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2011/10/30

【TIFF】より良き人生

良いことなんて何もない。人生の9割方が悪いことばかり。後の1割くらいで、一発逆転の“兆し”くらいは見えるけれど、結局は打ち返されて、足元をすくわれて、あるいは自分の努力と緻密さが足りなくって、結局は床に這いつくばってぐうの音も出ないほど貧しい生活を余儀なくされるだけ。それでも月々の返済期限は相も変わらず迫ってくるし、そして人生はどこまでも続いていく。

そんなことは誰にも分かってる。

しかしそれにしても、なんだろう、この映画に漂う不思議な透明感は?

Better
実に個人的なことなのだが、映画祭でこの映画に触れたとき、すでにその日4本目の観賞だった。それなのに俄然元気になって、この映画が水や空気のように身体にすんなりと沁み込んでくるのを感じた。セドリック・カーン監督のまなざしは主人公とやがてその家族となる人々に対してとても優しい。

冒頭、ヤン(ギョーム・カネ)がレストランで「雇ってくれないか?」と懇願し、門前払いされるシーンをサラりとした連続性で描ききり、そこに胸の痛くなるような社会の世知辛さをにおわせないどころか、ウェイトレスを「一服しないかい?」と誘い、調子よくデートの約束まで取り付けてしまう。たったワンシーンでヤンの長所も短所を捉え、そして男女の運命の絆さえもにおわせるこの巧みさ。

Better02 ナディアと言う名のウェイトレスはシングルマザーだった。ヤンは彼女と、その9歳の息子とも打ち解け、ある日、湖のほとりの空き家を見つける。「これだ!」と直感したヤンはここに自分の店を持つことを決意する。さあ、銀行だ。売買手続きだ。改修工事だ。ここまでとんとん拍子。つまりは「わらしべ長者」みたいな映画なのかなと思わせる。

が、違った。全然違った。このあとの転落ぶりは果てしない。充分な元手もなく資金を得て、開業したら何とかなるさと思っていたら、そこに漕ぎ着くまでにまだまだ金と手間が要る。次第に二重ローンも焦げ付き、泥沼化。しだいに生活もあっぷあっぷ。こんなときに「ナニワ金融道」ならば何らかの救済の手を差し伸べてくれるのかもしれないが、セドリック・カーン監督にできることと言えば相変わらずの優しい目線で彼らの顛末を見つめ続けることのみ。

いつしか男女の関係も険悪になる。よりよい仕事を求めてカナダに行くと言い出すナディア。しばらくの間、息子の面倒を見ていてほしいと言う。あちらで軌道に乗ったら必ず息子を呼ぶから、と。しかしいつしか連絡が途絶える。その後ずっとヤンと男の子はふたりきり。血はつながっていない。家族でもない。もはや面倒を見る義理もない。しかも債務に追われる生活。喧嘩もする。口をきかなかったりもする。やつあたりもする。万引きしては怒られる。二人して犯罪めいたことをして小銭をためる。福祉事務所からも調査が入る。

でもなんだか、このふたりを見ているだけで、胸があったかくなる。それはだらしない男だと思っていたヤンがギリギリのところで人の道を誤らなかったり、彼らの行く先々が美しくもダイナミックな映像(あの波の荒さは何なんだろうか)に彩られていたり、息子のひとことが全てのネガティブな要素を霧消してくれたりするからだろうか。

Better03 中盤でとつぜん連絡を絶つナディアも、とても綺麗でパワフルな女性だ。彼女を加えた3人がスクリーンに映し出されている間だけは、世界のすべてのバランスが調和したかのように、すごくしっくりとくる。

どういうわけか、この映画に触れた人の多くは、彼らがどんなに底辺へ落ちようとも、ぜったいにどうにかなると、無根拠にも近い自信を抱いてしまうのではないか。経済的な論理で言うと彼らは幸福とは無縁の存在かもしれない。しかしセドリック・カーンが紡ぐ映画の論理の上では、彼らがどんなに離れ離れになろうとも、どんな事態に巻き込まれて、幾度も「もうだめかも」という思いが脳裏をよぎろうとも、ただ3人が同じフレームに舞い戻るだけで、あの安定感は確実に蘇り、映画的幸福として経済以上の説得力を得る。

経済評論家の勝間さんからみれば一蹴されてしまいそうな要素ばかりだ。しかしセドリック・カーンはあえてこれらを承知の上で、彼らの身の上の諸々を剥ぎ取り、そこに沈殿する愛と絆だけを抽出して、それだけを皿に乗せ、給仕してみせる。その盛り合わせ、彩り、焼き加減、芳香、口内に広がる豊潤さ。

この映画にはメインディッシュの魔法がある。そういう映画の力を信じたいがゆえに、僕らはこうして劇場へ足を運んでいるのだ。

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