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2011/01/31

北米興行成績Jan.28-30

先週までの復習は各自こちらで行ってください。

【Jan.28-30 weekend 推計

01 The Rite $15.0M
02 No Strings Attached  $13.6M
03 The Mechanic  $11.5M

04 The Green Hornet  $11.5M
05
The King's Speech $11.1M
06 True Grit $7.6M
07 The Dilemma $5.47M
08 Black Swan $5.1M
09 The Fighter $4.0M
10 Yogi Bear $3.16M

The_rite
■アンソニー・ホプキンス主演『ザ・ライト』が首位を奪取。バチカンのエクソシスト養成講座を受ける若者が、とある凄腕神父の仕事の手伝いをしはじめる・・・というお話。製作費は4000万ドル。カトリック信仰の厚い地域においての高稼働が期待されていたものの、この週末のボストンやフィラデルフィアでの天候は荒れ模様。まさにこれこそ最も悪魔払いの必要とされる要素だったことに今さらながら気づかされる。天気の回復した日曜には売り上げが14%も上昇したそうだ。これまでのところ観客の男女比率は半々。25歳以上が64パーセントを占めているという。

■今年の賞レースにて主演女優賞を独走状態のナタリー・ポートマンによる"No Strings Attached"(邦題『抱きたいカンケイ』)は先週の1位より1ランクダウン。累計興収では4000万ドル間近まで上昇しており、この時点で製作費の2500万ドルは楽々カバー。これでナタリーは何の心配もなく賞レースに専念できる。ただし評価されているのはあくまで『ブラック・スワン』。

■3位には初登場"The Mechanic"。『コン・エアー』や『トゥーム・レイダー』のサイモン・ウェストがメガホンを取り、お馴染みジェイソン・ステイサムが殺し屋に扮するアクション。1972年のチャールズ・ブロンソン主演作『メカニック』のリメイク作でもある。観客層では25歳以上の比率が64パーセント(ザ・ライトと全く同じ)、男性が61パーセントを占める。

なお、推計段階では『グリーン・ホーネット』もまったく同額の興収予測をはじき出しており、正式な順位は翌日以降の興収確定を待たねばならない。その『グリーン・ホーネット』は累計興収7800万ドルに到達した。果たして製作費1億2000万ドルまで辿りつけるだろうか。

■さて、アカデミー賞ノミネーション発表を受けて、最多12部門候補となっている『英国王のスピーチ』は上映館数も興収(先週比40%増)もアップさせてきた。製作費1500万ドルと言われる本作の累計興収は7200万ドル。アメリカではR指定公開となっており、現在製作サイドではこの問題となるワンシーンを編集し子供や家族連れでも見られるようなバージョンを作れないか検討中だという。仮にこれが可能であれば興収&上映館ともに更なる大幅アップが見込める。

■5位の『英国王』につづいて6位に『トゥルー・グリット』といった並びは、まさにオスカー候補の獲得数順と同じだ(『トゥルー・グリット』は『英国王』に次いで10部門)。公開6週目となるこのコーエン作品も賞レース参戦の効果もあってかなり息の長い人気を博している。製作費は4000万ドル弱ながら、現在までの累計興収は1億5000万ドル間近。

■9週目の『ブラック・スワン』は累計興収9000万ドルに到達。製作費は1300万ドル。9位の『ザ・ファイター』もこれまでに7840万ドルを売り上げている。(製作費は2500万ドル)。俳優協会賞では助演男優&助演女優賞にノミネートされ、どちらも獲得。壇上に昇った受賞者クリスチャン・ベイルが本作で彼の演じた“ディッキー・エクランド”本人にトロフィーを手渡されるという嬉しいハプニングも。

■ランク外ではオスカー主要部門(作品/主演男優/脚色/作曲/主題歌)に絡んできた『127時間』が先週の34位から14位にまで上昇。ほかのオスカー出走組に比べて累計興収が1300万ドル級とやや遅れを取っているものの(製作費は1800万ドル)、肝心の授賞式では主演のジェームズ・フランコがホスト役を務めることもあり、『127時間』のアピール時間はこの先もまだ残されていそうだ。日本では6月公開。

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Wザッカーバーグ登場

現在、オスカー戦線まっただなか。土曜日のアメリカではとりわけ『ソーシャル・ネットワーク』陣営が大きな仕掛けに打って出た。というのも、あの長寿コメディ「サタデー・ナイト・ライブ」のオープニング・スケッチにて『ソーシャル・ネットワーク』の主演ジェシー・アイゼンバーグとこの物語のモデルとなったfacebook創始者マーク・ザッカーバーグがついに初対面を果たしたのだ。

このニュースの威力は抜群だった。エンタメ系ニュースサイトはどこも、最終日を迎えたサンダンス映画祭の受賞速報を早々に下段へと追いやり、横一線でこの「初対面」ニュースを報じた。米NBCは自社の放送番組を公式サイトにてアーカイブできるようになっているので(ただし米国内限定)このニュースは一気にアメリカ中に、そしてYouTubeなどを使って世界中へと浸透していった。

なぜ『ソーシャル・ネットワーク』側はSNL侵略をこの日に据えたのか?

それはこの日のオンエアから数時間後に発表される米監督協会(DGA)賞の勢いを援護するためではないだろうか。プロデューサー協会賞では『英国王のスピーチ』にお株を奪われたものの、監督部門に関してはトム・フーパー(英国王)よりもデヴィッド・フィンチャー(ソーシャル)に分がある。下馬評では誰もがフィンチャーに軍配が上がるものと予想してやまない。

仮にここでフィンチャーが勝利すると、エンタメ紙上ではフィンチャー写真、それに先のW(ジェシー&マーク)ザッカーバーグ写真が2段連続で踊るというレイアウトになる。そこで完成する3人のトライアングルは、『英国王』に傾いた空気を一変するのに十分なインパクトを放つことだろう。

これは翌日(日曜)に控える俳優協会賞に向けての対策でもある。こちらでは『ソーシャル』の受賞はほぼ不可能とされており、本作の影が薄まることは免れない。この最も重要な時期に本作の存在感を示すためには、土曜日の打ち上げ花火をできるだけセンセーショナルに演出したほうがいい。。。

とまあ、こんな宣伝戦略上の予測が立てられていたのではないか、と勝手に想像するわけだが、ご存じの通り、ここで大波乱が巻き起こった。

なんと監督協会賞を制覇したのはフィンチャーではなく、『英国王のスピーチ』のトム・フーパーだったのだ。まさかの大逆転劇。同賞は過去90パーセントの確率でアカデミー賞監督賞と直結しているだけに、このお墨付きの威力は大きい。かと言ってこれで賞レースがジ・エンドというわけではないのだが、少なくともこの瞬間、陣営が思い描いていたであろう“最高のトライアングル”は夢の藻屑となって消えた。

一時期は追い風に恵まれた『ソーシャル・ネットワーク』だが、これから数日間は耐え忍ぶ時間が続くかもしれない。だが賞レースとはオスカーに向けた前戯のようなもの。このシーソーゲームの揺れが激しいほど観客が熱狂するであろうことは、自らがハリウッドの仕事人として生きる投票者たちにとって百も承知の鉄則だ。

この先、再び『ソーシャル・ネットワーク』に良い風が吹きレースを最高に面白くしてくれることを期待している。

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2011/01/30

さよならゲーリー(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Adieu Gary(さよならゲーリー)」を観た。

Adieuジャン・ピエール・バクリ主演の温かくも微笑ましいヒューマン・ドラマ。経済を支えていた工場が閉鎖され、もはや“終わってしまった”に等しい街に、服役を果たした息子が帰ってくる。 長い長いトンネルを抜けて光が見えると、そこがまさにその故郷だった。彼は長年工場で働いてきた父(バクリ)とそっくりなプライド持ちで、新しく職を探そうにも一向になじめない。

一方、男やもめの父は父で、近所に住む女性と愛を育み、彼女の一人息子が自分のことをどう想ってるのか皆目分からずに頭を悩ませている。彼女の夫はかつてゲーリー・クーパーに似ていると言われたが、いつしか愛人とこの街を去った。残された一人息子はいつ帰ってくるかも知れない父を待ちわび、今日もひたすらゲーリー・クーパーの出演作を見続ける。

登場するキャラクターはそれぞれに切迫した想いを抱えている。が、それがストレートに画面を席巻することはなく、常に慈愛に満ちたまなざしのどこかから注がれているのを感じる。この輝きを何と呼ぼうか。

確かにこの街は終わっているが、それぞれに人生はつづいていく。いや、続いていかねばならない。ふとアパートの脇を轟音たてた列車が通り過ぎる。なるほど、ここは恐らくそれぞれの途中下車の街ではあっても、決して人生の終着駅ではないのだ。登場人物の誰もがそのことに気づき、再び人生を歩きだそうとする。またそれを祝福するかのように、本作のクライマックスでは腹の底から湧きあがるような街の鼓動が辺り一帯に鳴り響く。このとてつもなくマジカルでパワフルな幕切れ。なんという映画的顛末。ささやかではあるが、そういう瞬間に立ち会えたことが無性に嬉しくなる、思わずこの映画のことを人に話したくなる佳作だった。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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2011/01/29

共犯者(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Complices(共犯者)」を観た。

Complices

河に青年の遺体が上がった。外傷あり。誰がこんなむごい仕打ちを?と、この事件現場に駆け付ける男女ふたりの中年刑事たちが、互いの心を付かず離れず震わせ、ときにはピンポンやってコンビネーションを確かめ合いながら、捜査ともラブゲームとも付かぬ関係性を繰り広げていく。それと並行して描かれるのは、先の青年と少女の焼けるように熱く、初々しい愛の日々。青年は男娼としてチャットで客を取り、日銭を稼ぐ。そんな先の見えない日々の中で少女にと出逢い、ふたりは闇のセックス・ビジネスに手を染めていく。

原題が「カップルズ」なだけあり、この殺人事件を通して上記ふた組のカップルがそれぞれに愛を模索する。若いカップルは何に関しても情熱的で積極的(フルヌードで体当たりの演技を披露)、しかし身の危険を顧みない。それに比べて捜査側のカップルはというと、これまた人生の酸いも甘いも知り過ぎているせいか、奥手過ぎて有効性のある進展がなんら見えない(涙)。

