだ、氷山に逢いたい、誰か私を氷山に連れてって・・・。思い余ったフィオナはついに夫と子供を残して家を飛び出すのだが。。。

道化師とは身体表現のエキスパート。ささやか、かつダイナミックな身体の動きに心情を集約させ、それを笑いに変える。僕らはかつてのマルセル・マルソーのパントマイムに触れるかのように、彼らのストイックに鍛え抜かれた肉体から繰り出されるおかしなおかしな言語表現の数々に、徐々に徐々に蝕まれていく。彼らの姿に無声映画の王者たち(チャップリンやキートン、ハロルド・ロイド)を重ね合わせる人もいるだろう。はたまた不器用な人々が織りなす不思議な間合いにアキ・カウリスマキ作品を思い出す人もいるだろう。

彼らが巻き起こす笑いは、いわゆるハリウッド的な映画メソッドに基づく「ギャグ」ではない。もともと違う立ち位置でエンタテインメント、笑い、芸術、伝統について学んできた人たちだからこそ、これまでの映画文法からするとかなり異質の風が吹き込んでくる。その笑いは一瞬の打ち上げ花火では決して終わらない。日常のふとした瞬間に思い出し、クスクスと笑いが止まらなくなる。

実はこの『アイスバーグ! 』、彼らの最新作『ルンバ!』(拙ブログのレビューはこちらから)と2本立て同時公開される。上映時間にしてドップリ3時間。こうなるともう、お手軽な海外旅行だ。そして長時間いっしょに過ごしても一向に飽き足らない。彼らの特殊な世界にもっともっと浸かっていたいと思う。本作との出逢いは、多くの人にとってかくも恋に似た感触をもたらすことだろう。 

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2010年7月25日 (日)

ソルト

今度のアンジェリーナ・ジョリーはとにかく強い。『トゥーム・レイダー』の瞬発力よりも、『マイティ・ハート』の精神力よりも卓越した強靭さで、謎の女“イヴリン・ソルト”を演じる。運命の日が訪れるまで、彼女は優秀なCIAエージェントだった。かつて北朝鮮で拘留され過酷な尋問に耐え抜いた経歴も持つ。

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ある日、CIA本部にロシアからの亡命者が現れる。夫と結婚記念日を祝うために職場を後にしようとしていたソルトは、「ほんの25分だけ」と聴取への立ち会いを決める。そこで亡命者の男オルロフが語った内容、それは、まもなくアメリカに潜伏中の凄腕ロシア・スパイがニューヨークに現れ、深刻なテロ行為を遂行するという予告だった。しかもそのスパイの名は・・・“イヴリン・ソルト”。瞬時に同僚たちの視線が同僚ソルトへと注がれる。男の脳波は正常値を示している。どうやら嘘はついていないらしい。

優秀な分析官だった彼女にかけられた重大な嫌疑。何か大きな陰謀が動こうとしている。とっさに夫の安否を確認しようとするソルト。だが携帯電話は一向に繋がらない。と、彼女は突如、人が変わったかのような反射神経でその場を脱出する。翌日、オルロフが予告した現場にソルトの姿があった。厳戒態勢を掻い潜り、瞬く間にターゲットを暗殺。。。ついに正体を露わにした彼女は敵なのか?味方なのか?そして彼女が胸に秘めた最終目的とは、いったい・・・?

サスペンスには主人公の主観に寄り添う描き方と、あくまで客観を貫きとおすやり方とがある。『ソルト』は圧倒的な後者だ。冒頭シーンこそ主観映像で始まるものの、それ以降は神経回路をシャットアウトしたかのように、観客に全く手の内を明かさない。“共感”という最大の武器を捨て去り、あえてミステリアスなその表情と、肉体波アクションによってのみ、観る者の感心を捕え続ける。これは演出面でも演技面でもかなりのハードルの高さと言えよう。

『パトリオット・ゲーム』や『今そこにある危機』でスパイ活動や複雑な国際情勢をリアルに描いてきたフィリップ・ノイス監督。『ボーン・コレクター』でブレイク前のアンジェリーナ・ジョリーを起用した経緯もあり、彼女とのコンビネーション抜群に“イヴリン・ソルト”というキャラをを血肉化していく。驚くべきことにオリジナル脚本では主人公は男性だったという。それこそジェイソン・ボーンやジェームズ・ボンドと肩を並べる凄腕スパイとして着想していたが、ある日アンジーが「私がジェームズ・ボンドを演じたい」と本気か冗談か分からない言葉を漏らしたことで、スタジオ首脳陣は「ああ、この手があったか!」とすべての歯車を一致させたという。

