2011年1月19日 (水)

シチリア!シチリア!

「いちばん好きな映画は?」と聞かれて迷わず『ニュー・シネマ・パラダイス』(’89)と答える人も多い。「ジュゼッペ」という響きがどこかしら昔話の「ジュゼッペじいさん」を想起させるせいか、この映画をてっきり爺さん監督の手によるものと思い込んでいる向きも少なくないようだ。誤解なきよう言っておくと、1956年生まれのジュゼッペ・トルナトーレ監督は弱冠33歳のときに『ニューシネマ』を撮った。

そんなジュゼッペもすでに54歳。シチリア島のバゲーリア(現地の言葉で“バーリア”=本作の原題でもある)出身である彼が、変わりゆく街の様子に自分の父の人生、そして自らの成長を重ねあわせて、まさにクロニクルと呼ぶにふさわしい大作を作り上げた。日本でのタイトルは『シチリア!シチリア!』。

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この映画は少年の疾走と共に幕を開ける。昼日中、カード遊びに余念の無い老人たちに「タバコを買ってきてくれないか」と頼まれ、吐きだしたツバの乾かぬうちに戻れば小遣いをやると言う。皆にけしかけられ慌てて駆け出す少年。過ぎ去っていく街かど。ぶつかりそうになる人々。朽ち果てそうな街並み。彼の動線に合わせ少しずつ街の全貌が明らかになる。そして気がつくと、彼は宙を舞う―。

エンニオ・モリコーネの音楽に合わせ、観客の高揚は否応なしにかきたてられる。オレンジ色の陽光、赤茶けた大地、それに小麦色の少年、それに抒情的なシンフォニー。この合わせ技はもはや専売特許の域だ。しかし今回驚かされるのは、このクロニクルを彩る各エピソードがあまりに素早く処理され、話の顛末でグッと引きつけることもなく、いやあえて延び白部分を放棄したかのように余韻を残さず急ピッチで綴られていくことだ。それは小さなパッチワークを均等に折重ねていく作業のようでもあり、また走馬灯が見せる束の間の夢のようでもある。

映画とは、瞬き魔術であることを想いだした。たった1秒間の間に映写機は24コマの静止画をスクリーンに送り出し、僕らの目はそれをひと続きの映像であると認識する。たかが目の錯覚。もうちょっとロマンティックに言うなら、1秒間に繰り出される24回の瞬きを、僕らは個々のイマジネーションで繋いでいるというわけだ。

映画だけでは無い。すべては束の間の夢、あるいは一瞬のまたたき。駒の回転。蝿の羽ばたき。

時代と共に街並みは少しずつ変わっていく。こどもが大人以上に肉体労働に精を出した時代があった。ムッソリーニの時代には軍部の横行、兄との別れ、空襲、爆撃、アメリカ軍の上陸と火薬の匂いが立ち込めたこともあった。愛する人と出逢った。周囲の反対を押し切って結ばれた。新しい時代の中でシチリアにも政治の季節が訪れた。子供たちはそれぞれに大きくなっていった。その中のひとりはやがて映画の魅力に憑りつかれ、やがて自らカメラを手にすることになるだろう。

劇中ペッピーノは何十回とバーリアの目抜き通りを往復する。そのたびにドラマが巻き起こり、時代は旋回し、街並みも激変する。だがそんな過渡期にあっても何処からか少年の名前を呼ぶ声が聞こえ、街かどでは鉛筆売りの男が変わらぬ売り口上を唱えている。この2時間半の幻想的な街物語において、大通りはさもタイムトンネルのように日々、巨大な数の人々を呑みこみ、そして吐きだしていく。

『シチリア!シチリア!』には人生の壮大さと儚さが同時に詰まっている。互いに二律背反のごとく存在するそれらの感慨が、トルナトーレが長らく抱いてきた故郷への想いをより味わい深いものにする。そして僕らもなぜかこの2時間半でバーリアに生まれ、育ち、善き人々の生死を経て、ひとりの息子を列車で送り出したばかりのような、えも言われぬ複雑な気持ちのせめぎ合いを自分のことのごとく受けとめる。