この泣きたくなるような切ないラブストーリーと、笑ってしまいそうなぎこちないラブストーリーが、まさにひとつの腐乱死体によって結節するという、なんともまあフランスならではの独創的なコントラストが際立つ異色作だ。ただしとても残念なことに、この映画もラストのひねりがやや弱い。すごくいい雰囲気で高まってきた感情が絶頂付近で思わず削がれてしまったような悔悟が残る。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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おすすめ短編作品(myFFF)

マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」の短編部門の「これは!」と思える作品をピックアップ。

Car壊れた車/Cabosses』(16分)。この作品の先読めぬ展開にドキドキした!静謐な森で今日も無邪気に戯れる幼い子供たちと、年頃のボーイ&ガール。なんだか良い雰囲気になり、幼子たちがはやしたてる中、ふと気づくと、茂みの向こうに壊れた車が・・・これが彼らの運命を変える。このプロットはまさにジェットコースター。16分の中に微笑ましくも衝撃的な描写が次々と起こり、一本の研ぎ澄まされた緊張感がピンと持続する。そしてラストの顛末に息を呑んだ。なるほどすべてはここに繋がっていたのか。

Kimキム・ベイシンガーはいずこ?』(30分)。昨年のフランス映画祭でも上映。この独特のモノクロ作法を「ジャームッシュっぽい」と言い切ってしまうのはいささか乱暴すぎるだろうか。でもブエノスアイレスの喧騒をさまよう可愛らしいオッサン兄弟、そして周囲のおせっかいぶりはまさにそれを彷彿とさせる。ポン引きに「いい娘いるよ!キム・ベイシンガーにそっくりだよ!」と言われてホイホイ付いていった彼らの顛末とは?ってか、観賞後の余韻までほんっとにジャームッシュっぽい。セザール賞の短編部門にもノミネートされたそう。

Dragon小さなドラゴン』(8分)。昨年のフランス映画祭では「燃えよ、プチ・ドラゴン」として上映された。ある日、突如としてブルース・リー人形(胸のボタンを押すとアチョーを連発)に魂が宿り、レアアイテム満載の部屋を縦横無尽に駆け巡る。誰もがお馴染みのあの表情!あの動き!そして思わぬアイディアで登場する伝説のヌンチャク!ストップ・モーションアニメの細やかさに心奪われ、作り手のマニアぶりに感心する。遊び心満載のエンターテインメント。

Blue青いゴルディーニの男』(10分)。フランスにこんな斬新なアニメーションがあったなんて。ファーストカットから驚いた。外見は普通の閑静な街並み。でもそこに行き交う人々はごく当たり前のように・・・下半身が真っぱだか!!一方、街をオレンジ一色へと染めゆく政権の弾圧に抗し、今日も神出鬼没の“青い男”が暗躍する。果たして彼の目的とは!?「裸の王様」の新解釈とも言うべき、イカれた時代のニューヒーローの物語。まるで石井克人アニメを観ているような爽快なアクション&テンションがとても気持ちいい。

Istanbul吠える島』(15分)1910年、コンスタンチノープル(イスタンブール)で行われた3万匹に昇る野良犬の大量処分の悲劇を、写実と抽象を織り交ぜた独特のイラストレーションにて描く。昨夏訪れたばかりのイスタンブールと、このようなかたちで再会しようとは思ってもみなかった。本作で描かれる約100年前のこの街は、服装の変化や交通手段の発達などはあれど、印象として現在とほとんど変わっていないように見える。そして今もまだ、濡れそぼった野良犬は非常に多いのだった。。。

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トルコ人の頭(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Tete de Turc(トルコ人の頭)」を観た。

Tetodeturc_2

ここはどこのスラム街なのか。冒頭から緊迫した状況が続く。突入する警官。反発する住民たち。衝突の中をカメラがうごめき、また同時に、この危険地帯で医療行為を施すひとりの希少な医師の姿を映し出す。

と、そこで事件が勃発した。若者グループは医師の乗りこんだ車に「よそ者は出ていけ!」と投石をはじめ、そのとどめとしてごく純朴なトルコ人の移民少年が勢いに任せて火炎瓶を投げこんだ。立ち昇る噴煙。だが医師は逃げ出さない。彼は車中で気を失っている。それに気づいた少年は衝動的に火を振り払って渦中へ飛びこみ、こん睡状態の医師を車外へ救いだし、その場を後にする。

数日後、意識を回復させた医師は命の恩人を探してほしいと言う。事件多発地帯にかくも勇敢な若者が存在したとは。自治体も「これは表彰モノだ」と治安アップのキャンペーンに利用したい様子。彼らはその恩人が、一度は火炎瓶を投げ医師を死の淵にまで追いやった人物だとは想像だにしていない。やがて警察はその犯人を追いはじめ、トルコ人の少年は名乗りたくても名乗れない窮地に追い込まれていく。

スタート地点からこの街で巻き起こっている異常事態を手際よく描いていく手法が見事に決まっている。感情をむき出しにする人々からメインとなる人物たちをすっと浮かび上がらせ、それぞれの所属する社会的組織、それをもっと細分化した家族という単位、そして個人というレベルに向けて一枚一枚表層を剥ぎ取っていくドライな描写が観る者を惹きつけてやまない。とりわけその中心に立つトルコ人少年の透明感は、相反する人々の反射鏡のようでもあり、彼、すばわち“トルコ人の頭”をめぐる3すくみの状況が色濃く浮き彫りにされていく。

勢いはなかなか衰えない。終盤にかけても非常に良い緊張感が持続する。そしてクライマックス、さあ後は画竜点睛を待つのみ!という段になって、やや力が及ばなかった。観客はあと一歩ダイナミックな物語のうねりを期待したはず。登場人物たちに自らの運命を力強く切り開いて進みゆくような、何かが欲しかった。惜しい。ほんとうに、あと一歩なのに。とどのつまり、この監督(彼は医師役も演じる)の次回作は注目だと言うことだ。

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2011/01/28

トイ・ストーリー3、脚色賞オスカー候補の謎

火曜日に発表されたばかりのアカデミー賞の候補リストを眺めていると、いくつかの疑問が浮かんでくる。たとえば、脚色賞部門の候補には次のタイトルが並んでいる。『127時間』、『ソーシャル・ネットワーク』、『トゥルー・グリット』、『ウィンターズ・ボーン』、そして『トイ・ストーリー3』・・・んっ??『トイ・ストーリー3』に原作などあっただろうか?これはディズニー&ピクサーによる完全オリジナルなはずでは?

脚本担当のひとりマイケル・アーントはこの問いにこう答える。「それはこの脚本の内容が前2作のキャラクターに基づいているからだよ。そもそも脚本執筆において大変なのは“いかにキャラクターを描くか”ということ。その点、本作に関してはスタートの時点ですでに素晴らしいキャラが出来あがっていたわけだからね」。

でもだからって彼らはラクをしたわけではない。むしろそこから創作という名の果てしない宇宙に飲みこまれていったわけだ。アーントは前2作のキャラクターからストーリーを掘り起こしていく過程について、「4年間という月日はまさに不安と苦悩の連続で、パニックに陥るのをかろうじて抑える日々だった」と振り返る。なるほど、オリジナル脚本と脚色、どちらも比較できないくらい大変な労力を伴う作業なのですね。。。

『リトル・ミス・サンシャイン』でオリジナル脚本賞を受賞しているアーント。果たして彼は『トイ・ストーリー3』で脚色賞をも手にすることができるだろうか。

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2011/01/27

ソウル・キッチン Soul Kitchen

ファティ・アキン。彼の作品からは人種の混在から立ち昇る尊厳が見え隠れする。そしてドイツに居ながらにして、東洋と西洋の交錯するイスタンブールのボスポラス海峡にいるかのような潮の香りがする。

僕がロンドンのミニシアターで異国人に挟まれながら(もちろん彼らからすれば僕のほうが異国人だが)『愛より強く』という作品を観たとき全身に電流が走るような衝撃を覚えた。ポスターには「新時代のロミオ&ジュリエット!」という売り文句が書いてあったが、そんな茶を濁した言葉では始まらないだろう、と思った。これはまさに“叫び”の映画だった。愛に関する苦悶の叫び。またどんなに叫んでもその声は当事者以外には全く聞こえない。そんな絶望ともどかしさの混在する映画でもあった。

そんな情景を感動的なレベルにまで昇華させたファティ・アキンという才能に心底恐れ入って、エンドクレジットが終わってもしばらく席から立ち上がれなかった。ようやく立ち上がると背中が汗で濡れていて、冬の痺れる寒さの中ガタガタ震えながら帰途に着き、それで案の定、風邪をひいた。寝込みながらもずっとこの映画、そしてファティ・アキンのことを考えていた。「いつかこの監督は凄いことになる」と。

結果的に「なった」のである。凄い監督に。『愛より強く』はベルリン映画祭にて金熊賞を受賞、続いて『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』というドキュメンタリーが挟まり、『そして、私たちは愛に帰る』はカンヌにて最優秀脚本賞を受賞。そして最新作『ソウル・キッチン』はヴェネツィアにて審査員特別賞を受賞した。30代の若さですでに3大映画祭にて受賞を重ねてしまったのだ。

なので、僕は前文をもっと具体的に書き変えることにする。「この監督は次回作で頂点を極める」と。というのもこのファティ・アキン、『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』に続く3部作最終章として“悪”について描いた新作を準備中なのだ(一部の報によるとボクシングを扱ったストーリーになるとか)。で、『そして、私たちは愛に帰る』でヘトヘトになったエネルギーを充電し次回作へ注ぐパワーに変えるために選んだ題材が、この『ソウル・キッチン』なのである。

Soul_kitchen

この映画に触れて面食らった。混沌がなにかを産み落とす瞬間を活写してきたこれまでの作風とはまるで違う。純然たるコメディだった。そして自分が何か大きな勘違いをしていたことに気づく。僕は天才や巨匠と呼ばれる人たちは自ら進んで、喜んで深刻な題材に身をさらすものとばかり感じていた。だがファティ・アキンも同じ人間なのだ。傷つきもするし、映画作りで疲労困憊した身体や気持ちをリフレッシュさせたいときもある。この映画に漂う底抜けの明るさを享受しながら、逆説的にこれまでの彼がいかに身を削って映画を織りなし、苦しみや悲しみをスクリーンに刻みつけてきたのかが理解できた。