ただし女性が主演となっても内容は軟化するどころか、益々ハードに書きなおされたのではと思えるほど。走行中のトラックからトラックへと飛び移り、脱出のために即席爆弾をこしらえ、銃の引き金に手をかけることにも躊躇がない。いつもの“母としてのアンジー”を印象付ける場面は皆無。今回はただただストイックだ。製作サイドのアンジーへの要求は限度を知らず、それに対して彼女のもたらす“結果”も常に予測を上回り続ける。互いの飽くなき相乗効果によってまさに女版ジェイソン・ボーンの名にふさわしい孤高のヒロインが誕生した。

また、なかなか手の内を明かさない主人公なだけに、周囲の“リアクション”もかなり重要だ。すなわち、リーヴ・シュレイバー&キウェテル・イジョフォー、彼ら2大芸達者たちの巧みな“受け止め方”あってこそ、この異色サスペンスの緊張感と揺さぶりはより堅固なものとして成立していく。

冷戦期に植えつけられた無数の卵が今ようやく孵化しようとしている。眠っていたスパイたちが世に出る時間だ。「ロシアの陰謀」というテーマは80年代のサスペンス・アクションを彷彿とさせ、時流に合っているのかどうか疑わしいが、しかし奇しくもアメリカではこのタイミングに幾人ものロシア・スパイが身柄を拘束される事件が発生した。緊張感の悪化を臨まぬ両国当局の計らいによって、彼らは互いの捕虜交換を経て母国へ戻っていったという。

そしてこの『ソルト』の封切りと同じ日、冷戦期のスパイを扱った『フェアウェル/さらば、哀しみのスパイ』という仏映画も公開される。こちらはアクションなしだが、80年代ロシアを舞台に緊迫したサスペンスが楽しめる。おススメ。

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2010年7月21日 (水)

北京の自転車

以前、『1978年、冬。』という中国映画(正確には日中合作)を目にした時から、“ワコー”という配給会社が手掛けるアジア映画にハズレ無し、との想いを強くした。そのワコーが、7月24日より始まる「中国映画の全貌2010」にて『北京の自転車』という10年前の傑作を日本に届けてくれるという。

監督のワン・シャオシュアイは中国第6世代の旗手として現在グイグイと名を挙げている才能。今年のカンヌでも"Chongqing Blues"がコンペ部門に選出され、高い評価を得た。

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物語はまず、農村部から出稼ぎにやってきた少年“クイ”の表情から幕を開ける。面接試験を経て、彼はこの大都会で自転車配達の仕事を得る。採用者の一人一人に自転車が支給され、続けて社長が檄を飛ばす。「これは君たちへの先行投資だ!真面目に仕事をこなせば、一台分の稼ぎなんてあっという間だ!その清算さえ済めば、その時点で自転車は完全に君らの所有物となる!」 かくしてクイの奮闘が始まった。慣れない路を通り、汗をかきかき、街から街へ。しかし開始早々思わぬハプニングが彼を襲う。ちょっと目を離した隙に愛車の姿が忽然と消えてしまったのだ。

ちょうどその頃、街にはピカピカの自転車を自慢気に乗り回す、ひとりの高校生“チエン”の姿があった。。。

Beijing_bicycle_big
映画観賞は時として天体観測に似ている。ここに映し出される街並み(とくにフ―トン)は、何億光年も離れた星の輝きと同じく、今現在すっかり失われているかもしれない。いわば、幻の風景。まさか10年後の観客がいま、そんな遠い目をして自分たちの姿を見つめているなんて、出演者たちは想像だにしなかったろう。

いや、それにしても農村少年の執念は凄まじい。会社の社長に「失くした自転車が見つかるものか!もう諦めろ!」と言われようとも黒澤明監督作『野良犬』の刑事のごとく、泥だらけで朦朧となりながら捜索を続ける。見たところ彼はそれほど積極的な性格ではなく、常に都会人に引け目を感じてオドオドしている。しかし自分の所有物となると話は別だ。汗水流してようやく手にしたものを、そう易々と手放すことなどあり得ないのである。

対する都会の高校生チエンもいろいろと悩みを抱えている。彼にはクイほどの執念はないかもしれない。しかし知恵がある。悪知恵も。仲間も。

田舎者の少年と、都会の高校生。そしてそのどちらが欠けても成立しない。本作はやがて同年代のふたりが一台の自転車をめぐって奇妙な交流を深めていく。超大国であるこの国の若者をたった2つに類別するのはすこし乱暴なやり方かもしれない。が、彼らが一台の自転車をめぐって交互に漕ぎ合うとき、そこには両輪の回転が化学変化を巻き起こし、凄まじいまでの相乗効果を巻き起こしそうな気配に包まれる。

