« 【NEWS】『瞳の奥の秘密』リメイク主演にデンゼル・ワシントン? | トップページ | 【NEWS】スーチー女史映画、賞レース参戦か? »

2011/09/18

【レビュー】ラビット・ホラー3D

『呪怨』などと、もはやこうして文字にすることさえ憚られる恐怖映画を世に放った清水崇監督が、なんと今度は3Dでホラーを描くというのだから、普段ある程度の恐怖描写は慣れっことなっている筆者も試写場前で思わず足がすくんだ。ひとたび足を踏み入れればもう後戻りはできない。俺にその覚悟はあるのか…?

物語はとある“殺害”から幕を開ける。殺されたのは、一匹のウサギ。

満島ひかり演じる主人公は図書館司書として小学校で働いている。冒頭から図書館内の静けさの中で彼女の身振り手振りが映し出される。そこに声は伴わない。どうやら彼女は幼いころに言葉を失ったようだ。とすると背後に響くナレーションは彼女の心の声といったところか。

彼女には幼い弟がいる。同じ小学校に通うその子は、ある日、瀕死の淵で苦しむウサギを自らの手で死に至らしめ(それが彼なりの“優しさ”だったのだろう)、それをきっかけに同級生らから奇異な目で見られる日々が続いていた。

ある日、弟は姉に告げる。「ウサギが来る!」。夢の中で、物置の中で、そして小学校まで、でっかいウサギの着ぐるみを着た何者かがその身に追り、そして弟をあっちの世界へと連れていこうとする。愛する弟のため姉はその襲来を必至で食い止めようとするのたが―。

ウサギ。たしかにマスコットとしては可愛らしい。しかし見方によっては表情ひとつも変えないウサギがグングン一直線に迫ってくるのは恐怖である。それは無表情と同じこと。何を考えているのかわからない。人間にとって最大の恐怖とは、それらの“意志疎通を測れない存在”との対峙を余儀なくされることなのだろう。それに清水作品特有の落ち込んだ穴の「底の知れなさ」が付きまとう。奥深くまで潜り込んでいってもまだ底が見えない「物置き」の描写などはその顕著たるもの。これは人間の深層心理の象徴でもある。その果てで目の当たりにする「鏡」の3D表現も極めて、不気味な様相が手をこまねいて待ち構える。

そもそも3D現代史を紐解くと、ハリウッドの3D映画製作者ではいつの間にか「飛び出しは無用」とする暗黙の了解が出来あがっていた。だが「不思議の国のアリス」の“ウサギの穴”をもじったタイトルを持つ本作は、それらの決まりごとの束縛を振り払い、奥行きから観客席へと果敢なる跳躍を挑んでくる。もはや清水作品におけるスクリーンは、観客を恐怖演出から守る絶対安全ラインなどではなくなった。

またこれらの撮影を手掛けるのがウォン・カーウァイ作で知られるクリストファー・ドイルというのも惹かれる部分だ。なぜなら、ドイルを起用することは製作現場が更なる“モンスター”を背負うことでもあるからだ。

監督以上に自らのビジョンやインスピレーションについての自己主張の激しいドイルだけに、今回の現場でもかなり意見を戦わせながらの撮影だったようだ。が、映画とはそもそも個性と個性の衝突、そこでのビッグバンよって初めて生まれ出るもの。

完成した映像からは人間の心理を深く覗き見る一本の思考の道程が、ありありと浮かび上がっている。ドイルの魔力をなんとか飼いならした清水監督の新たな映像は、『呪怨』に比べファンタジー性さえも兼ね備え、直接的ではないにしろ、幼いころ感じたゾワゾワした恐怖を呼び覚ますかのような視覚的趣向をもふんだんに詰め込んでいる。

怖いんだけれど、観ていて楽しい。アトラクションとまではいかないが、ライド感がある。そして実験的とも思える試みも。とりわけ本作には、主人公らが3D映画の中で更なる3D映画を観賞するという極めて難易度の高いシークエンスも登場し驚かされた。この3Dを二乗したかのような演出は恐らく世界初なのではないだろうか。この遊び心がどのような仕上がりを見せているのかもぜひチェックしてもらいたい。

この記事が参考になりましたら、クリックのほどお願い致します。

TOP】【レビュー】【TWITTER

|

« 【NEWS】『瞳の奥の秘密』リメイク主演にデンゼル・ワシントン? | トップページ | 【NEWS】スーチー女史映画、賞レース参戦か? »