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2011/03/30

【レビュー】アリス・クリードの失踪

昨夏、成田-ロンドン間のフライトではじめてその存在を知った。機内上映の「イチオシ作品」として掲げられていた本作の原題は"Disappearance of Alice Creed"。今やハリウッドで引っ張りだこのジェマ・アタートンが、その知名度からは考えられないほどのカラダを張った演技で、度胸の良さを見せつけてくれる。

Thedisappearance
驚いたのはそのコンパクトさだった。ここに集いし登場人物はたったの3人。しかもストーリーの大部分はさびれたアパートの一室で巻き起こる。

冒頭、言葉もなく、ただ黙々と下準備に没頭する2人の男たち。一人はモッサリとしたヒゲの中年男で、もう一人は不安気な表情を浮かべた痩せた男性だ。しばらくして「よし」と頷きあった彼らはついに仕事へと舵を切る。ターゲットとなる女性“アリス・クリード”は、予定通りの時間にその場にあらわれた。ふたりは彼女を手際よく拉致し、アジトに急行してベッドに縛り付ける。やがてビデオカメラを回しては彼女に刃物を突きつけ、次のセリフを言えと指示を出す。

「パパ、私は誘拐された。身代金を支払わなければ殺される。お願い、助けて!」

かくしてこのミステリアスな誘拐劇の1日目が幕を開けた―。

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とまあ、ここまではよく見かけるパターンだろう。だが細かく見ていくと、この誘拐がいかに計算されつくしたものかが伝わってくる。アリスは誘拐されて間もなく衣服を全て剥ぎ取られる。無防備にむき出しになる彼女の肢体。しかし犯人たちはその姿に欲情することなく、ただ淡々と、彼女の身体に事前に用意しておいたジャージ上下を着せつけていく(監禁中も動きやすいようにだろうか)。時間がくると迅速に、一定量の水分補給させ、また、トイレに行きたいと言われれば、尿瓶を持ってきて「これにしろ」と言う。ちがう、大の方だ、と答えると、今度はバケツを持ってきて「これにしろ」と・・・。

忘れないでほしい。僕はこれを機内で観ている。それぞれの座席に備え付けの小画面で。つまり観てる映像は隣席の乗客に筒抜けなのだ。まったく…この部分だけを抽出してみれば、なんとアブノーマルな映画、アブノーマルな乗客なことか!

だが、ここでスイッチを切らなくて本当に良かった。この誘拐事件は本当に予測不能。いや、予測不能を突き詰めると逆に作話上の意図があからさまになってしまうものだが、たとえそうであったとしても、ここにはあるべき方向へ流麗にプロットを転がしていく巧さと、閉鎖空間に拡がりゆく研ぎ澄まされたビジュアル、そして役者たちの足腰の確かな演技が共存する。それらが互いにあいまって緊張感をキープし、一瞬たりとも飽きさせないドラマのうねりを巻き起こしていく。

Thedisappearanceofalicecreed_featur
そもそも“2人”という安定感に、もうひとりを掛け合わすことで原子核には不安定性が生じる。サスペンスにおける不安定とは、これすなわち“御馳走”。それぞれの立ち位置は一箇所に固まることなく、いつでも、誰しもが下剋上可能となる。この3すくみの関係性がいかなる姿へと変貌を遂げていくのか。最終的にゲームを支配するのは誰なのか。そしてラストで立ち残っているのは?

観客それぞれが、これまで自分の培ってきたサスペンス文法を駆使してこの展開を読み解こうとするだろう。でも恐らく、もう一枚だけ、『アリス・クリード』のほうが上手のような気がする。

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