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2011/03/10

【レビュー】ブンミおじさんの森

その名前をようやく覚えられた。なおかつ一息で言えるようになった。アピチャッポン・ウィーラセタクン。このタイの映像作家の最新作『ブンミおじさんの森』がカンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した瞬間、世界は真っ二つに割れた。なぜこんな作品に?と激高する人々。至極当然のとして頷く人。これから本作に真向かうことになるであろう観客たちも、大方この二者へと分類されていくのだろう。その反応を事前に察知していたかのように、審査員長のティム・バートンは記者団に対してこう語った。

「世の中が西欧的、ハリウッド的に染まる中、自分とはものの見方がまるで違う世界もあるんだということを、この映画は教えてくれた」

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本作に触れたとき、正直、面食らった。この作品をどのように言葉で説明すればよいのか。物語的な流れがあるようでいて、その過程や結末は緩やかに連なっていくのみ。作り手の側から「こう感じてほしい」という願望もあまり聞こえてこない。この映像の冒険はまさに自分の感覚だけを頼りに体感していくものなのだろう。

僕らはまるで冒頭に登場する水牛にでもなったかのように深い煙か霧の中にいざなわれ、ふと気付くと、ブンミおじさんがゆっくりと死期を迎えていく様子に寄り添っている。タイの森は人間の預かり知らない精霊の世界へと続いているという。夜になるとこの森の奥から目を赤く光らせた猿人が訪れる。「やあ、父さん、僕だよ」と猿は言う。「ああ、お前なのか」とブンミおじさん。長らく離れ離れになっていた親子が、いま、人間と猿というかたちで再会している。それでいいのか?いいのである。続いて死んだ妻が食卓に浮かび上がってくる。「ひゃあ」と誰かが声をあげる。「こんばんは」。「ああ、お前だったのか」「ええ、そうです、私です」。そう、これもまた一つの再会のかたち。

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こんな不可思議なやり取りを経て、いつしか僕らはこの森で何が起きてもそれを自然と受けとめるようになっている。ブンミおじさんは森をぐんぐんと突き進む。まるで魂が吸い寄せられるかのように。その終着地でもまた、なにか特別に神秘的なことが起こるわけでもなく、人間の生命はごく当たり前のように、より大きな存在へと還元されていく。その境界線は実に曖昧だ。西洋ならばこの森一帯を含めて“リンボ”とか呼んでしまうのかもしれない。これらのあっけない生命の休符を間のあたりにしながらあらためて気づくのは、ブンミおじさんを死へと導くこの森が、光の照らし出す緑とその影のもたらすコントラストによってあまりに美しく彩られていたことだった。

なぜ、アピチャッポンはこれほど世界的な評価を受けているのか。たとえば、この森をひとつを取ってみても、生者が死の間際にそこへ戻ってくる理由、あるいは死してなおそこに留まりつづける理由が自ずと感じられる。アピチャッポンの描く映像にはそれがそのままの状態であってすでに磁場を帯びている。言葉や説明を持ちいなくとも誰もが納得し、どこか穏やかな気持ちになって陶酔してしまう幽玄性がある。おそらくこの『ブンミおじさん』に魅せられた観客は、あらゆる生命が森へと導かれるように、また再び彼の映像を求めて自ずと劇場の扉を押し開くことになるのだろう。

観客が何度となく劇場の扉を開き新たな映画へと身を投じる感覚を、これすなわち“輪廻”と結び付けて考えるのは、いささか乱暴すぎるだろうか。

また、さきのティム・バートンは「自分とはものの見方がまるで違う世界」と語ったが、実は彼に近しい映画業界、とくに俳優の仕事などをしている人にとっては、この輪廻感覚は非常にリアルなものなのではないかと思ったりもする。

ひとつの役に取り組んでその役目を終えると、今度はまるっきり設定を変え、過去の記憶をほんのり引きずりながらも別の人生(作品)へと踏み出す。その繰り返し。前の作品で共演した誰かと次の作品では全く違う立場で再会することもあるだろう。今ではゴリラの恰好をした役者が、以前の家族役で共演したことのある俳優と遭遇し、うっかり「お父さん…」と呟いてしまうことだってあるかもしれない。たとえばそれが渥見清ならば彼がどんな役に徹しようとも、誰もがやっぱり口をそろえて「寅さん」と呼びかけてしまうように。あるいは「おいちゃん」が「おいちゃん」でしかないように。。。

森と精霊とが不可思議な和音を奏でるこの森で、そんな想いがふとよぎったりもした。

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