と言いながら、この『ソウル・キッチン』ときたら、単純に“息抜き”と呼べるかというと、そう一概にはいえないパワフルなドラマなのだ。まずもって僕がこれまでに感じていた“ボスポラス海峡の香り”はしない。その代わりに舞台がドイツのハンブルグなのにも関わらず、映画はタイトルからも連想し得るソウル・ミュージックで溢れ返り、“ファミリー”の切っても切れない絆について描かれ、そしてジャンクな食材が天才シェフ(ただしアルコール中毒)の神ワザによって瞬く間に美味しい食事となってテーブルに並んでいく。まるで北米のブラック・ムービーがここドイツに出現したかのような国籍不明の混濁ぶり。しかしそこには当然、一人たりとも黒人は登場しないのだ。

『愛より強く』や『そして、私たちは愛に帰る』において主人公はトルコ~ドイツという自らのアイデンティティにまつわる“心理的距離”を自分の足で具体的に往復してみせる。対する『ソウル・キッチン』では福袋のように詰め込まれた様々な要素を駆使して、遠く離れた場所(例えば黒人が虐げられ這い上がった歴史を持つニューオリンズをはじめとする都市なのかもしれない)とこのハンブルグの小汚いレストランとを「移動することなく」精神的に直結させてみせる。この手法の変貌ぶりが心地よいグル―ヴを生み、観客の胸に迫ってくる。

「今後、ドイツではない他の場所を拠点にすることも常に考えている」

とファティ・アキンは言っていた。フィルムメーカーとして世界的な知名度を獲得した彼は今やヨーロッパのみならずニューヨークでだって映画製作できるだろう。というかそちらの方が資金が集まりやすいに決まっている。

ドイツのハンブルグに生まれ育ったトルコ系ドイツ人が、活躍の場所を世界に広げようとしている。でもだからこそこれからは「実際にその場所に立つこと」よりも「精神的な連帯」こそが重要となっていくだろう。例えばニューヨークに居ながらにして同時にハンブルクやイスタンブールと心を重ね合わせることのできるソウルフルな連帯が。『ソウル・キッチン』には笑いの中にそのような“世界のどこにいてもふらりと立ち寄れる居心地の良い場所”を感じ、ファティ・アキンによるひとつの意志表示を受け取ったような気さえしたのだった。

そして個人的にひとつ気になっていることがある。恐らく本作でいちばんメインとなっているスチールはこれなのだが、

Soul
これを目にして、ダ・ヴィンチによる傑作絵画のことを想起しない人はいないだろう。

The_last_supper_2 
ファティ・アキンの単なる悪ふざけなのか、それとも聖書にも何らかの精神性=ソウルを通わせようとしていたのか。そういう疑問が込み上げてきた頃合いにはせっかく初来日を遂げたファティ・アキンも既に日本を後にしていた。ほらね、人生はやっぱり少しだけ間に合わない。

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英国王を再編集?

アカデミー賞最多12部門ノミネーションを果たした『英国王のスピーチ』の製作陣に動きが見られている。ハリウッドレポーターによると、既に大絶賛を受けているこの作品を再編集するかどうか検討中らしいのだ。

Tiffkingsspeech_2 
現在この動きは本作のエグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ね米配給権をも司るハーヴェイ・ワインスタイン、そして監督賞オスカー候補にも挙がっているトム・フーパー監督らによって牽引されている模様。彼らの目論見というのは作品の内容を大きく書きかえることではなく、ほんの一部分を編集すること。そして彼らのたったひとつの誤算―アメリカで「R指定」を取り覗きたいという想いに尽きる。

「17歳以下は保護者の同伴が必要」となるこのレーティング。本作には激しいセックスシーンも残虐な殺人シーンもましてや子供の喫煙なども無いのだが、唯一、思い通りに喋れない主人公が激しくFワードを連呼するという場面が登場する。猥雑な言葉に対する年齢制限の厳しいアメリカではこれがアウトとなった。これに加え、ヒトラーに関するセリフも一部で問題になったことは記憶に新しい。

だが場所が違えば文化も大きく異なる。同じ英語国であっても英国王のお膝元、イギリスでのレーティングは「12A」。これは「12歳未満には推奨しないながらも、保護者同伴ならOK」という比較的軽めのものだ(最初は米にならって厳しかったものの、再審査によって変更となった)。そして現在、英国ではレーティングの恩恵もあってか多くの観客を動員中で、3週連続ボックスオフィス首位を独走中だ。

この結果に製作者側はとても勇気づけられたという。アメリカでもレーティングさえ引き下げられれば、なお一層の観客動員が期待できる。そして何よりもファミリー層の動員が見こめる→上映館数、スクリーン数の大幅アップが見込めるという好循環に繋がっていくはず。そうやって興行的予測は簡単に成り立つものの、いざ本当に再編集にゴーサインが出るとなると、表現の自由が商業主義に屈しただの、またもやワインスタインの剛腕ぶりが作家性を踏みにじっただのと一部から揶揄されることも避けられない。非常にむずかしい判断どころだ。

今のところ、どっちに転んでもこの動きがオスカー授与式までに間に合う見込みはない模様。仮に本作に手を加えるようなことがあれば、トム・フーパー&ワインスタインは該当シーンの単調なカットではなく、創造性に満ちた再編集を試みたいと考えているそうだ。

いずれにしても『英国王のスピーチ』は素晴らしい作品だ。幸運にも日本でのレーティングは「G」。つまり子供から大人まで誰でも制限なく自由に観賞できる。アメリカではどこが「アウト」だったのかを考えながら観賞するのも面白いかもしれない。

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もう一人の私(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「L'Autre(もう一人の私)」を観た。

Iautreカメラが夜の高速道路を見降ろしながらゆっくりと滑空する。まるでこの世界を見守る天使のように。

あるいはそこから眺める膨大な車両の輝きは、ひとりの人間の体内にほとばしる血流のようでもある。

この街で主人公のアンヌ=マリーは男と別れた。それは互いが納得して得られた結論だった。男は女性に結婚を求め、彼女はそこから逃れる自由を求めた。ただそれだけのこと。別れた後も彼らは幾度も顔を合わせ、穏やかに言葉を交わす。それは別れにともなう彼らなりの儀式のようでもあった。

しかし男に新たな恋人ができたと知った時、アンヌ=マリーの心には抑えようのない想いが湧きおこる。「彼女の歳は?」「47歳」 それはアンヌ=マリーと同じ年齢だった。好奇心ともジェラシーともつかない感情を抱えながら、いつもと違う毎日が幕を開ける―。

2008年のヴェネツィア国際映画祭のコンペ部門に出品され、主演のドミニク・ブランが主演女優賞を受賞した作品である。「夢十夜」のような幻想的な寓話をまさに映画にしか成しえない語り口、表現手法で描いていく。当事者の物語でありながら、視点はまたどこか別の次元にあってこの世界を静かに見守っているかのような浮遊感が観る者を魅了してやまない。

制御できない複雑な想いがどんどん膨らみ、自分が怪物なのではないかと恐ろしくなる主人公。その傍らには数々の「さよなら」の風景が横たわる。ソーシャルワーカーとして働くアンヌ=マリーはアルコール中毒の女性が愛犬とお別れするのを見てなぜだか涙をこぼす。夜のとばりに響き渡るラジオDJの声は「今日で15年間続いたこの番組も幕を閉じます。みなさん、さようなら…」と静かに別れを告げる。また、昔の恋人からはいま自分の体の中で死の病が進行中であることを打ち明けられる。

我々がやり過ごすこの日常の中に、いったいどれほどの哀しい別れが横たわっているのか。

人間は生きていく限りにおいてこの“別れ”から逃れることはできない。だからこそ彼女はラストに予定調和のように寄りを戻したり奇跡を期待したりなどせずに、その別れの運命を穏やかに受け入れる。逃げずに別れに真っ向から立ち向かっていくのである。自分の中のもう“ひとりの自分”にやさしく別れを告げるかのように。

ドミニク・ブランの体現する主人公の心の内側を、夜の街並みが幻想的に代弁する。この優雅で哀愁にあふれ、時に狂気さえ醸し出す心の変移。全編を牽引するブランの透明な力強さを讃えると共に、これらを巧みに織り成したぺトリック・マリオ・ベルナルド&ピエール・トリヴィッツ両監督の表現力の確かさにも賛辞を送りたい。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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2011/01/25

ラジー賞候補発表

毎年、アカデミー賞ノミネーション発表の前日には決まってラズベリー賞候補も発表される。そう、別名、最低映画賞とも呼ばれる映画界で最もマイナス・ベクトルな栄誉のことだ。

ノミネーション一覧はハリウッド・レポーターの記事が見やすいです。

実に31回目となる今年は、『エアベンダー』と『トワイライト・サーガ:エクリプス』がそれぞれ最低作品賞を含む9部門に候補入りし、仲良く先頭集団を形成した。最低作品賞部門にはこのほか『セックス・アンド・ザ・シティ2』『バウンティ・ハンター』"Vampires Suck"といった顔触れが並ぶ。

Razzies
最低スクリーン・カップル/最低アンサンブル部門には、『バウンティ・ハンター』のジェニファー・アニストン&ジェラール・バトラー、『ジョナ・ヘックス』のジョシュ・ブローリンの顔&ミーガン・フォックスのアクセント、『エアベンダー』のキャスト丸ごと全員、『セックス・アンド・ザ・シティ2』のキャスト全員、『エクリプス』のキャスト全員というかなり投げやりな言葉が踊っていて苦笑が絶えない。

また3D元年を総括するにふさわしい"Worst Eye-Gouging Mis-Use of 3D"(最低まやかし失敗3D映画部門とでも言うのだろうか)も新設された。ここにもお馴染みの面々が集う。『キャッツ&ドッグス2』、『タイタンの戦い』、『エアベンダー』、"NUTCRACKER 3-D"、『ソウ3D』。これらが栄えある名誉をめぐって3次元体制でしのぎを削る。

ラズベリー賞は、映画関係者、あるいはそれらの映画を愛してやまないファンにとっては極めて胸クソ悪くなる賞と言える。だがこれはハリウッド流の“過去の清算の仕方”であると同時に、受賞者にとって大きなチャンスでもあることは、昨年のサンドラ・ブロックが如実に証明してくれた。

生最低の瞬間とは、振る舞い方いかんによっては、最高の瞬間にだってなりうる。本授賞式にときどき現れる奇特な受賞者たちは僕らにその真理について強く喚起させてくれる。

はたして今年はどんなドラマが待っているだろうか。授賞式は2月26日(オスカー授与式の前日)。

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北米興行成績Jan.21-23

先週までの復習は各自こちらで行ってください。

【Jan.21-23 weekend 推計

01 No Strings Attached $20.3M
02 The Green Hornet $18.1M
03 The Dilemma  $9.7M
 
04 The King's Speech  $9.16M
05
 True Grit  $8.0M
06 Black Swan $6.2M
07 The Fighter $4.5M
08 Little Fockers $4.4M
09 Yogi Bear $4.0M
10 Tron Legacy $3.7M

