2011年8月27日 (土)

【レビュー】ハンナ

あのジョー・ライト監督がアクションに初挑戦する。『プライドと偏見』や『つぐない』など文芸ロマンの映像化で卓越した手腕を発揮しアメリカ進出した『路上のソリスト』では音楽を媒介として心の中に映り込む音色を映像化するという荒業さえ披露した彼。かくも少しずつ枠組みを広げつつある彼が、『つぐない』のシアーシャ・ローナンをふたたび主演に迎えて放つ今作『ハンナ』は、以前より言われていた“ボーン”シリーズのような激しいアクションというよりは、ジョー・ライトにしか生み出しえないアクション、もっといえば音楽アクション・ファンタジーとさえ言わせてもらいたい異色作だ。ごく一般的な王道アクションの免疫しかない観客にとってはかなりの肩すかしを食うことは確実ながら、ずっと彼の作品を観察してきたファンたちにとっては少なからず「これからも見つめ続けていきたい」とする手ごたえを感じることだろう。到達者であるよりは開拓者、完成された器であるより未完の不気味さであることを讃えるべき映画なのかもしれない。

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驚くほどにこの映画のテーマは、『路上のソリスト』以上に“音楽”なのだった。

本作の音と映像の絡み合いを受けてまず心に蘇るのは、『つぐない』の冒頭でシアーシャ・ローナンが打ち続けるタイプライター音と劇判とが静かに融合して鼓動を刻むあの感覚だ。あの頃から、いやもっと昔から、ジョー・ライトは音楽に対してストーリー以上のこだわりを見せてきたのかもしれない。そして今回はタイプのカタカタ音をもっと激しくドライブさせたかのようなケミカルブラザーズのサウンドトラックが映画の通奏低音を成す。どちらかというと、こちらが先に完成し、それにジョー・ライトが映像を載せていったような印象さえも残る。

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雪と氷に閉ざされて暮らしてきたハンナ父娘が復讐のスイッチを押し(あれこそ音楽の再生ボタンだったのだ)どんどん文明社会へと踏み込んでいく過程で、スクリーンには一気に音と情報と動きとが流れ込んでくる。それは過酷な自然を生き抜いてきたヒロインがラビット・ホールに落ち込んで触れる未知なる世界の衝撃のようなもの。どんどん音が生まれていく。ケミカルの音楽はその言い知れぬ心象を代弁し、ときに彼女の心を奮い立たせて再び疾走へと駆り立てていく。そして行き着く先には悪い魔法使いのごときケイト・ブランシェットが仁王立ちして待ち構える。

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それはこれまで「音楽」というものを百科事典でしか知りえなかった少女が、ひとつのオリジナルな音符として起ち、他者と激しくぶつかり合うことによって様々な音色を奏でていく姿でもある。とりわけどんなアクションシーンにも増して、彼女が親切な老人によって提供された部屋でおっぱじめる“演奏”にはジョー・ライトらしさを感じる。走る、跳ぶ、話す、息をする。すべて音楽。こういうごくありふれた日常を視点を変えて“変換”してくれる描写があるからこそ彼の作品を見続けることがやめられないのだ。

そんなハンナがやがて巡り合う、おませな少女とやんちゃな弟は、まるで『つぐない』の幼い姉弟が姿を変えて蘇ったかのようだ。彼らのヒッピーな父母を演じるオリビア・ウィリアムズ&ジェイソン・フレミングらも、『ハンナ』のメロディを展開させる軽妙な要素を成している。彼らを追う殺し屋を『プライドと偏見』で最も味のある役回りを担ったトム・ホランダーが怪演しているのも見どころのひとつ。

また、長回しシーンも用意されているから油断できない。駅に降り立った父親(エリック・バナ)が多くの追手を地下駐車場に連れ込み一網打尽にするシーンは、まさにジョー・ライトの代名詞とも言うべき肺活量の大きさを印象付ける部分だろう。

かくも『ハンナ』はジョー・ライトの系譜で見たときにはじめて意味を成す。

次回作の彼は大御所トム・ストッパードの脚本をもとにキーラ・ナイトレイとシアーシャ、それにアーロン・ジョンソン、ジュード・ロウを迎えてトルストイの「アンナ・カレーニナ」を奏でる。彼の最も評価の高い文芸路線へと舞い戻るわけだが、それにあたって『路上のソリスト』と『ハンナ』は絶好のリフレッシュの機会であり、実験的な要素も多分に持ち合わせた場所となったのではないだろうか。