はたしてあなたの目に映るラストシーンは、ハッピーエンドか、否か。もしもそれに続くエピローグがあるとすれば、この映画から10年後、我々が目にしている現代中国の躍進こそが、まさしくそれにあたるのだろう。

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2010年7月20日 (火)

ゾンビランド

もはや国家というものが未だ存在するのかどうか分からなかった。人類のほとんどがゾンビに駆逐され、生粋の人間として残っている者はごく僅か。住人の構成要素から言えば、この国、アメリカ合衆国はすでに「ゾンビランド」と化していた。

Zombieland

この荒れ果てた大地を、死に損ないの人間どもが行く。まったく・・・運がいいのか、それとも生存本能にかけて人よりもずば抜けているのか。とにかく彼らはこのゾンビに満ちた黙示録的世界で共に出逢い、やがて疑似家族のような、騙し騙されの危なっかしい信頼関係(?)を築いていく。

誰もがここまでヒットするとは思わなかった。もともとTV用に脚本執筆されながら、あまりの面白さゆえ映画版へと格上げ。長編映画は初めてのルーベン・フライシャーがその才能を如何なく発揮し、結果、製作費2360万ドルに対して、米国内だけで興収7560万ドルを稼ぎ出すヒットとなった。

本作で基軸を成すのは「ルール」だ。ここに登場する人間キャラは誰もが経験則でゾンビ回避術を体得してきた凄腕ばかり。ゆえにこの映画では過去のゾンビ映画、ホラー映画が描いてきた“ありがちな傾向”への安易な逃避が禁じられる。「トイレを使うときはまず閉まってる個室に注意」しなければならず、「ゾンビに追われたらまず、有酸素運動(走る)」は必須で、さらに「車に乗り込むときには、まず後部座席を調べる」ことも忘れない。つまり、入念な先回り戦法を施したうえで、それを上回る“予定不調和ぶり”のみが物語を紡ぐことを許されるのである。

実際、本作はゾンビの枠に留まらない。ホラー、アクション、コメディ、ファミリー、童貞、ロード・ムービーを縦横無尽に横断してみせ、それ自体がゾンビ映画へのカウンターというべき『ショーン・オブ・ザ・デッド』(エドガー・ライト監督)のエキスさえも貪欲に吸収している。

メインキャストはたったの4人。これにおびただしい数のゾンビ役者が加わるわけだが、あ、ひとり重要な人間キャストを忘れていた。しかしここではそれが誰なのか、口が裂けても言えない(80年代に“あの映画”の洗礼を受けた誰もが歓喜するはず)。彼がまさか「as himself」で登場するとは。。。また、このシーンで取りあげられる“とある映画”が、ゾンビ物でも何でもないところに、作り手の想い&巧妙なスカシがある。

きっとこの『ゾンビランド』も、80年代における『●ース●バ●●●ズ』になりたかったのだろう。

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2010年7月17日 (土)

ストーンズ・イン・エグザイル~「メイン・ストリートのならず者」の真実

2010年カンヌにおけるミック・ジャガーの登場は、大スター不在にあえぐ映画祭の“ハイライト”として華々しく報じられた。彼が携えたのはストーンズが自ら製作し、スティーヴン・キジャックが監督を務めるドキュメンタリー作「ストーンズ・イン・エグザイル」。本作は「監督週間」にてお披露目され、貴重な未公開映像と興味深いエピソードの数々に観客は酔いしれた。その作品が超スピードで日本到着である(7月12日~劇場公開、7月後半にはDVDリリース)。これは嬉しい。現在公開中の『パリ20区、僕たちのクラス』ですら、カンヌ最高賞受賞から丸2年も待たされたというのに。

Stones
ストーンズの映画といえば、一昨年には巨匠マーティン・スコセッシ監督が自ら入念なリハーサルのもと撮り上げた彼らのライブ映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』も話題になった。本作はそれらとは一線を画し、数々の未公開映像と共にストーンズの輝かしい軌跡のワンシーンを再訪する。

時代を遡ること40年前、英国で大きな成功を収めていたストーンズはウィルソン政権下で自分らに掛けられた所得税93パーセント(!)に辟易して国外へと飛び出す。亡命先はフランス。この新天地で試行錯誤の末に生まれたのが「ダイスを転がせ」を含む2枚組アルバム「メイン・ストリートのならず者」だ。これについて著名人たちが語る。「あれは名盤だよ!」 「いや、実際、あまり評価は高くなかった」 続くスコセッシのコメントが、本作の幕開けにふさわしい祝辞となって響く。