■ナタリー・ポートマン&アシュトン・カッチャー主演の(米では)R指定のロマンティック・コメディ"No Strings Attached"が首位を獲得。『ゴーストバスターズ』の最新作ですったもんだ中のアイヴァン・ライトマンが手掛ける本作は、製作費2500万ドルというハリウッド映画にしては小規模作ながらオープニング3日間で2000万ドルを回収する成果を上げている。客層は70%以上が女性で、25歳以上が6割を占めるとか。なお、邦題は『抱きたいカンケイ』(GW公開)。

■『グリーン・ホーネット』は2位へ転落。通常50%ほど下落する2週目ウィークエンド興収下落率を46%に留め、累計は6340万ドルに。しかし本作は製作費に1億2000万ドルほど計上していることもあり、この回収は世界興収に多く依存するところになりそうだ。

■3位の『僕が結婚を決めたワケ』も下落率を45%にとどめ、10日間の累計興収を3340万ドルとした。4位は先週と変わらず『英国王のスピーチ』。ゴールデングローブは『ソーシャル・ネットワーク』に持って行かれたが、オスカー戦線を占う上で重要なPGA(プロデューサー組合)賞においては作品賞を受賞し、やや息を吹き返した。累計興収は6000万ドル直前。国内興収において『ソーシャル・ネットワーク』(9500万ドル)に勝利することは可能だろうか?コーエン兄弟が自身の最高興収を更新中の『トゥルー・グリット』は5位。累計興収は1億4000万ドルほど。

■6位には1位と同じナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』。興収は8350万ドルに達した。製作費は1300万ドル。一方、昨年のオスカー男優ジェフ・ブリッジスも負けてはいない。5位の『トゥルー・グリット』と共に『トロン:レガシー』もまだギリギリBEST10圏内にとどめた。本作の累計興収は1億6300万ドル。製作費1億7000万ドルまであと一歩。

■なおTOP10圏外では、ポール・ジアマッティがゴールデン・グローブ賞にてコメディ/ミュージカル部門の主演男優賞を獲得した"Barney's Version"が1館あたりのアベレージ1万ドルを超える高稼働ぶりを見せている。

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2011/01/23

女優たちの宴(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Le Bal des actrices(女優たちの宴) 」を観た。

Lebaldesactrices_2これは虚構?それとも事実?薄膜一枚で隔てられたその境界線をカメラは巧みに横断し、実名登場する女優達の観たこともないような表情を映し取っていく。この作品にジャンルを与えるとするならば、「フェイク・ドキュメンタリー・ミュージカル」ということになるのだろうか。

話の発端は女優としても知られるマイウェン・ル・ベスコの一言だった。「新しい企画を思いついた!女優達の素顔に迫りつつ、なおかつミュージカルでもあるの!」 すぐにはピンとこない発想だ。同席したプロデューサーも要領を得ず、「うーん、どうかな…」と嗜める。しかし次のシーンからすでに彼女はハンディカメラを手に持ち、女優達に対して「情熱大陸」顔負けの密着取材を敢行している。

監督にダメだしされる女優、オーディションで落とされる女優、活躍の舞台をハリウッドへ移すべく英会話に磨きをかける女優(それでも結果はボロボロなのだが)、役づくりに触発されて母性が芽生え始める女優、全部嫌になってインドに行っちゃう女優…。彼女たちはそれぞれに思う。もしあのとき違う選択をしていれば…自分の性格がもっと違っていれば…あ、忘れてた、美顔注射の予約をしなくっちゃ…なにさ!あのキャスティング・ディレクター!この仕打ちはあんまりだわ!ここまで言われなきゃならないの?私にとって演じることって何…?私はどこに向かいたいの?なんになりたいの…?

女優らがそれぞれに素顔をさらし始めた途端、ミュージカルシーンが幕を開ける。歌と踊りに載せて彼女たちの心の奥底にある隠された想いが吐露される。つまり本作はドキュメンタリーという超客観の手法からミュージカルという超主観の手法まで、その両極端の領域をカメラが果敢に行き来するという大実験作でもあるわけだ。このジャンルの壁をぶち破るエネルギーに魅了される。

そしていつしか、カメラを構えるマイウェンも夫にこう告げられる。「なあ、君は女優だろ?自宅を空けっぱなしじゃなく、ちゃんと子供と一緒に過ごせる時間を作ってくれ。そういう母親役も演じられるはずだよ」。ガーン!

実はこの映画、マイウェン・ル・ベスコ自身が全体の監督をも務めている。カメラのあちら側とこちら側、虚実両方において監督を担っているという究極の二重構造。これは自分に相当自信がないと成しえない技だ。女優業以上に自らをさらけ出す勇気がなければこんな大胆な所業は成し遂げられない。その熱意と表現欲求を讃えたい。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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2011/01/22

ホプキンスがヒッチコックに!?

いつかはこんな日がくると誰もが予想はしていた。ハリウッド・レポーターによると、現在、サスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコックに焦点をあてた映画企画が進行中らしい。

Hitchkins
その要となるヒッチコック役にはアカデミー賞俳優アンソニー・ホプキンスの名前が挙がっており、また監督として『アンヴィル!』のサーシャ・ガバシが交渉入りしているとの情報も。両者はアイヴァン・ライトマンのプロダクション"Montecite"との話し合いを続けており、彼らが受けるか否かは今のところ神のみぞ知る状態だが、まずはひとつの可能性として期待値の膨らむコラボレーションと言えそうだ。

本作のベースとなるのは、かの巨匠が傑作『サイコ』を生み出すまでを綴った"Alfred Hitchcook and the Making of Psycho"(スティーヴン・レベロ著)。レベロと『ブラック・スワン』脚本家のひとりジョン・マクローリンが共同執筆したドラフトでは、もうひとつの軸としてヒッチコックとその妻アルマ・レヴィールの関係性も加えて描かれているという。

今後この企画がどう進展していくのか注意深く見守りたいところだ。

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2011/01/21

きらきらしてる(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Tout ce qui brille(きらきらしてる)」を観た。

19252522_jpgrx_160_212f_jpgq_x20100幼なじみの年頃の女性エリーとリラは怒っても笑っても互いの心根を汲み取れるかけがえのない親友だ。パリ中心部から10分離れた郊外の公団住宅に暮らす彼女たちは、今夜もタクシーを乗り逃げして、セレブ気分でパーティーへ繰り出す。その目的は素敵な出逢い?それとも今の自分を忘れたいから?ひょんなことから本当のセレブと友達になってしまう彼女たち。リラはこの世界の住人になろうと必死になり、知らないうちに多くの人の心を傷つけてしまう。そしてエリーは、その煌びやかな非日常に段々と虚しさを感じるようになっていく―。

エリー役のジュラルディン・ナカッシュが主演と監督を兼任した意欲作。フランス公開時に口コミでじわじわと人気を拡げていったのも頷ける、若気の至り(勢い?)に繊細さを混ぜ合わせた巧みなガールズ・ムービーだ。パリの街並みにクレヨンで落書きしたかのような可愛らしいオープニングで心をつかまれ、それぞれが辿る心の変移に年齢を重ねるのとはまた違った精神的な成長を感じずにいられない。

ほぼ二人を中心に展開していく物語において、その脇を固めるキャラクターも印象深い。『ザ・ビーチ』や『8人の女たち』に出演するヴィルジニー・ルドワイヤンも子持ちのセレブという特殊な役柄でエリー&リラを未知なる世界にいざない、タクシー運転手の(エリーの)父親は娘との関係にギクシャクしながらも小動物的なまなざしで変わらぬ慈愛を注ぎ続ける。また親友のスポーツ・インストラクターは持ち前のキビキビした性格でハッキリ答えの出ない主役ふたりのケツを容赦なくひっぱたいて助言をくれる。そんなささやかな人々が本当にきらきらしている。

そのことに気がつくとき、エリーの表情が、瞳がまったく違う輝きを放ち始める。どんな宝石よりもきらきらした輝きを探すために彼女たちの冒険はこれからも続いていくのだろう。それぞれに居場所は違っても。相変わらずの親友のままで。

そして同じ想いを抱えた大勢の人々がバンリュー(郊外)から集まってくるからこそ、パリの街は今夜も相変わらず、煌びやかな“きらきら”を放ちつづけるのだろう。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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イーストウッド、『スタア誕生』をリメイク

さすがこの巨匠は一カ所に長居などしない。そのキャリアからすれば異色作ともされる『ヒア アフター』を完成させた後、ただいまレオナルド・ディカプリオ主演で初代FBI長官J.エドガー・フーバーに関する最新作を準備中のクリント・イーストウッド監督。そんな彼の更なる待機作が明らかになった。

ワーナー・ブラザーズと組んで送るその企画は、なんと『スタア誕生』"A Star Is Born"のリメイク。しかも主演はビヨンセだという。

Clintbyonce
ワーナーは長らくこのリメイク企画に取り組んでおり、これまでにもニック・カサベテスやジョエル・シュマッチャーらが監督候補に挙がっては消えていった。

若き女性アーティストと大スターが出逢い、そして結婚。その後、妻は才能を開花させてスターの階段を駆け上がっていくも、夫の栄光には段々と陰りが見え始め、彼は失意のあまり、ついに―。

映画ファンにお馴染みのこのストーリー。1937年の第1作から’76年のバーブラ・ストライサンド主演作に至るまで、過去には3度も映画製作されており、今回のイーストウッド版が本稼働するならば実に4度目の挑戦となる。

またこの原型として1932年製作の"What Price Hollywood"を挙げる向きも多く、イーストウッドの80歳という年齢を考えるとまさに彼とほぼ同じ年月を生き続けてきた映画に新たな生命を吹き込むことになる。

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2011/01/20

バットマン3の悪役決定

クリストファー・ノーラン監督による『バットマン』シリーズ第3弾"The Dark Knight Rises"の新たな悪役キャスティングが公式発表された。今回の敵は男女ふたり。まずはアン・ハサウェイがキャット・ウーマンとして、そしてトム・ハーディがベイン(Bane)というキャラで登場する。