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2011年8月24日 (水)

【レビュー】 インシディアス

insidious―(形容詞)狡猾な、邪悪な、知らぬ間に進行する

Insidiousquadposter
血が一滴も流れないホラーが成立するのか?この答えとなるのが映画『インシディアス』だ。米ハロウィン興行の代名詞たる『パラノーマル・アクティビティ』と『ソウ』の創始者どうしがライバルとしての垣根を越えて強力タッグを組み、送り出すこのビックリおばけ屋敷。厳密に血が流れなかったかどうかは定かではないが、少なくともスプラッターシーンは皆無だ。腕がモゲたり、首が飛んだりもしない。まるでクリエイターたちが自らに足枷を付け、制限の中でいかに恐怖を演出するかのお化け博覧会に繰り出したかのようなアイディアの数々。

本作は製作費150万ドルというハリウッド映画にしては格安な仕込みながら、世界興収9000万ドルという数字を叩き出した。単純計算で原価の60倍の売り上げ(ちなみに『パラノーマル・アクティビティ』は製作費15000ドルで世界興収1億9300万ドルを記録)、この利益率は2011年の映画界において最高レベルとされている。

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僕自身、かなり怖がりな人間ではあるのだが、それでも目を覆うようなシーンはなかった。前半こそ『パラノーマル』的な家の異変を徐々に醸成していき、中盤からはお化けたちが次々に家で知覚されていく。とくに印象深かったのは、何かを察知して外に飛び出したヒロインがあらためて家の中を見やると、そこでハワイアンのようなヒュルヒュルした音楽に合わせて、異形の者が楽しそうに身をくねらせてダンスに興じている場面だ。その者はヒロインの視線に気づくと「へへへ!」と言い残して逃げ去っていく。これは“インシディアス”と呼ぶにはあまりに楽しすぎるシークエンスだった。ちょっと怖かったけれど。

後半はさらにツイストに磨きがかかる。手に負えなくなった夫婦の依頼を受けてゴーストバスターズのようなチームが投入されるのだ。小柄のメガネ男と大柄のヒゲ男の二人組は、ひとりがそこで耳にした言葉を事細かに書き取り、もう一人がそれらを映像として記録する。さも二つの特性が融合したところに“映画”という文化が成立するのだと言わんばかり。この細かな趣向もニクイ。

そして彼らのもとにどんな恐怖をも吹き飛ばす最大の“邪悪者”が現れる。
(以下の画像はアメリカ版予告編でも使われていたものです。ネタばれは勘弁って方はご遠慮ください)

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2011年7月 6日 (水)

【レビュー】ツリー・オブ・ライフ

時間の概念を放り捨てた。物語の筋を負うのをやめた。そんな小手先の物差しでは何ら通用しない。この映画に触れること、それは言うなれば、観客の身体を開く、あるいは心の奥底にひとふれの光の揺らぎを生じさせるのと似ている。僕らは誰ひとりの例外なく、この2時間半の映画に流れる海の香り、母の微笑み、壮大な惑星の歴史を、DNA上の記憶として太古の昔より脈々と受け継いできている。そこに最後のピース、自分自身の主体を組み込むことによって、壮大な生命の樹が完成する。大いなる存在の一部となる。大河が流れる。魂が邂逅を遂げる。そしてあの光の揺らぎが再来する―これらはすべて同義語なのかもしれない。

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そもそも商業映画という範疇でこの壮大な映像詩『ツリー・オブ・ライフ』が生まれ出たこと自体、信じ難いことだ。どこのスタジオの社長がこんな企画に頷きを与えるだろうか。彼らを含め常人にはこの脚本からワンシーンたりとも具体的な仕上がりをイメージすることは困難だ。本作の出資者はきっとテレンス・マリックという人間こそを信頼したのだろう。彼らはこまでにマリックの手掛けた傑作群を通じて少なからず人生の真理に触れた者たちに違いない。そしていま、自らがマリックの描く世界の一部を担う宿命を、歓喜をもって受け入れられる人たちだ。