誰かが言った。「投石が三つの岩山に気持ちよく当たると奇跡の扉が開く」。この映画において扉は最初から開いていた。僕らはあの少年の疾走でその奇跡のうちに招かれ、また老人の疾走によりそこを辞する。

終幕後、劇場の外に出ると昼間の明るさがすっかり暗くなっていた。はたして本当に2時間半なのか。それとも映画という時間装置がもっと複雑な魔法をかけてくれたのか。いつもの街並みが全く変わって見えた。そこを歩いていた50年前、100年前の人々に想いを馳せた。ふといま駆けだすと、もういちどあの魔法が蘇ってくるのではないか。そんな想いさえ頭をよぎった。

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2011年1月 7日 (金)

エリックを探して

*1年以上前に書いたレビューを、日本公開に合わせて再編集してお送りします。
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最高だ。最高過ぎる-。ロンドン-成田間の飛行機の中でこの映画を往復3回も観てしまった。その後、東京国際映画祭での公式上映、UK版DVD、年末から始まった東京上映でも本作と再会したものの、まだまだ飽き足らない。

そして最高の気分へと押し上げてくれるクライマックスの余韻に浸りながら、筆者は毎度、「信じられるか?これがあのケン・ローチの映画だなんて」と自分自身に問いかけてしまうのだ。

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この小さな自分革命の物語は、格言めいたこの一文で幕を開ける。

"It all began with a beautiful pass from Eric Cantona."

近年、若返りの作風で注目を集めるケン・ローチの最新作は、どこをとっても驚きづくし。なにしろ昔の女房を忘れられない男が、マリファナの一服で元サッカー選手エリック・カントナ(幻か?精霊か?)を自室へと招聘し、憧れの彼から人生哲学の教えを乞うときたもんだ。

サッカー大好きケン・ローチのことなので、本編にはもちろんエリック・カントナ現役時代の名シーンが満載。なるほど、これをスポーツの芸術的瞬間というのだろう。ほんとうにたった一本のパスから電流が走ったかのようにスタジアムの観客が総立ちになる。ものすごい熱気、いや“沸騰”のほうがふさわしいのかもしれない。

「魔法使いが現れて奇跡を起こす」という筋は、僕らが幼少期から慣れ親しんできたありきたりなものだが、ローチ監督はこの素材をリアルな大人の物語、明日を切り開くための物語へと引き寄せてみせる。その魔法の導き手となるのが、他ならぬエリック・カントナ、本人というわけだ。彼もこの巨匠による大抜擢に応え、選手時代そのままの破天荒な存在感でスクリーンを席巻していく。

Eric
そもそもローチ作品といえば、これまで“組合”や“社会主義”といった概念をハードに打ち出すことが多かった。だが今回は彼も手法を変え、これらを「チームメイトへの信頼」という最もソフトな落とし所へと集約させる。

やがて訪れる家族の大ピンチ。不運つづきの主人公。ひとりが悩んでいれば何処からともなく駆けつけ、“おせっかい”が感動に変わるほど強引に手を差し伸べてくれる職場の仲間たち…。苦しい季節を駆け抜けて、ついに彼らが一致団結して繰り出すラストの大逆襲は本当に爽快で楽しい。

ケン・ローチのタッチは時代とともに変幻自在。「すべてがカントナのパスからはじまる」のだとすれば、本作はあたかもローチから僕らに託された、巧妙かつ真心に満ちたゴールチャンスのようではないか。

あとはその球をゴールへと叩き込むだけ。

「さあ、ほら、蹴りだしてごらん!」

ローチやカントナ、そして後ろに控える無数の仲間たちの野太い声援が、少々苦しい時代を生きる僕らの背中をポジティブに押し出してくれる。

なんだか底知れぬ元気をもらったような、ホカホカした気持ちに包まれる。人間っていいな、仲間っていいなと、素直に思える。

『エリックを探して』はそんな映画なのだ。

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2010年12月18日 (土)