Tomandann_2 
ノーラン作品『インセプション』にも出演したトム・ハーディの名前は昨年10月ごろには「ほぼ確定」として噂になっていたものの、こと女優陣に関しては昨年11月ごろより秘密裏にスクリーン・テストが続けられてきた。候補者はほかにもキーラ・ナイトレイ、レイチェル・ワイズ、ナオミ・ワッツ、ブレイク・ライブリー、ナタリー・ポートマンら強豪ぞろい。この激戦をくぐりぬけ、見事ハサウェイはあのキャットウーマン・スーツを身にまとうことに。

キャットウーマンといえばティム・バートン版『バットマン・リターンズ』(1992)でミシェル・ファイファーが、そして2004年のスピンオフ映画『キャットウーマン』ではハル・ベリーがこの役を演じている。

対するトム・ハーディが演じる“ベイン”は薬物をチューブ注入することでパワー&知性ともに倍化させるキャラ。ファンの間では「バットマンを倒した男(脊髄を粉砕した)」としても有名だ。

Tom▲『インセプション』のトム・ハーディ(左)、"Bronson"のハーディ(中央)、そしてベイン(右)。

ベインが登場するということはつまり、「バットマンの敗北」も描かれる、ということか。ちなみに原作のベインはレスラーのような格好をしており、日本未公開作"Bronson"でトム・ハーディが披露した怪演を彷彿とさせるものがある。

"The Dark Knight Rises"は2012年7月20日公開予定。

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2011/01/19

バス・パラディウム(MyFFF)

1月14~29日開催のオンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション部門にて「バス・パラディウム」という作品を観た。本作は2010年のフランス映画祭にて日本でも公式上映されている。Palladium

80年代のパリを舞台に繰り広げられるバンド・ワゴン映画。幼なじみ5人で結成されたロック・バンド“Lust”は家族や仲間の助けを借りながら地道に人気を拡げていき、いつしか待望のレコード・デビューを果たすことに。真っ赤なワゴンにバンド名を刻みツアーに繰り出す彼らだったが、ひとりの女性をめぐって友情に亀裂が生じ、いつしか修復不可能なまでに溝を深めていく。若さゆえの感情のぶつかり合いを経て、はたして彼らが最後に辿りつく場所とは―?

自身も映画俳優として長いキャリアを持つクリストファー・トンプソン監督による監督デビュー作。今となってはノスタルジーさえ漂うストレートなロック・ミュージックに彩られ、若さに溢れた5人のそれぞれの個性が印象深く描かれていく。中でも興味深いのは、このバンド活動を自分の命とばかりに打ち込む者もいれば、これを束の間の冒険として他に人生の保険を掛けている者もいる。それぞれにとってバンドの重みや定義は全く異なる。

そんな具合だから、渦中にひとりの女性が飛び込んでくれば、これはもう破滅も同然。それは彼らに留まらず歴史上のあらゆる人気バンドが証明している顛末だ。ゆえにこの手のジャンルは「墜ちていく」ことを魅せる手腕が必要となる。その点、葬儀に始まり、葬儀に終わる本作はそこに青春を脱ぎ捨てる通過儀礼のような爽やかを付与し、ある一定のレベルをクリアしていると言えるのだろう。

ごくサラりとバンドメンバーの家庭環境をそれぞれに散りばめ、とくに練習スタジオ代わりの工場を営むユダヤ人おばあちゃんの描き方が微笑ましい。若さに沸騰する本作の良い中和剤といったところか。

ところで本作には驚くほど“父親の存在”が見えない。メインとなるメンバーふたりもどうやらシングルマザーに育てられている様子。この“不在”が意味するものは何なのだろうか。と同時に、フランスでは90年代半ばに廃止されたという徴兵制に戸惑う青年たちの姿が描かれているのも非常に興味深い。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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スパイ(MyFFF)

1月14~29日開催のオンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション部門にてギョーム・カネ主演「スパイ(ESPIONS)」を観た。もちろん日本未公開。

Espions_2空港の手荷物検査所。職員が乗客のバッグの物品に手を触れた瞬間、辺りは大きな炎に包まれ惨事が巻き起こる謎の荷物はシリア外交官の所有物に属したものだった。なぜこのような危険物が運び込まれたのか?かの国を通してなにが起きようとしているのか?

事件に居合わせた職員ヴァンサン(ギョーム・カネ)はこの一件で日頃の違法行為がバレて解雇処分に。警察からも逮捕の二文字が突きつけられる。「助かりたければ、捜査に協力しろ」。どうやら事態はフランスDTSと英国MI5の合同捜査として動き始めているようだった。ヴァンサンはロンドンへと飛び、現地の捜査官と共に謎の経営者でもある被疑者バートンの裏の顔を探ることに。真実を解明するには彼の妻の協力が不可欠だ。さっそくヴァンサンは身分を偽り、美しい彼女に接近するのだが―。

ひょんなことから空港職員が諜報員に!?やや強引な事の顛末には疑問符が残るものの、映画監督としても活躍目覚ましいギョーム・カネがロンドンにて苦悩を抱えつつ暗躍を繰り広げる、ただそれだけで視覚的にはリッチで満たされるものがある。本作はフランス映画ながら、街角から地下鉄に至るまでその大部分にて贅沢なロンドン・ロケーションを展開している。

ガラス張り建築に居を構えるフランス諜報部に比べて英国MI5は未だにジョン・ル・カレの世界から寸分変わらないアナログなイメージ。また、この街でヴァンサンとパートナーを組むのは『クライング・ゲーム』などニール・ジョーダン作品でお馴染みの名優スティーヴン・レイだ。ところどころ顔を出しては「やれやれ」とまるでヴァンサンの親代わりでもあるかのように連携していく。

筋の荒さは気になるが、名優らが互いに醸成しあう空気感には目を見張る点が多い。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

●<ギョーム・カネ>関連レビュー
フェアウェル/さらば哀しみのスパイ

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シチリア!シチリア!

「いちばん好きな映画は?」と聞かれて迷わず『ニュー・シネマ・パラダイス』(’89)と答える人も多い。「ジュゼッペ」という響きがどこかしら昔話の「ジュゼッペじいさん」を想起させるせいか、この映画をてっきり爺さん監督の手によるものと思い込んでいる向きも少なくないようだ。誤解なきよう言っておくと、1956年生まれのジュゼッペ・トルナトーレ監督は弱冠33歳のときに『ニューシネマ』を撮った。

そんなジュゼッペもすでに54歳。シチリア島のバゲーリア(現地の言葉で“バーリア”=本作の原題でもある)出身である彼が、変わりゆく街の様子に自分の父の人生、そして自らの成長を重ねあわせて、まさにクロニクルと呼ぶにふさわしい大作を作り上げた。日本でのタイトルは『シチリア!シチリア!』。

Baaria_3
この映画は少年の疾走と共に幕を開ける。昼日中、カード遊びに余念の無い老人たちに「タバコを買ってきてくれないか」と頼まれ、吐きだしたツバの乾かぬうちに戻れば小遣いをやると言う。皆にけしかけられ慌てて駆け出す少年。過ぎ去っていく街かど。ぶつかりそうになる人々。朽ち果てそうな街並み。彼の動線に合わせ少しずつ街の全貌が明らかになる。そして気がつくと、彼は宙を舞う―。

エンニオ・モリコーネの音楽に合わせ、観客の高揚は否応なしにかきたてられる。オレンジ色の陽光、赤茶けた大地、それに小麦色の少年、それに抒情的なシンフォニー。この合わせ技はもはや専売特許の域だ。しかし今回驚かされるのは、このクロニクルを彩る各エピソードがあまりに素早く処理され、話の顛末でグッと引きつけることもなく、いやあえて延び白部分を放棄したかのように余韻を残さず急ピッチで綴られていくことだ。それは小さなパッチワークを均等に折重ねていく作業のようでもあり、また走馬灯が見せる束の間の夢のようでもある。

映画とは、瞬き魔術であることを想いだした。たった1秒間の間に映写機は24コマの静止画をスクリーンに送り出し、僕らの目はそれをひと続きの映像であると認識する。たかが目の錯覚。もうちょっとロマンティックに言うなら、1秒間に繰り出される24回の瞬きを、僕らは個々のイマジネーションで繋いでいるというわけだ。

映画だけでは無い。すべては束の間の夢、あるいは一瞬のまたたき。駒の回転。蝿の羽ばたき。

時代と共に街並みは少しずつ変わっていく。こどもが大人以上に肉体労働に精を出した時代があった。ムッソリーニの時代には軍部の横行、兄との別れ、空襲、爆撃、アメリカ軍の上陸と火薬の匂いが立ち込めたこともあった。愛する人と出逢った。周囲の反対を押し切って結ばれた。新しい時代の中でシチリアにも政治の季節が訪れた。子供たちはそれぞれに大きくなっていった。その中のひとりはやがて映画の魅力に憑りつかれ、やがて自らカメラを手にすることになるだろう。

劇中ペッピーノは何十回とバーリアの目抜き通りを往復する。そのたびにドラマが巻き起こり、時代は旋回し、街並みも激変する。だがそんな過渡期にあっても何処からか少年の名前を呼ぶ声が聞こえ、街かどでは鉛筆売りの男が変わらぬ売り口上を唱えている。この2時間半の幻想的な街物語において、大通りはさもタイムトンネルのように日々、巨大な数の人々を呑みこみ、そして吐きだしていく。

『シチリア!シチリア!』には人生の壮大さと儚さが同時に詰まっている。互いに二律背反のごとく存在するそれらの感慨が、トルナトーレが長らく抱いてきた故郷への想いをより味わい深いものにする。そして僕らもなぜかこの2時間半でバーリアに生まれ、育ち、善き人々の生死を経て、ひとりの息子を列車で送り出したばかりのような、えも言われぬ複雑な気持ちのせめぎ合いを自分のことのごとく受けとめる。

誰かが言った。「投石が三つの岩山に気持ちよく当たると奇跡の扉が開く」。この映画において扉は最初から開いていた。僕らはあの少年の疾走でその奇跡のうちに招かれ、また老人の疾走によりそこを辞する。

終幕後、劇場の外に出ると昼間の明るさがすっかり暗くなっていた。はたして本当に2時間半なのか。それとも映画という時間装置がもっと複雑な魔法をかけてくれたのか。いつもの街並みが全く変わって見えた。そこを歩いていた50年前、100年前の人々に想いを馳せた。ふといま駆けだすと、もういちどあの魔法が蘇ってくるのではないか。そんな想いさえ頭をよぎった。

