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2011/10/18

【レビュー】明りを灯す人

かつて『あの娘と自転車に乗って』という映画があった。なんとも胸を打つ純朴な響きだが、坂の多い長崎で育った自分には現実問題として“あの娘”と“自転車”という要素が一文の中に結実することなどあり得ないことで、未知なる世界だった。それゆえ舞台となったキルギスも、ほぼファンタジーの国に思えた。しかし、これだけは確実に言える。かの国にはいまだ「あの娘と自転車に乗る」ことに価値を見出す稀有な純情野郎が存在するのだ。

アブディカリコフ(ロシア名)。またの名を、アリム・クバト(キルギス名)。そんな彼の最新作が届いた。それが『明かりを灯す人』である。

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これはいざ旅するとなるとあまりに遠すぎる国キルギスへの脳内トリップを実現させてくれる貴重な作品であり、地平線の先まで広がる草原の広大さを見つめていると、僕自身の身体に沁み込んだ“日常”という概念の矮小さを思い知らされる。その気づきはまさに旅の効能と同じものなのかもしれない。

英語のタイトルは"The Light Thief(明かり泥棒)"。監督自身が演じる「ミスター・ライト(明かり屋さん)」は、その職能を使って各家庭に電気を導く日々を送っている。それが彼の仕事かと思いきや、なにやらこれは彼の善意、いや言葉を代えれば、タイトルどおりの「泥棒」行為のようだった。つまりはそこらの宙を貫く電線からちょっとだけ電力を拝借しているのだ。しかし彼自身、富める者と乏しい者とが共存する世界において、この行為を悪事などとは露ほども考えていないようだ。

おりしもキルギス中央では政府転覆、武力衝突、民族抗争と悲劇的な事態が巻き起こっているさなか。日常を支配する価値観なんて、いとも簡単に反転してしまう。その余波はこんなにのどかな村にまで。ミスター・ライトの朴訥な人柄がふと何かを察知したとき、そこには政治家を名乗る様々な人たちの姿が。不穏な風。惑う人々。果たして、この村はどう変貌を遂げてしまうのか―。

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監督であり、主演俳優でもあるアリム・クバトが9年もの歳月をかけたという本作。恐らくその過程では幾度もストーリーの変更を余儀なくされたことだろう(とくにキルギス2010年の政変などは映画自体に大きな衝撃を与えたはずだ)。

が、そこで複雑性を増すのでなく、むしろ完成した作品がよりシンプルかつ普遍的な身体を獲得していたことに驚かされる。それは序盤のミスターライトの「泥棒行為」、またはそれを「悪いこと」として取り締まろうとする権力の二律構造を、反転させ、繰り返し、このキルギスの草原という目線から国家、世界の在り方を見つめてみようとする試みでもある。

僕らはこの映画に遠く離れたのどかな国家を観るのではなく、ここで描かれる事象の多くが心理的・事象的にどんどん自分の身近なものへと近似していくことに愕然とさせられることだろう。

かの国はもはや冒頭に掲げた「ファンタジーの国」ではありえないのかもしれない。

だがライト氏が灯しつづける仄かな明かりだけは、世界のどこにでもあり、誰の心をも温かく照らす根源的な人間性の鼓動を象徴しているような気がしてならなかった。

そして、この朴訥な映画は、とある悲劇と共に幕を下ろす。

人間は、いや、我々ひとりひとりは、彼の意志を継ぎ、誰かのための「ミスター・ライト」と呼ばれる存在になれるだろうか。

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