モンガに散る

台湾映画によく見られる瑞々しい青春グラフィティを踏襲し、香港映画のノワールな質感を取り入れながら、どこか韓国映画を思わせる突き抜けた凶暴性をも宿した作品、それが『モンガに散る』だ。

舞台となるのは80年代の商業都市にして台北一の歓楽街モンガ。賑やかなれど、その裏側ではヤクザの縄張り争いが絶えず、大陸勢力の台頭もまた新たな火種を生んでいる。物語は同級生にいじめられる転校生“モスキート”が思わぬ不屈の精神を見せつける場面で早々に転機を迎える。

その光景を遠くから眺めていた同じ学校に通う4人組は「気にいった!」と意見を一致させ、彼を5人目の仲間へとスカウトする。ヤクザ親分のドラ息子を中心に集結した彼らは、高校生ながら誰もが恐れる軍団だった。仲間入りを決めたその瞬間から、モスキートは他の4人と厚い絆で結ばれた。仲間のためならたとえ火の中、海の中。この命だって差し出せる。やがてモスキートは高校を中退し、本格的に裏社会の道を歩み始めるのだが―。

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宣伝文句にはジョン・ウーをはじめとするアジアの大物監督らによる賛辞が並ぶ。なおかつ5人組のひとりを演じるイーサン・ルアンが今年の金馬奨(台湾のアカデミー賞)にて主演男優賞を受賞。本作にはアジア各国の文化的な刺激にさらされた台湾の立ち位置が非常に顕著に表れており、その目まぐるしいまでの融合が“モンガ”というひとつの街=主人公を媒介に凄まじいエネルギーとして発露され、その本気度は、冒頭、街を上げての大暴動を何の特殊効果も無しにガチで撮影している無謀さからも充分伝わってくる。

資料を紐解くと今回のアクション監督に『オールド・ボーイ』のヤン・キルヨンが招聘された旨が記されてあった。なるほど、この肉弾戦とも言うべき、肉を切らせ骨を断つ闘い方が物語にもたらした影響は大きい。「突き抜けた凶暴性」はここから来ていたのか。このような思いがけない才能の起用からも、『モンガ』がいかに台湾映画の既定路線から外れた突然変異のシロモノであるか伝わってくる。

監督はもともと俳優出身のニウ・チェンザ―。ホウ・シャオシェン監督作をはじめ台湾ニューウェーヴと呼ばれる時代の代表作に何本も顔を出し、シャオシェンを師と仰ぎながらも、本作のインタビューにて「ホウ・シャオシェンのような映画だけは撮りたくなかった」と語っているのが興味深い。

なるほど、台湾ニューウェーヴ時代の作品群はその芸術性の高さから世界の名だたる映画祭で脚光を浴びながらも、台湾内では人気に欠け、エドワード・ヤン監督作『ヤンヤン 夏の思い出』に至っては劇場公開すらされていないという。

そんな映画界のジレンマを目の当たりにしてきた彼だからこそ、これまでと全く違う、エンタテインメント性と芸術性とがデッドヒートを繰り広げる壮絶な火花、いや花火のような2時間半を刻みたいと強く思ったのだろう。これ一本で、世界中の注目を台湾映画界へと集めることができる。そんな求心力に満ちた作品だった。

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2010年12月16日 (木)

君を想って海をゆく

日本に暮らしながら、遥か遠方の移民や難民について想いを馳せるのは至難の業だ。

しかし、かつて『扉をたたく人』(原題:The Visitor)という名作が、その穏やかな語り口によって観客の目線を巧みにその実態へといざなったように、映画という魔法は時として、瞬く間に国境や人種、文化の壁を消滅させる力に満ちている。フランス映画『君を想って海をゆく』はまさにその魔法を想いださせてくれる、静謐な力強さに胸が熱くなる名作だった。