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2011/01/17

北米興行成績Jan.14-16

先週までの復習は各自こちらで行ってください。

【Jan.14-16 weekend 推計

01 The Green Hornet $34M
02 The Dilemma $17.4M
03 True Grit  $11.2M 
04 The King's Speech  $9.1M
05 Black Swan $8.1M
06 Little Fockers $7.1M
07 Tron Legacy $5.7M
08 Yogi Bear $5.3M
09 The Fighter $5.1M
10 Season of the Witch $4.5M

■アメリカでは月曜日が「マーティン・ルーサー・キングJr.デー」で祝日となる。この連休に照準を合わせた『グリーン・ホーネット』が晴れて首位を獲得。

Thegreenhornet
30年代から君臨する
レトロ・ヒーローにセス・ローゲンのコメディ・タッチ&ゴンドリーの3Dマジックを掛けあわせ、金曜から日曜にかけての3日間で興収3400万ドルを記録した。2011年に入ってから新作がNO.1を獲得するのは初めて。まずは関係者もホッと胸をなでおろしていることだろう。しかし油断は禁物で、本作は製作費に1億1000万ドルほどかかっていると言われており、回収するのにはまだまだ気合いを入れてかからねばならない。客層は25歳以上と以下とがほぼ半々、男性客が6割を占める。

■『天使と悪魔』などの超大作で知られるロン・ハワードが久々のコメディに返り咲いた『僕が結婚を決めたワケ』は2位発進となった。本作は公開前にとあるセリフをめぐって大騒動になったという経緯を持つ。中高年の間で堅実な人気が高まりつつあったヴィンス・ヴォーンも今回はやや出遅れてしまったか。製作費は7000万ドルあまり。観客の60%近くが30歳以上、また全体の6割を女性客が占める。

■『トゥルー・グリット』はすでに累計興収が1億2600万ドル。首位を争っていた"Little Fockers"にも競り勝ち、いつの間にか差が開いてしまった。その"Fockers"は累計興収1億3400万ドルほど。

■4位、5位には賞レースを爆走中の『英国王のスピーチ』(←拙ブログのレビューに飛びます)と『ブラック・スワン』が上がってきた。『ブラック・スワン』の累計興収は7280万ドル。フォックス・サーチライト作品としては『サイドウェイ』を追い抜き、『JUNO』(1億4350万ドル)、『スラムドッグ・ミリオネア』(1億4130万ドル)に次ぐ歴代3位。

■『トロン:レガシー』(リンクは拙ブログのレビューに飛びます)は、累計興収1億5700万ドル間近。国内興収だけで製作費1億7000万ドルを回収できるか?

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グリーン・ホーネット

夜のしじまを突き破り、愛車“ブラック・ビューティー”のエンジン音と共に現れたヒーロー“グリーン・ホーネット”。彼の敵は新聞王だった亡き父の威光?オスカー俳優クリストフ・ヴァルツ演じる闇の帝王?いやいや、注目のメイン・ファイトはまた別のレベルで巻き起こっている。とどのつまりこれは、「作家性」と「大衆エンタテインメント性」とが凌ぎを削った結果、如何なる課題を今後に残したのかと、そういう検証映画といえるのではないだろうか。

Greenhornet
ミュージックビデオやCMから映画まで、デジタルとアナログの絶妙な隙間を縫って愛らしい創造性&作家性を発露させてきたミシェル・ゴンドリー。インディペンデントの映画製作で一定の成果を収めた彼が自らを次のレベルへと引き上げたいと考えたのは表現者の願望として当然のことだろう。そして自らの手の内を超えてアイディアを膨らますにはこれまでより遥かに大きなバジェットが必要となる。

その作品は限定された観客数ではなく、桁違いの世界の観客へ届けられるだろう。観客の目も厳しくなる。失敗した場合のリスクも半端ではない。それに第一、ビッグバジェットにはそれなりに回収見込みのある企画が必要だ。

これまでのゴンドリーの創造性にプラスして、何か企画の芯となる訴求力のあるもの。その二者を結びつけたものこそ「緑蜂」という1930年代より語り継がれてきた題材ということになるのだろう。そして追い打ちをかけるように、本作の3D製作までもが発表された。

このヒーローときたら、序盤から3D効果もあってか、実際よりもかなり太めに映る。スラッとした体型でなくデブッとだらしなく、悪に対する考え方も曖昧極まりない。なにしろ「悪に近づくためには、自分たちが悪を装えばいい」という横暴な論理を振りかざすのだ。

隣でフォローする“カトー”は、セス・グリーンとの丁丁発止のやり取りにも押しの弱さが目立つ。というよりもこれは僕がまだスクリーンでジェイ・チョウという俳優を見慣れておらず、彼の演技にどう反応していいのか決めかねているせいもあるだろう。(ちなみに台湾をはじめ中華圏では大人気で、中国でのキャンペーンでも主役や監督そっちのけでマイクをかっさらっていた。中国市場を目した時に彼の存在は計り知れない威力を発揮するのかもしれない。そして中国では旧正月に公開―)

そこに散りばめられた注目のゴンドリー・テイスト。僕らはまず、セス・ローゲンがピンチに陥った際にカトーの脳内で起動する“カトー・ビジョン”にてその真髄を垣間見る。戦闘モードに入った彼は通常の時間の速さを超える勢いでセンサーをめぐらし、どこをターゲットにして、どの順番で敵を撃破していくかをシミュレーションする。そして次の瞬間にはそれと寸分たがわぬ結果が3D映像で炸裂するというわけだ。(ん?これってどこか『シャーロック・ホームズ』の格闘シーンに似てないか?)

周囲がゆっくりとうごめく中、カトーだけが疾走し、くぐりぬけ、交わし、蹴り、ぶっ飛ばす、という一連の3D趣向。こいつがかなり斬新な仕上がりを見せている。さすがゴンドリー!!惜しむらくはこれがあっという間に終わってしまうのだ。もっと観ていたいのに。

もうひとつゴンドリーらしさを放つのは、「グリーン・ホーネットを殺せ!」という指令が人から人へネズミ算方式で拡がっていくのをスプリット・スクリーンで描く場面だ。どんどん画面が増殖してそれぞれに話が進行していく。これはいったいどのように撮られたのだろう?これこそゴンドリーがミュージック・クリップなどで描きそうなアイディアの炸裂。ファンは思わずほくそ笑んでしまうのではないか。

また、本作の脚本は主演のセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグのコンビが執筆を担当しているが、数々のコメディ作にてヒットを連発してきた彼だけに笑いの要素は強い。が、これを3D作として見せる以上、彼が前に出るよりは、あくまで“グリーン・ホーネット”が(もっと言えばアクションシーンが)前に出るべきだし、彼とカトーのセリフの応酬を我々があえて3Dで見なきゃいけない義務は存在しない。

パーツパーツには魅力が光るものの、いざそれを収拾、接合する段となってひとつの完成体になりきれていない、というのがゴンドリー映画のファンとしての正直な意見だ。本作はこれからも紡がれていくゴンドリー伝説におけるちょっとした変わり種として歴史に名を刻んでいく使命を宿しているのだろうか。

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2011/01/16

ウッドストックがやってくる! Taking Woodstock

僕が説明するまでもない。1969年、時代の象徴とも言うべき音楽フェスが開催された。

が、その裏側にひとりの平凡な男の奮闘があったことは知られていない。彼の名はエリオット・ダイバー。ヒッピーでもなんでもない、30代のデザイナーだ(そしてゲイらしい)。潰れかかった家業を立て直そうと農村部のモーテルに戻ってきた彼は、開催場所を探してさまよう巨大イベント「ウッドストック・フェスティバル」に運命の絆を感じ、その誘致に打って出る。

その日から状況が一変した。近隣住民からは苦情が殺到するわ、時代の寵児たるオーガナイザーが視察に訪れるわ、一報を訊き付け記者たちも多数詰めかけてくるわ。いまや全米がこの村に注目していた。その非日常の光景にエリオットもかなり上気気味。でもまだ本番は始まってすらいない。やがてこの村がどんな興奮のるつぼと化していくのか、彼は想像もしていなかった―。

Taking_woodstock_poster_2   
ラスト、コーション』のアン・リー監督といえば、台湾出身ながら『楽園をください』『ブロークバック・マウンテン』など、アメリカ文化に深く寄り添った作品を手掛けてきた。『ウッドストックがやってくる!』もまさにその系列に並べられてしかるべきだ。

1年以上前のカンヌ映画祭で無冠に終わり、日本公開に随分時間のかかった本作に“特筆するにあたらない凡作”という先入観を働かせる向きも多いかもしれない。僕も上映開始から20分ほどのスロースターターぶりに驚いた。でもこれはアン・リーの周到なタイムテーブルなのかもしれない。つまりは“田舎時間”。これぞ世界の中心から遠く遠く離れた、田舎の体感時計なのだ。

そして本作最大のダイナミズムは、この田舎時間が徐々にウッドストックという名の巨大な嵐に呑みこまれ、やがては歴史が何周も旋回しようとも忘れられぬ伝説の聖地=宇宙の中心となっていく過程にある。観客はそれを教科書的事件としてではなく、自分の足でその渦中に立ち、吹き荒れる暴風雨を視覚的に体感することになる。

「ウッドストックの会場はこっちですか?」

誰かがエリオットに尋ねる。初めはポツリポツリと始まる人の到来。そして次の瞬間、ガツンと大波が襲いかかってくる。あっという間に村を埋め尽くした人、人、人。その数40万人!この何処までも拡がっていく圧倒的な絵力が凄い。しかも長回しを多用するという横暴さ!このラブ&ピースのうねり!むせ返るほどの高揚感!そしていつしか巡礼のごとく澄み切っていく気持ち―。

中盤からの怒涛の展開に体内時計も大いに狂わせられながら、僕らはエリオット・ダイバーの視点で草原、森林、湖に囲まれた会場のあっちこっちへと奔走する。そしてふと気付くと、どこからか微かにギター音が聞こえてくる。

「ついに、はじまった・・・」

俄かに表情を引き締めた息子(エリオット)に、父がこう言う。

「ここは俺が引き受けるから、お前はステージへ行って来い。何が巻き起こるのか、その目に焼き付けてくるんだ」

そこからエリオットは、人波をかき分けてどんどんステージへ向かって、宇宙の中心に向かって駆け寄ろうとする。

しかし結論からいえば、彼は圧倒的“傍観者”のままでこの作品を終える。

彼は映画の主人公でありながら、ウッドストックにおいては最後まで裏方にも満たない端役で終わる。でもそれゆえ(同じく歴史の傍観者でしかあり得ない)僕らは最後までエリオットの視点にナビゲーターとしての役目を安心して託せるのかもしれない。

だからこそ、いま映画を見終えた僕らは、万感の思いと愛情を込めてエリオットをこう呼ぶと思うのだ。

「宇宙の中心を間近で体感しながら、結局ステージまで辿りつけなかった男」と。

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2011/01/15

■審査員として参加します

現在、フランス主導の世界初完全オンライン映画祭が開催中です。
その名も、My French Films Festival

Myfff_usa


実は奇特なユニフランスよりお声がかかり、わたくし牛津もブロガー審査員のひとりとしてイベントに参加させていただくことになりました。
当ブログでは期間中、日本にいながらにして映画祭の最前線に身を置き、作品のレビューなどを片っぱしにあげていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

Enjoy the Festival ! !