「あの頃、彼らに戻るべき場所などなかった。その焦りが音楽へと照射され、この異色なアルバムが生まれたんだ。。。」

これはストーンズがまだ「生きる伝説」と称される以前の物語だ。若さを持て余し、奔放な生活に溺れ、危ない香りのパーティーを開催して警察に目をつけられたりもする。だが、やっぱり何よりも彼らは生来のミュージシャンなのだ。いつしかメンバーは本能的に楽器を手にし、それぞれに音色を奏ではじめる。ここからは鋭意集中の時間である。これらの創作風景や、音作りの役割分担、クリエイティブな人間関係を垣間見ることは、あたかも歴史的瞬間を目の当たりにするような、心地よくも敬虔な気持ちを呼び起こしてくれる。

ストーンズはどうして今になってこんな作品をこしらえたんだろう。もういい歳したおじいちゃんなので、早々に歴史を編纂する必要性を感じたのだろうか。

その答えはいつも哲学者のような相貌のチャーリー・ワッツの口から語られた。

「まあ、いいじゃないか。遠い過去の記憶から学ぶことはたくさんあるものだよ」

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2010年7月14日 (水)

シュアリー・サムデイ

小栗旬による初監督作。20代の若さにして、しかも映画を専門的に学んできたわけではないのに、このようなビッグ・プロジェクトを任せられる才能。これはもはや出資側が、演出の腕よりも、小栗旬というブランドそのものに投資したのだと考えていい。「いまの若さで、お前に出来ることを全てやってみろ」 まるでそう言われてバッターボックスに送り出された選手。そのオーラだけは今にもホームランを打ちそうな凄味に満ちているわけだが。

恐らく本作の公開日は、小栗旬にとって人生で最も達成感に満ち溢れた一日であると同時に、自らが課した重責を噛みしめる日にもなることだろう。あなたは彼のマイルストーンにどんな評価を下すだろうか?

本作はかつて高校時代に爆破騒ぎを起こした問題児たちが、数年後、マフィアが絡んだ現金強奪事件に巻き込まれていく物語である。彼らは事あるごとに挫折感に苛まれ、そこからの逃避か、あるいは開き直りのパワーを得るために、幾度も「バカだから仕方がねえ!」と口にする。なおかつこれがテーマのひとつにも据えられている。この言いわけ染みたセリフも一度目までは「免罪符」として耳心地よく笑いを誘う。だが、二度目、三度目となると明らかな虚しさが漂い始め、耳にベッタリと重油のぬかるみが及んでくる。そして登場人物たちもこの言葉の有効期限にはとうに気づいているようにも思えるのだ。ゆえに彼らの表情には焦燥感が滲む。象徴的な面で言うと、すでに冒頭にて時限爆弾が炸裂した時点で「バカ」は終焉を迎えているのかもしれない。とするとこれはロスタイムの映画ともいうことになる。

なるほど小栗旬監督はこれを、中盤に登場する“路上ライブ”でも開くような心意気で、同世代の若者たちに向けて渾身の力で放ったのだろう。しかしこうして受け手が限定されてしまうと、テーマが思わぬ具合に反転する場合がある。「若いころにしかできないバカ」を限定的に描くことは、暗に「若さを過ぎると生真面に生きざるを得ない人生」を描くことにも繋がってくる。これが少なからぬ“若くない観客”にとっては閉そく感となって圧し掛かってくる。普通ならばここで「理解のある大人」キャラを仲介役に作品の風通しを良くするのだろうが、本作の製作陣と小栗旬は自らその退路を断ったのか、ここに出現するのはほんとうに「若者による若者のための映画」なのだった。

ただし、良いところもたくさんある。生来の映画人ならば安全圏でこじんまりとした作品を作りがちなところを、思わぬスケールの大きさで揺さぶりをかけていく肝っ玉のデカさには驚かされたし、蜷川幸雄の舞台で出逢ったであろう実力派の役者を幾人もフィーチャーしている点にも目を惹かれた。とりわけマフィアのボスを演じる吉田鋼太郎には注目だ。これまでに見たことのない不気味かつ軽妙な立ち振る舞いにはついつい魅了されてしまう。

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2010年7月 8日 (木)