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物語の舞台は光とトラックとコンテナと汽笛の音に満ちたフランスの玄関口カレ。イギリスの対岸にあるこの都市には大勢の難民たちがたむろし、イギリスへの密航のチャンスをうかがっている。そんな中、クルド人青年ビラルはイギリスで暮らす恋人に逢うために、荒廃したイラクから3か月もかけて、今日ようやくこの町に辿りついた。彼の前に立ちはだかるのは最後の難所ドーバー海峡。仲間と共に積み荷に潜り込もうとするが、その試みはあえなく失敗に終わる。

翌日、彼はひとつの決心を胸に町のプールへ足を踏み入れる。そこには仏頂面の水泳コーチがひとり。ビラルはなけなしの金をはたいて、なんとか2回分のレッスン代にあてる。

そう、彼はドーバー海峡を泳いで渡ろうとしている。

そのために、たった2回分のレッスンで泳ぎを習得しようとしているのだ。

妻との離婚協議中で傷心の日々を送っていた水泳コーチのシモン。これまで難民問題にまったく関心の無かった彼の心は、少しずつ動き始める。そして恋人に逢いたい一心のビラルを、本気で応援しはじめる。まるで自分の息子のように。そしてシモン自身も失いかけていたものを必死に取り戻そうとするかのように。。。

フランスで公開されるや、たった5週で観客数が100万人を突破したという。それほどまでにフランスでは難民問題が深刻化しているわけだが、本作はそれらの問題を投げかけながらも、究極的には自分と他者とをつなぐ絆を互いに手繰り寄せる、そうした人間の生き方において土台となる部分の重要性を想起させてくれる。

ビラルは本当にドーバーを渡ろうとする。彼の行く手には高波や潮の満ち引き、巨大なタンカーのもたらす引力が待ち構えるだろう。しかし、彼の目指す目標は変わらない。

このひたむきな若さを体現した新人俳優も素晴らしければ、もう一方の、重くきしんだ心の扉を少しずつ押し開く中年コーチ役、ヴァンサン・ランドンのまなざしにも圧倒される。彼はもはや青年のような意志や行動力もないし、目の輝きも死んでいるが、それでもなお心だけは死んでいない。自らを奮い立たせ、人と想いを通わせるための十分な余力を振り絞っていく。彼の表情の変化はまるで観客の心のざわめきと胎動を鏡面的に映し出しているかのようだ。

『扉をたたく人』の大学教授はここにも居た。国も言語も文化もジャンルも設定も違うが、彼らのようなごくささやかな日常の闘士はどこにだって偏在する。今日も世界のどこかで、自らの許容の限界を少しずつ広げながら、なお他者との接点を求め、扉をたたき続ける。

そして彼らの物語は、遠い島国に暮らす僕らにも、本作の原題でもある"WELCOME"の意味を、より深く伝えてくれる。

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2010年12月15日 (水)

トロン:レガシー

まず現状として『トロン』を知らない人が圧倒的に多すぎる。なので「レガシー(遺産、受け継がれたもの)」と銘打ったところで「何が?何を?」というところから始めなければならない。が、実際のところ1982年製作の前作の知識など、ほとんど必要ない。これは3D博覧会のパビリオンみたいなもの。2010年は3D元年と呼ばれたが、『アバター』の約1年後、それを締めくくるのにふさわしい独創的な3D世界がディズニー・ブランドよりお目見えしたというわけだ。

それはまさに暗闇に蛍光グリットの線がひた走る、壮大なエレクトリカル・パレードだった。

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かつて大量のアーケード・ゲームとその愛好者たちで賑わっていたゲームセンター周辺は、20年後の現代、すっかりゴーストタウンと化していた。失踪した父の痕跡を求めてそこへ足を踏み入れた息子サムを、レトロなゲーム機「トロン」が秘密部屋へと誘う。その背後で作動する自動転送装置。瞬く間にサムはトロン世界へと放り出され、かつて父が聴かせてくれたベッドタイムストーリーを現実のものとして受け止めることになる。

