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2011/03/04

【レビュー】アジャストメント

『ブレードランナー』や『マイノリティ・リポート』をはじめ、今なお原作小説が次々と映画としてリニューアルを遂げ、時代と共にその価値を更新していくフィリップ・K・ディック。彼の「ユービック」がミシェル・ゴンドリーにより映画化されるとの情報が流れ、また一方で『ブレードランナー』が30年越しに再起動されることも明らかにされた今、54年に発表されたほんの小さな物語「調整班」のもつインパクトはそれほど強くないように思われていた。

実際、マット・デイモン主演で完成した本作を紐解いてみてもディック特有の未来世界の風景はひとつも登場しない。なにしろ舞台は現代なのだ。いまそのままのニューヨークやブルックリンの街並みが映し出され、なんら“先駆け的ビジョン”は描かれない。

だが、今思うとこれそのものが大きな仕掛けだったことに気づくのだ。ありのままのロケーションを生かしつつ、使用されるVFXもごく最小限。そんな中でいかに独創的なSFストーリーが機能し得るか。その命題に答えた本作が充分過ぎるほどの驚きと付加価値を伴ってスクリーンに現前化した時、僕は思わず目頭が熱くなった。3Dだとか技術力だとか映画館はもう古いだとか、まことしやかに語られるそれらの戯言を全部すっ飛ばして、『アジャストメント』はディックの残した原作のごとく50年先も100年先も変わらぬ存在感を行使できる普遍的物語としてしなやかな身体を獲得している。

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主人公は新進気鋭の上院議員候補デヴィッド・ノリス(デイモン)。

この街で生まれ、この街を愛し、ケンカし、問題児扱いされ、また両親を亡くしながらも悲しみから這い上がり、心の隙間を大きな理想で埋めてきた男だ。そんな彼が有利に進めてきた選挙戦だったが、終盤になり思わぬ不祥事が持ち上がり、形勢逆転。開票結果が報じられる中、いよいよ彼は敗北宣言に向けて心を整える。トイレに誰もいないことを確かめ、スピーチの内容を練習する。

そのとき個室の扉がガチャリと開き、中からドレス姿の女性が現れた。「きみ!ここは男性用だぞ?っていうか、今のスピーチ練習、全部聞かれたよね?」。ふたりはどういうわけかトイレでいいムードになり、衝動に駆られてキスを交わす。彼女は言う。「自分の本心で動けばいい」。その後の敗北スピーチで彼は本心をさらけ出した。その効果は抜群で、彼は敗北者ながら民衆の心を大きく掴み取ることができたようだった。

そんな彼の周囲で灰色のコートと山高帽を身に付けた謎の男たちが奔走していた。日々の業務に追われる彼らは今日のスケジュールを確認し合い、手元の予定表をみて作業を遂行する。彼らの仕事とは“アジャストメント(調整)”。そしてひとりのメンバーの失敗により調整が乱れ、デヴィッドはある日ふたたびトイレで出逢った彼女とバッタリ再会する。その偶然は、次なるアクシデントを引き起こし、彼は決して見てはいけなかった極秘裏の調整現場を目の当たりにしてしまう。

だだっ広い駐車場に連れ込まれ「決して口外しない」と約束させられるデヴィッド。そして調整員たちは「もう二度と彼女に逢ってはならない」とも言う。この愛が結ばれると調整が大きく崩れるのだとか。だが彼女のことが忘れられない彼にその約束を守れるわけがない。彼は執念で彼女を見つけ出し、その愛を成就させようとするのだが、その対処に手を焼いた調整班はさらに上級レベルのベテラン・エージェントを送り込んでくる・・・。

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人の人生はひとつひとつの決断によって決まるという。ではその決断も含めてすべては神様の手のひらの上の虚しいダンスに過ぎないのだろうか。それとも僕らは、たとえ調整の効かぬ危険水域に踏み出すことになろうとも、大きな可能性を求めて豪快にジャンプを決めた方がいいのか?

まるでミヒャエル・エンデの『モモ』に登場する時間泥棒のようないでたちの奇妙な“調整員”たちは、役人的に仕事をこなしながらも、ときどき「自分たちは正しいのか?」と自問自答したり、若干疲れた表情を滲ませたりもする。もう何十年、何百年もそれが正しいとひたすら信じてこの仕事に打ち込んできた彼らである。その中でもアンソニー・マッキー演じる黒人調整員などは「自分たちにも選択肢はある」という心情をも併せ持っている。

なぜ、デヴィッドの愛は許されないのか。その愛の放棄と引き換えにもたらされる未来とはいったい何なのか。

物語は、人類史においてどんな宗教でも語られてきたであろう深淵なテーマを、いっさいの宗教臭さをにじませずに、いかにもフィリップ・K・ディック的な創造力を開花させながら、巧みに下層から上層に向けて推進させていく。そんな中で“我を貫く”というよりは本能的にそう突き動かされていると思しきマット・デイモンの自然な演技は、ここで描かれる主人公が結局のところ我々観客自身でもあることを想起させる。またしなやかにこの作品の小気味良い空気を対流させていく新人監督ジョージ・ノルフィのディレクションも洗練されている。さすが“ジェイソン・ボーン”シリーズの脚本家としてあの現場から多くのことを学んできただけある。そしてあの名優テレンス・スタンプが登場するときの高揚感といったら、もう思わず顔がゆるんでしまうほど。彼が口にするのは計算されたディレクションなのか、はたまたミス・ディレクションなのか。

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素晴らしいのは、この映画が僕らに、あらゆる人生のモーメントが決して無意味なことではないことを軽やかに教えてくれることだ。たとえ今苦しくともそれを乗り越えることで新たなパワーやチャンスが得られるかもしれない。またたとえ未来に不本意な結果が待っているとしても、その責任をすべて背負ったうえで「今の選択」がある。いや、何も難しいことではなくて、たぶん誰もがそうやって生きているのだ。それを意識するかどうかの違いに過ぎない。このことに気づいたときに心の重力からすっと解放されて身体が軽くなるのを感じた。これぞ“映画の魔法”といえばいささかメルヘンすぎるが、それと似た類の効力は未だこの物語において健在なのである。そういうことも全部ひっくるめて、『アジャストメント』はまるで結婚式の誓いの言葉をSFへと翻案したかのような響きがある。とりわけクライマックスに手を取り合ってマンハッタンの幾つもの扉をくぐりぬけていく描写には疾走感と共にロマンチシズムさえ感じる。

かくも世界は我々の預かり知らない不思議でいっぱいなのだ。昨日までは見ず知らずだった誰かと、今日は一転して不思議な運命線で結ばれている…ってこともあるかもしれない。もしもそういったときに、あなたの近くにあの山高帽にの男たちの気配を感じても、軽くウィンクする程度で、そっとしておいてやってほしい。彼らは彼らで、日々の業務に追われて奔走しているだけなののだから。

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『アジャストメント」の原作短編を含む「アジャストメント―ディック短篇傑作選」は4月21日、早川文庫より発売。

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