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2011/01/11

しあわせの雨傘

この映画が終わるころ、頭の中では延々とドヌーブ様の歌声が「セ・ボー・ラ・ヴィ~♪」と渦巻いている。いまやオープニングの真っ赤なジャージ姿とは似ても似つかぬ真っ白な姿。全身にライトを煌々と浴びながら、クライマックスのドヌーブ様は高らかに歌い上げる。「人生は美しい」と。

恐らくは冒頭の“赤ドヌーブ”様も、あのときはあのときで自分の境遇に満ち足り、全く同じ言葉を胸に抱いていたに違いない。しかし赤と白の差は歴然としている。彼女は今や、地球が太陽の周りを周回していることを知ってしまった---夫の経営危機に際して立ち上がり、平凡な主婦から敏腕オーナーへと転身を遂げ、さらには「女性は据え置き壺(原題のPotiche)じゃないのよ!」との掛け声のもと、男たちがせっせと築き上げてきたファンタジー的男性社会こそを“据え置き壺”へと追いやってしまったわけだ。これぞ70年代コペルニクス的発想。

Potiche
思い返せば、フランソワ・オゾン演出は時として『8人の女たち』『エンジェル』のように“ある時代の一点”における映画的ファッションに浸かりこむことで、ノスタルジー以上の特異な効果を生み出してきた。

その傾向は今回ドヌーブ様とがぶり四つに組むことによってますます顕著なものに。だが決定的に違うのは、本作が70年代という特殊な時代を描くとともに、過去から現代に突きぬける偉大な映画レジェンド=ドヌーブという一本筋の通ったベクトルを刻むことで、決して“昔話”の域に甘んじないという点だ。

もちろん、邦題を見ても分かる通り、ドヌーブの『シェルブールの雨傘』に代表される過去の偉業はさりげなく、しかし絶対に外せない要素として添えている。とりわけオープニングで小鳥や小鹿たちにウィンクしたり、大自然の神秘に心震わせたり、その感動を詩を思わずノートに書き留めたり…そんな映画ならではのファンタジー&メルヘン・タッチが笑いを誘う。

果たしてこれらはセルフ・オマージュ&パロディの一言で片づけていいものか。いや僕には、これがオゾン流のリアリズムを立ち上げるための手法のひとつだったようにも感じられた。

つまり、「ビバ70's」なノスタルジック演出=焦点のボヤけた皮膜のごときフィルターは、そのまま当時の女性に向けられたファンタジー的固定観念を意味していたのかもしれないし、さらには現代社会でもなお、あらゆる領域にこの種の“フィルター”がはびこっているのだと、密やかな告発さえ含んでいるようにも思える。フェミニズムよりももっと広い意味で。

そういう提起を突きぬけて、本作のラストは男性も女性も老いも若きも関係なく、誰もが等しく祝祭性に身を浸すことのできるものに仕上がっている。あらゆる人にとって可能性が開かれ、フランソワ・オゾンの文脈で言うならば当然ゲイという要素も含まれてしかるべき。その意味で、人生は誰にとっても美しいのだ。まさに「セ・ボー・ラ・ヴィ」。

Potiche02
ちなみに、ドヌーブの亭主役を演じるのは大好きな俳優ファブリス・ルキーニ。クラピッシュの『PARIS』や『モリエール/恋こそ喜劇』(←それぞれ拙ブログのレビューに飛びます)でも飄々とした演技で場を湧かせる天才だ。

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2011/01/10

米週末興行成績Jan.07-09

先週までの復習は各自こちらで行ってください。

【Jan.07-09 weekend 推計

01 True Grit $15M
02 Little Fockers $13.8M
03 Season of the Witch  $10.7M 
04 Tron Legacy  $9.8M
05 Black Swan $8.3M
06 Country Strong $7.3M
07 The Fighter $7.0M
08 The King's Speech $6.81M
09 Yogi Bear $6.81M
10 Tangled $5.2M

■ついにやった。コーエン兄弟最新作『トゥルー・グリット』が公開3週目にして"Little Fockers"という巨大な山をようやく突き崩し首位を獲得。ジョン・ウェイン主演の『勇気ある追跡』のリメイクという、なんとも若者&ファミリー層の敬遠しがちな作品にも関わらず、このアワード・シーズンの盛り上がりを最大限味方につけた恰好だ。

Truegrit
製作費4000万ドル弱の本作は既に米累計興収1億1000万ドルを突破。もちろんこの数字はコーエン作品史上最高であり、ウェスタン物としては90年代の『ダンス・ウィズ・ウルヴス』(90年、1億8420万ドル)や『許されざる者』(92年、1億115万ドル)以来の1億ドル越え快挙となる。

現在、この『トゥルー・グリット』の徐々に右肩上がりの動向を、昨年のサンドラ・ブロック主演作『しあわせの隠れ場所』と重ねてみる向きも多い。これに火がつくと、“いい意味”で「オスカー候補の可能性あり!」ということになるし、“悪い意味”だと「サンドラ同様、ジェフ・ブリッジスのオスカー&ラジーWノミネートあるかも!」という趣旨に転ぶ可能性すらあるだろう。ブリッジスは『トロン:レガシー』にも主演していることだし・・・。

■2位にダウンした"Little Fockers"は累計興収1億2400万ドルほど。前作『ミート・ザ・ペアレンツ』(2000)、『ミート・ザ・ペアレンツ2』(2004)の興収はそれぞれ1億6600万ドル、2億7900万ドルとなっている。

■3位には初登場"Season of the Witch"。ニコラス・ケイジ主演の製作費4000万ドルながらオープニング3日間の興収は1000万ドル程度。先週までの限定上映から劇場数を拡大させた"Country Strong"は主演グウィネス・パルトロウが大人気ドラマ「Glee」などにゲスト出演したりとメディア・ミックスのキャンペーンにも力を注いできたが、そこまで気を吐くには至っていない。

■『トロン:レガシー』(リンクは拙ブログのレビューに飛びます)は、とやかく言われているうちに累計興収1億5000万ドル突破間近。ただし製作費は1億7000万ドル。世界興収では2億6000万ドル近くまで上昇している。

■上位の興収に活気がないと、堅実な人気を持続させるアワード作品がランキング中盤を盛り上げる。先週から4ランクアップ5位の"『ブラック・スワン』"を筆頭に、7位に"The Fighter"、8位に『英国王のスピーチ』(←拙ブログのレビューに飛びます)。また、金曜日からは再び『ソーシャル・ネットワーク』(←拙ブログのレビューへ)が300→600館規模へと拡大上映されている(11日にはDVDリリースされるというのに!)

■なお、米ボックスオフィス全体の売り上げは1億1200万ドル。『アバター』が人気爆発していた昨年の今頃に比べると、30%近く落ち込んだかたちだ。

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2011/01/09

"Life in a Day"を知ってますか?

「あなたにとって2010年の7月24日とは、どんな一日でしたか?」

この素朴な質問にすべてを集約させた前代未聞の映像プロジェクトが注目を集めている。製作リドリー・スコット(『グラディエイター』『ロビン・フッド』)、監督ケヴィン・マクドナルド(『ラストキング・オブ・スコットランド』『消されたヘッドライン』)による指揮と、YouTubeによる技術的・空間的バックアップのもと進められてきた、その名も"Life in a Day"。

「2010年、7月24日」という人生の1点に焦点を当て、この日に撮られた映像を世界中から募集。これらをもとに、まるで地球儀を概観するかのような1本のドキュメンタリー映画を作るというものだ。

Lifeinaday

期間中、YouTube上には4500時間を超える「それぞれの7月24日」がアップされ、
これらをスタッフがひとつずつチェックしたうえで編纂作業にあたっていったとのこと。すでに完成済みの本作は1月末のサンダンス映画祭にてプレミア上映され、フッテージを本編採用された世界中の作り手たちも共同監督として会場に招待される。

YouTubeの公式ページではすでにプレミアに向けてのカウントダウンがはじまっており、寄せられた映像や監督らのインタビューなどを視聴することができる。また完成品はYouTube上でも公開される予定。

はたして地球のどんな息遣いが聞こえてくるのだろうか。

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2011/01/07

エリックを探して

*1年以上前に書いたレビューを、日本公開に合わせて再編集してお送りします。
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最高だ。最高過ぎる-。ロンドン-成田間の飛行機の中でこの映画を往復3回も観てしまった。その後、東京国際映画祭での公式上映、UK版DVD、年末から始まった東京上映でも本作と再会したものの、まだまだ飽き足らない。

そして最高の気分へと押し上げてくれるクライマックスの余韻に浸りながら、筆者は毎度、「信じられるか?これがあのケン・ローチの映画だなんて」と自分自身に問いかけてしまうのだ。

Eric01_3   
この小さな自分革命の物語は、格言めいたこの一文で幕を開ける。

"It all began with a beautiful pass from Eric Cantona."

