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2011/10/30

最強のふたり

*このレビューは2011年の東京国際映画祭の折に書いたものです。

人は不足した部分を互いに補いあいながら、次第に最強になっていく。だから性格も趣味も思考も違う男女が惹かれあい、いつしか夫婦になるというケースは生物学的に見て当然なのだと―テレビで言っていた。テレビを信じることはあまりないのだが(テレビは僕の不足部分を補ってくれないから)、他ならぬ映画が証明してくれるのならばその学説も少しは信じられそうな気がする。

これは男女の惹かれあう秘密を解き明かすラブストーリーではない。障害を抱えた富豪と、無職の黒人青年というまるで違うバックグラウンドを持つふたりが、いつしか最強のパートナーとして互いを高めあっていく実話を基にした物語。東京国際映画祭のコンペ作としては珍しいほどの完成度を誇る一作と言っていい。堂々としている。主張にぶれがない。物語の動線がハッキリしている。その意味ではグランプリが獲れるのかどうか分からないが、少なくともこの映画祭の中で1、2位を争うフィールグッド・ムービーであることは確かだ。

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冒頭からアクセル全開。藪から棒にカーチョイスが幕を開ける。しかもバックではアース・ウィンド&ファイア。この王道路線。この滑り出しの映像にはそもそも金がかかっているし、警察沙汰になる彼らがそのピンチを切り抜けるコンビネーションも気が効いている。何よりもセリフの応酬がウィットと小気味良さとで満ちている。

173548664francoiscluzetetomarsydesi パラグライダーの事故で首から下が動かせない身体になってしまった富豪フィリップは、新しい介護人の面接に現われた黒人男性ドリスの荒々しい態度に惹かれ、彼に試用期間を与えることを決める。

当のドリスにしてみれば、単に失業手当を得るために面接不採用のサインが欲しかっただけなのだが・・・。

しかしフィリップにしても単に黒人青年に富の救済を与えようとしているわけではなかった。ドリスであれば自分を富める者、障害者としてではなく、ひとりの個性として気兼ねなく接してくれると確信したからだ。彼は誰かが自分の心の中に土足で転がり込んできてくれるハプニングを期待していたのかもしれない。

この映画に関して言えばフィリップとドリス、どちらも互いの運命を操る神にはなることはない。だからこそ、いつしか個性が共鳴し合い、関係性が平等に進展していく様が心地良く思えてくる。その境地に立って人ははじめて、掛け値なしに相手のために何かしてあげたいと思える。相手の喜ぶ顔を見ることで、むしろ自分の中に何かが培われていくのを実感できるから。そんな光景を目の当たりにして、周囲の佳き人々も皆がハッピーな表情になっていく。誰かのための自分でありたいと切に願うようになっていく。

25_2 首から下の自由が効かない役柄のフランソワ・クリュゼは、その極度に制限された演技の中、最高の紳士ぶりと笑顔で観客を魅了してやまない。それに相対するオマール・シーは軽妙なダンスさえ披露しながらこの映画の躍動感のパートを司る。他人の心に土足でツカツカ入り込むような彼の荒療治があってこそ、またはアースの楽曲にビバルディの「四季」をブレンドするような人生のマッシュアップあってこそ、ふたりの可能性の窓はいま、勢いよく開け放たれるのだろう。そしてクライマックスにパラグライダーで空を舞うのはフィリップだけではない。ドリスもまたギャーギャー悲鳴を上げながらも舞い上がり、いつしか上空で「ヒョー!」っと歓声を上げている。あの子供のように無邪気な表情ときたら!

ふたりの心が昇華されていくのをこれほど的確に象徴するシークエンスは他にない。また、ドリスがセッティングした海辺のサプライズでしっとりと締めくくるエンディングもセンスを極めている。このサプライズ自体、ふたりの人間性が大きく作用しあい、前に進みはじめる勇気を得た最高の証しなのだろう。

監督を務めたのはエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ。彼らも互いの才能を絶妙に補いつつ、まさにタイトルどおりの“最強のふたり”を自認するにふさわしいコンビと言えそうだ。

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