遅咲きの脚本家
デヴィッド・サイドラーが、『英国王のスピーチ』で脚本賞オスカーを獲得した。
受賞のスピーチで彼はこう言った。
「父は私によく言い聞かせたものです。『お前は遅咲きなんだよ』って。おそらく私は歴代の(脚本賞)受賞者の中で最年長でしょう。でもこの記録がすぐに、そして度々塗り替えられていくことを願わずにはいられません」
デイヴィッド・サイドラー、73歳。この業界で長いキャリアを持つ彼にとって『英国王のスピーチ』は初めてのヒット作となった。そして英国王ジョージ6世と同様、幼いころ吃音を患っていたサイドラーにとって、この物語は自らの原点を探りだすかのような素材だったに違いない。父はきっと幼い息子を励ます意味をこめて「遅咲きなんだよ」と語ったのだろう。
ふと、目を通したばかりのニューズウィークの記事が頭をよぎった。
それによると、第二次大戦下のさなか、サイドラー一家はロンドンからNYへと移住した。そこで彼はラジオ放送を耳にする。ジョージ6世が英国民に向けて戦争到来を告げるスピーチだった。映画のクライマックスに描かれる、まさにそのスピーチ。これを耳にしたデヴィッド少年は「わ!王は吃音を克服したのか!」と大きな勇気を貰ったという。
デイヴィッドの吃音もトレーニングによって徐々に解消されていった。また吃音だと思われないような話し方を体得していった。しかし話し方は変わっても、心の中にふきだまる「誰も自分の言うことに聞く耳をもってくれないのではないか」という想いはなかなか治らなかったという。
それから数十年、フランシス・フォード・コッポラの同級生でもある彼は『タッカー』などの脚本を担当したり、とにかく食っていくために、仕事は何でもこなした。そんな中で自分の原点でもある「英国王」のアイディアをずっと温め続けていた。
そしていつの日か、彼は本作の主要人物、スピーチ矯正家ライオネルの息子に辿りつく。彼は「もしも(ジョージ6世の妻)エリザベス皇太后が脚本執筆のお許しをくださるならば、父の残した資料をみせましょう」と堅く約束。ついに来るべき時が来た。そして幸運にも皇太后にお目通りの叶ったサイドラーは、恐る恐る皇太后に尋ねる。
しかし彼女の答えは、
「自分が生きているうちには作品にしてほしくない。辛い思い出だから」。
それから30年あまりの月日が流れた。あの時70代だった皇太后は、結局101歳までご存命だった。そしてこの約束を律儀に守り通したサイドラーに、満を持して物語をカタチにする機会がめぐってきたというわけだ。彼が胸に宿し続けてきた想いが、ようやく声となって、作品となった。そして世界中の多くの観客が、彼の物語に耳を傾けてくれた。
受賞スピーチで彼は最後にこう言った。
"We have a voice. We have been heard."
彼の父親はある意味、預言者だったのかもしれない。そして本当にサイドラーは、ようやく遅きに咲いたのである。
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デヴィッド・サイドラーに関する記事はニューズウィークのこの号に掲載してあります。右側はデヴィッド・サイドラーによる『英国王のスピーチ』の撮影用脚本を収録したもの。
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