インセプション

2010年最大の謎とされるこの作品がついにベールを脱いだ。
筆者が日本での完成披露試写前に目を通したのはEMPIREのレビューのみ。そこには「『マトリックス』に『脳内ニューヨーク』を掛け合わせたかのような。あるいはチャーリー・カウフマン版の007」と記してあり、観賞後に心地よい疲労感と共にクレジットを眺めながら、この言葉は的を得ているなと感じた。

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以下、レビューである。事前になるだけ情報を仕入れたくない主義の方は今すぐご退去願いたい。かといって、『インセプション』はM.ナイト・シャマラン映画のように何か大きな種明かしを抱えているわけでもなく、例の「結末は絶対に明かさないでください」「全米公開までいかなるレビューも公開しません」といった契約書にサインさせられることも一切なかった。製作・配給側にしてみれば「できるものなら言葉で表現してみろ」といったところだろう。

要は『メメント』で“時間”をステージごとに分割して逆回転させてみせたクリストファー・ノーランが、今度は“夢”についての更なる突飛なアイディアを『ダークナイト』級の映像力でもって抽出してみせた作品である。

ここで作り手がフロイティアンであれば「夢判断」のごとく徹底して性を絡ませた表現が続くと思うのだが、さすが万人に開かれたエンタテインメントなだけに、ノーランは「アクション」でこの物語を紡ぐ。かといって決してターセムの『ザ・セル』のように、いわゆるグロテスクなダークサイドに陥ることもない。

とある闇ビジネスがあった。彼らはターゲットの夢の中へ侵入して、アイディアを奪う(これを“エクストラクション”と呼ぶ)。その世界の立役者コブ(ディカプリオ)はアーサー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)と組んで企業間のスパイとして暗躍する一方、とある事情により妻や子供たちと離れた暮らしを余儀なくされている。ある日、サイトウと名乗る日本人の男(渡辺謙)が彼らに仕事を依頼してきた。ライバル企業の新たな経営者(キリアン・マーフィー)の夢の中で“インセプション(記憶の植え込み)”を行ってほしい、と。提示された条件はコブに取って願ってもないことだった。このミッションを成功に導くには最高のチームが必要となる。まず重要なのは夢内部の設計士だ。コブはさっそく優秀な建築学部生(エレン・ペイジ)に声をかけ、どんな創造性をも具現化できる“夢の世界”の設計をトレーニングしていく・・・。

だいたいこのあたりまでで30分くらい。このあと本格的にノーランの創造力が静かに爆発していく。ここで僕らは不思議な現象に直面する。これまでの映画が時間の経過に沿って一本の線上に体を成していくものなのだとしたら、本作はなんというか、層を成して堆積していく映画といえそうだ。というのも、彼らは夢のまた夢。。。といった具合に複数の層にまたがってストーリーを同時展開させていく。また、時間の進み方は夢の層ごとに違う。上層の一瞬が下層では数十分、数時間に引き延ばされる。またその最下層には“虚無”と呼ばれる世界も広がっているらしい。これがノーランの作りだした夢の世界、人間の内的宇宙。観客はこの新種のストーリーの展開法にズッシリと脳負荷をかけられながら、このパラレルなジェットコースター・ムービーに浸ることになる。

一体全体、こんな複雑な物語をどうやって具現化していったのか。言葉では全くもって理解不能なものが映像世界ではいとも簡単に理解できる。そこがノーランの凄いところだ。

劇場を後にするとき、「難しすぎた」「あそこが分からん」「半分以上寝てた」なんて声も聞かれた。確かに人によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。ノーランが同じストーリーを『メメント』級の低予算で撮ると一風変わったアートな質感が生まれただろうし、またこういう作品を得意とするミシェル・ゴンドリーが手掛けたりするとまた家内制手工業的なガラリと変わった世界になったことだろう。

僕もこの映画についてどれだけ理解できているのか分からないが、別に“夢”に限定することもなく、この『インセプション』の世界観は日常のあらゆるところに出現するものだと思う。人間の思考だって複数層に分かれて高速度の演算を繰り返して答えを割り出すものであるし、会社の組織の在り方にしても様々な層において同時進行的に動きがあり、その相互関連性によって結果が案出されていくもの。それこそ大企業ほどのスタッフ&キャストが一斉に創造作業に取り組む映画作りもその最たるものだ。クリストファー・ノーランの脳内では『インセプション』の世界がごく日常レベルで起こっているのかもしれない。

『マトリックス』の全米公開から10年以上が経過し、僕らを取り巻く時代もようやく一巡した。でもバーチャルな世界がより促進されるかと思いきや、どうやら作り手や観客は科学技術の発達に輪をかけて“生身の人間”そのものにこそ熱い視線を注いでいるようだ。

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