と、そこへ上空から旋回して舞い降りてくる赤いグリッド線の監視艇。サムはなにも分からぬまま分厚いヘルメットを被った謎の男たちによって連行されることに。。。

ここからは『グラディエーター』よろしく、未知なる世界で囚われた者が、コロセウムに送還され、擬人化されたプログラムとの死闘を余儀なくされる。生き抜かなければここから出られない。武器は背中に装着したディスク。これを振りかぶって、バウンドさせて、相手の身体を破壊する。ルールは1982年当時の『トロン』と変わらない。

ふと見上げると、コロセウムの特等席にはヘルメットの男が鎮座している。彼こそがこの世界の生みの親にして、統治者。そしてその素顔は・・・もう話の流れからおわかりだろう、サムの父親、ケヴィン。それも20年前と全く変わらない若々しいまでの彼の姿がそこにあった(この映像には『ベンジャミン・バトン』と同じ技術がつかわれているという)。。。

とまあ、「父を超える」といった古代ギリシアからスターウォーズを経て現在に至るまで受け継がれる神話の系譜が、ストーリーや専門用語を理解せずとも映像としてシンプルに流れ込んでくる。逆を言えば、物語に真新しさはない、ということなのだが。

いや、むしろ本作は何も考えずに3Dオペラとして体感的に楽しむべきものなのだろう。今回のプロジェクトを一任されたのは36歳のジョゼフ・コジンスキー。長編映画を手掛けるのはこれが初めて。CM演出では数々の受賞を受けている逸材だが、その真価はやはり誰にも有無言わさぬほどの3D映像の専門家&研究家であることに尽きる。このエキスパートがスクリーンの暗闇から下げ膳、据え膳のごとく繰り出してくる映像演出の数々に、僕らはスクリーンの四隅の限界やこれが3Dフォーマットであることも俄かに忘れ、果てしない蛍光グリット沿いの疾走に身体を任せることになる。3Dにありがちなゴチャゴチャしたビジュアルの混濁はない。研ぎ澄まされたイメージが一点透視図法の終着地を目指すがごとく、余分なものをそぎ落とし、スッキリと伝達されてくる。

また、ダフトパンクによるサウンドトラックがテンションを高める。『トロン』世界をこれほどまでに効果的に演出するデジタル音楽は彼らにしか作り得なかっただろう。また音楽のみならず彼らのお馴染みフルフェイス・マスクのコスチュームが本作『トロン:レガシー』のデザインに与えた影響もまた大きいように思える。

『アバター』よりも進化した撮影カメラ&システムを採用した本作、その成果としては『アバター』の熱狂性や情熱とは真逆の、センスやクールさを追究したきらいもある。はたしてこの趣向は映画ファンにどう受け止められるだろうか。

ぜひ2010年という時代を総括しながらこの『トロン:レガシー』の革新映像に臨んでほしい。これは、トロン世界のみならず、3D映画の来年、そのまた向こうを見通すプレゼンテーションとしても重要な意味を持つはずだ。

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2010年10月30日 (土)

【レビュー】ゴダール・ソシアリスム

ジャン=リュック・ゴダールの最新作、『ゴダール・ソシアリスム』を試写。モンタージュ!モンタージュ!世間は映画祭で手いっぱいなのに、JLGときたら相変わらず、たったひとりの手の内にて大勢の観客を巻き込んでのモンタージュ祭りだ。

Godardsocialisme

冒頭、映画の開始と同時に二匹のオウムかインコが映し出されて、画面は「ピー」と無機質な調整音で満ちる。かと思えば、次に続くのは大海原。男と女の会話。そこに足を挟めてくる謎の喋り声、ハッハッハと高らかな笑い。金時計の少年。「出航!出航!」 そして豪華客船はアフリカを見捨ててヨーロッパの国々へ。