近年、若返りの作風で注目を集めるケン・ローチの最新作は、どこをとっても驚きづくし。なにしろ昔の女房を忘れられない男が、マリファナの一服で元サッカー選手エリック・カントナ(幻か?精霊か?)を自室へと招聘し、憧れの彼から人生哲学の教えを乞うときたもんだ。

サッカー大好きケン・ローチのことなので、本編にはもちろんエリック・カントナ現役時代の名シーンが満載。なるほど、これをスポーツの芸術的瞬間というのだろう。ほんとうにたった一本のパスから電流が走ったかのようにスタジアムの観客が総立ちになる。ものすごい熱気、いや“沸騰”のほうがふさわしいのかもしれない。

「魔法使いが現れて奇跡を起こす」という筋は、僕らが幼少期から慣れ親しんできたありきたりなものだが、ローチ監督はこの素材をリアルな大人の物語、明日を切り開くための物語へと引き寄せてみせる。その魔法の導き手となるのが、他ならぬエリック・カントナ、本人というわけだ。彼もこの巨匠による大抜擢に応え、選手時代そのままの破天荒な存在感でスクリーンを席巻していく。

Eric
そもそもローチ作品といえば、これまで“組合”や“社会主義”といった概念をハードに打ち出すことが多かった。だが今回は彼も手法を変え、これらを「チームメイトへの信頼」という最もソフトな落とし所へと集約させる。

やがて訪れる家族の大ピンチ。不運つづきの主人公。ひとりが悩んでいれば何処からともなく駆けつけ、“おせっかい”が感動に変わるほど強引に手を差し伸べてくれる職場の仲間たち…。苦しい季節を駆け抜けて、ついに彼らが一致団結して繰り出すラストの大逆襲は本当に爽快で楽しい。

ケン・ローチのタッチは時代とともに変幻自在。「すべてがカントナのパスからはじまる」のだとすれば、本作はあたかもローチから僕らに託された、巧妙かつ真心に満ちたゴールチャンスのようではないか。

あとはその球をゴールへと叩き込むだけ。

「さあ、ほら、蹴りだしてごらん!」

ローチやカントナ、そして後ろに控える無数の仲間たちの野太い声援が、少々苦しい時代を生きる僕らの背中をポジティブに押し出してくれる。

なんだか底知れぬ元気をもらったような、ホカホカした気持ちに包まれる。人間っていいな、仲間っていいなと、素直に思える。

『エリックを探して』はそんな映画なのだ。

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2011/01/05

英国王のスピーチ The King's Speech

個性的なキャラには事欠かないイギリス王室史から、またひとりの逸材が発掘された。その人の名はジョージ6世。娘の(現女王)エリザベス2世の栄光のせいで歴史の影に隠れがちな王様ではあるものの、逆境を耐え忍ぶその姿は、混沌とした現代だからこそ力強い共振をもって観客の心に迫ってくる。

本作は幼い頃から「自分がここにいていいんだろうか?」とその正当性を問い続けてきた王様のお話だ。ジョージ5世の次男として生まれ、継承順位から言えば兄に次ぐ立場。国家や民を思う心は人一倍なれど、彼には幼いころから抱えた弱点があった。それは言葉を発すると必ず吃音を伴ってしまうこと。今日も国家行事でのスピーチが虚しい結果に終わり、彼は傷心を抱えたまま自宅で娘たち(マーガレット&エリザベス)をしっかりと抱きしめる。

そんな彼の愛妻が、すがるように最後の望みを託したスピーチ矯正の専門家がいた。ロンドンの深い霧をかき分け辿りついた、王家の者にとってはまるで不思議の世界とも思しき薄暗い診療所で、ひとりの豪州男が出迎える。その名、ライオネル。この先、彼とジョージは二人三脚でこの難題に取り組んでいくことになるのだが・・・。

時代は移り変わる。前王は死に、続く兄エドワードは王冠を捨てて既婚者との婚約(イギリス国教会では禁じられている)に走った。これぞ運命の皮肉。王位はジョージのもとへ巡り、時を同じくしてイギリスには戦争の足音が忍び寄ってくる。。。今こそ国民にとって王の力強いスピーチが必要な時!涙ぐましいコーチングは、はたしてジョージの吃音を克服させられるのか?

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『シングルマン』で艶やかな演技を魅せたコリン・ファースが、今回も極めて難易度の高い演技に挑んでいる。アクセル踏んでは急停止する車のごとく、彼の発話はスタッカートに次ぐスタッカート。自分の意見をほんのワン・センテンス表明することさえ困難を極め、ましてやスピーチときたら意味不明の混沌を充満させてしまう逆カリスマぶり。だが被写体に肉薄したカメラワークはジョージの物腰や表情、しゃべり方を克明に捉え、彼の繊細な心の動きを言葉以上の的確さで観客へ伝えていく。

「自分は王にふさわしいのか?」「自分はここにいていいのか?」その想いは日に日に大きくなっていく。しかし、彼は一度たりとも、そこから逃げ出してしまおうなどとは思わない。国民のために粛々と運命を受け入れ、自分のふがいなさに打ちひしがれながらも希望を失わず、前を向いて歩んでいこうとする。

本作を観ながら、どういうわけだか「王室の演劇性」という言葉が浮かんだ。代々続いてきた伝統と言う名のコスチュームを身にまとい、自分がその役柄にとって“ホンモノ”なのか“ニセモノ”なのか思い悩みながらも、いざ舞台の幕が上がればエンディングまでショー・マスト・ゴー・オン。本作にはそんな三谷作品にあるかのような高揚感さえもが重層的に織り込まれ、観客を静かに魅了し続ける。

また、主人公の陰影を強めるのが、ジェフリー・ラッシュ演じるライオネルという存在だ。

彼は発話の治療を施すエキスパートである一方、いつの日か俳優として英国の舞台に立ちたいと願っている変わりモノ。だが、オーストラリア人である以上、彼が舞台で英国人のセリフを口にすることは叶わぬ夢に等しい。今日もオーディション会場で演出家にそっけない評価を突きつけられた彼は肩を落として帰途に着く。

ここにも「望むべき役につけなかった男」が存在するというわけだ。しかし彼の目前にはいま、神の啓示のごとく新たなミッション=王の治療が突きつけられている。このときライオネルは「自分ならばジョージを救えるかもしれない」ときっと感じ取ったはず。

身分も、出身も、抱え持った宿命もまるで違う。だがジョージとライオネルは互いに人生を、自分自身ではない誰かのために捧げようとする。その宿命を甘んじて受けとめ、ときにはユーモラスに、ときには激しくぶつかり合いながらも、いつしか固い友情でさえ結ばれていく。その意味で彼らは表裏一体を成す存在といえるのかもしれない。

そしてふたりが共に挑むラストのスピーチは、自分ではない誰かのために奏でられるからこそ、あんなにも荘厳に、なおかつ現代の観客の五臓六腑にも沁み渡るほどの誇り高い響きを獲得するのだろう。トム・フーパー監督によるこのハイライトシーンの演出術にも注目したい。

オスカーに向けた賞レースもいよいよ本格化。デジタル世代の神話&作話の新しさで注目を集める『ソーシャル・ネットワーク』と、オーソドックスなストーリー力学を丁寧に駆使し幅広い世代に訴求力のある『英国王のスピーチ』。はたして米アカデミー協会の民たちはどちらの王に軍配を上げるのだろうか。

Long live the King !!

なお、本作のサブ・テキストならぬサブ映画としては、ジョージの娘エリザベス女王を描く『クイーン』や、ジョージの兄エドワードと米国人既婚者のウォレス・シンプソンとの愛をテーマに掲げる"W.E."(マドンナ監督作として現在製作中)、悲劇の王子と呼ばれたジョージの末弟の物語「プリンス」、さらには本作のセリフに登場する「頭のおかしくなった国王」ジョージ3世については『英国万歳!』に詳しい。

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2011/01/04

北米興行成績Dec.31-Jan.02

先週までの復習は各自こちらで行ってください。

【Dec.31-Jan.02 weekend 推計

01 Little Fockers $26.3M
02 True Grit $24.5M
03 Tron Legacy $18.3M

04 Yogi Bear $13.0M
05
The Chronicles of Narnia3 $10.5M
06 Tangled $10.0M
07 The Fighter $10.0M
08 Gulliver's Travel $9.1M
09 Black Swan $8.5M
10 The King's Speech $7.6M

■年またぎの週末興行収入ランキングは、先週末と変わり映えのない結果となった。首位をキープしたのは"
Little Fockers"。公開12日間の累計興収は1億320万ドル。前作『ミート・ザ・ペアレンツ』(2000)、『ミート・ザ・ペアレンツ2』(2004)の興収はそれぞれ1億6600万ドル、2億7900万ドルとなっている。

■2位も先週と変わらずコーエン兄弟最新作『トゥルー・グリット』。例年、ニューイヤーシーズンには割と年齢層高めの大人たちが劇場に集まりがちなのだが、こと『トゥルー・グリット』に至っては大みそかの興収ランキングにおいて"Little Fockers"をかわし首位に立ったとか。製作費3800万ドル(Little Fockersは1億ドル)ながら、すでに累計興収は8680万ドルに達している。日本では3月公開。

■3度目の週末を迎えた『トロン:レガシー』(リンクは拙ブログのレビューに飛びます)は、累計興収1億3090万ドル。ただし製作費は1億7000万ドルと言われており、国内だけでの回収にはまだまだ時間がかかる見込み。ナルニア国物語第3章 アスラン王と魔法の島』は米国内興収は8700万ドル程度に留まっているが、世界ではやや順調に動員を伸ばしているようだ。

■ランキング6位以下では"The Fighter"、"Black Swan"、英国王のスピーチ』といった賞レース出走中の作品たちが奮闘中。なかでも『ソーシャル・ネットワーク』と並びオスカー本命視との呼び声高い『英国王~』は、"Black Swan"の半分以下の劇場数ながらトップ10にランクインしてきた。圏外に視野を広げると、同じく賞レース出走組の"Blue Valentine"が全米4館で限定公開スタート。1館あたりのアベレージが5万ドルに迫る人気ぶりを見せつけている。また、グウィネス・パルトロウがカントリー・シンガー役を演じる"Country Strong"は2館での公開で、アベレージ2万ドル越え。6館にて封切られたマイク・リー監督作"Another Year"もアベレージ2万ドルに迫る勢い。

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2011/01/02

賀正

あけましておめでとうございます
今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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大みそかから元日にかけて、ライトアップされた東京スカイツリーがここ埼玉からも観測できました。思い起こせば2010年はこの新シンボルがアサガオの芽のごとく少しずつ丈を伸ばしていくのを見守る日々でした。

この先50年後くらいに、スカイツリー建設途中の東京下町の人情ドラマが映画化される、そんな時代もやってくるのでしょうか。

僕らが生きるこの時代をなーんにもない空っぽだなんて言わないで。素晴らしいストーリーは何時だって、何処でだって生まれ得るのだから。

どんなにささやかな日常の風景にも心震わすことができるよう、今年も日々、感性を磨いていければと思います。

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