恥ずかしい話だが、僕にはこの映画のストーリーがサッパリわからなかった。普段の劇映画で見慣れた線形に貫かれるストーリーではなく、本作ではまさにイマージュがモンタージュされ、寝てるのか覚めているのか分からぬ夢のように、人間の意識下へと照射されていく。いつものゴダール節ってやつ。恐らく、いつの日か、自宅に宇宙人が来訪し、僕と彼らの意識と意識と重ね合わせてそれぞれの身の内話をした場合、これと全く同じことが起こると思うのだ。まあ、僕の家に来てくれればの話だが。

映像に加え、サウンドも奇想天外に紡がれる。ふたりの個体が言葉を交わしながらも、その実、全く別の場所に存在するかのような音声の断絶。まるで対話者が別の次元で言葉を投げ合っているような孤独を感じた。きっとこの旅、この豪華客船においては、そうやって時空を超えることが可能なのだろう。そこにノイズさえもが入りこみ、またどこからか高らかな笑い声。繰り返される「こんな事ども」という文字。これ、真面目にやってるのか?笑わせようとしているのか?

で、こんなことが3部形式で続く。これらを脳内でどう組み合わさるべきなのか、3D技術の発展によってますます“観ること”の刺激に依存しっぱなしの僕らにとって、その退化しかけた創造力を精一杯に働かせるお時間だ。恐らくその理解力でいえば、僕なんて最下位レベル。でも、それでいいと思っている。参加することに意義がある。これは観賞ではなく、ある種の“体験”。もちろんそこに正解なんて存在しない。ゴーダールに聞いたって何も答えてはくれない。あるいは一言、こう口にするはずだ。

"NO COMMENT."

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2010年8月31日 (火)

キック・アス!

猫も杓子もヒーローになりたがる。いわば、ヒーローの自己申告制。そんな時代。そしてここにもひとり、ヒーローに憧れる高校生が即席のコスチュームを身にまとい、敢然と悪に立ち向かう。しかし、彼には特殊能力など何もない。挙げ句の果てには不良にボコボコにされ、車にはねられ、気がつくと病院で鉄の補強版が入れられている始末。。。

Kickass
かくして打たれ弱いだけが取り柄の新ヒーロー"Kick-Ass"の再起出発である。弱きを助け、強きをくじく。何が彼をここまでそうさせるのか。だが今回だけは勝手が違った。いつものボコりボコられ、それでもなお立ち向かっていく姿を見物人が携帯動画で記録し、それが瞬く間にYoutubeで爆発的に広がっていった。彼は動画配信時代の新ヒーローとして一躍世間の注目の的となっていく。また、彼の活躍に目をつけた悪党軍団、それに特殊技能を身につけた本当のヒーロー父娘などが入り乱れて、事態はますます複雑な様相を呈していく。

と、ここまで書くとアーロン・ジョンソン演じるKick-Assに注目が集まりがちだが、本作で最も活躍の場が多いのは間違いなくHit-Girl役のクロエ・モレッツだろう。まだ13歳の彼女が血しぶきをあげながら悪党を葬り去っていく様は、撮影現場ではそれなりに教育的配慮がなされているのだろうが、かなり衝撃が強い。マシュー・ヴォーン監督は彼女に子役の一辺倒な演技ではなく、明らかにいっぱしの女優並みの演技力の高さを要求し、彼女もまたそれに高いスコアで応えている。いまだかつて子役のこれほどまでにマッチョな活躍があり得ただろうか。

今後もマーティン・スコセッシによる「ユゴーの不思議な発明」や、北欧ヴァンパイア・ホラー『ぼくのエリ』のハリウッド・リメイクなど注目作が待機中。"Kick-Ass "の勇姿は彼女のブレイクの起源として長らく記憶に留められることになるだろう。

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2009年10月21日 (水)

エリックを探して "Looking for Eric"

最高だ。最高過ぎる。
ロンドン‐成田間の飛行機の中で、往復3回も観てしまった。

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