聖書の言葉と共にはじまる本作は、実際のところ、最後までこの言葉の枠内から一歩も外へ踏み出すことはないのかもしれない。そこには60年代を生きる「私」という存在が起動する。傍らには「弟たち」、そして「父」と「母」の姿。

が、テレンス・マリック監督は、突如としてそのカメラの見つめる先を、光の揺らめきへと移行させる。聖書の冒頭にある「光あれ」という言葉のようだ。そこから我々がスクリーンで目にするのはすべてのはじまり、惑星の起源だった。深淵の瞬間がおとずれる。地球の鼓動が聴こえる。呼吸が聴こえる。天地創造における“一週間”のように地上が形成されていく。その静かな衝撃たるや、『2001年宇宙の旅』のクライマックスに見る宇宙飛行士の精神の旅を彷彿とさせるものがある(追記:あとで知ったことなのだが、『ツリー・オブ・ライフ』には、『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』『未知との遭遇』で知られる伝説的SF職人ダグラス・トランブルがSFXスーパーバイザーとして参加し、22分間に及ぶ地球誕生シークエンスに生命を与えている。彼が長編映画に参加するのはほぼ30年ぶりだとか。)

この先、マリックはアダムとイブを降臨させるようなことはしない。そこにあるのは紛れもない進化の歴史だ。ほら、幼子の歩みのような生命の歩みが少しずつ見て取れる。微生物の発生。その吸収、分裂、生成。海から陸へ。そしてついに登場する・・・こ、これは、恐竜!?

あのマジックアワー(陽が落ちた後の、淡いオレンジ色の光が残る時間)を駆使してまでリアルな美しさにこだわり続けてきたマリックが、いまここでなんとCGを駆使して恐竜の姿を描いている。これぞ彼自身の“進化”と言わずして何と呼ぼう。このシーンついては世界中の観客が感銘を受けたり、逆に椅子から転げ落ちたりと、様々なリアクションが報告されているが、少なくとも後に人類が受け継ぐことになる「慈愛」をはじめて描いている点において、極めて重要なシーンと言える。筆者自身はこの描写の豪胆さに、感嘆の声を上げそうになった。

Tree これら数十分にわたる地球のシンフォニー。言葉は存在しない。息を呑むほど美しく、壮大な映像が受け継がれし生命の姿を伝える。そしてその絶えざる悠久の時間に連なるかたちで、60年代に生きる家族の肖像にあらためて光をあててみせるのだ。

世に家族の映画は数多くあれど、ここまで壮大なプロローグをもってして描かれるファミリー・ムービーは史上初だろう。

また、我々はこの映画の前半で長らく“地球の歴史”を見つめてきた感覚でもって、その同一線上に、家族のクロニクルを見つめる。ゆえに本作では、その登場人物がいまこの瞬間に何を感じているか以上に、その行為や感情がどこから来て、どこへ行くものなのかという連続性を絶えず意識することになる。母の慈愛に触れるとき、僕らはあの恐竜について想いを馳せる。父の考える“強さ”に触れるとき、父を嫌いながらも自分が最もその姿に近づいてしまう長男の複雑性に身を寄せる。そして多くの生命をはぐくんできた海、そして大河に、おびただしい数の“物語の集積”を感じる。

おそらくテレンス・マリックの成し遂げたかったこともそこなのではないか。この自分の立ち位置が定まらない時代、つねに何かの外的・内的な脅威におびえたり、あるいは何かを威嚇せずには生きられない時代において、カメラをひとたび神の視線に届くほどの高みに昇らせ、そこからあらためて人間の存在を俯瞰しなおしてみせる。それによって観客に深い安らぎを与える。悠久の意味について触れさせる。自分たちの生きる道、自分たちが元にいた場所、そして帰るべき場所を静かに照らし出してくれる。

これまで僕は、そのような気づきは宗教によってもたらされるものだと思っていた。

本作はもちろんキリスト教的観点を数多く持っているものの、究極的にはそれがショットという言語の連なりによって構成されている以上、映画以外のなにものでもありえない。

映画にそこまでのことが成し得るとは思わなかった。それは裏返すと、ペテン師と罵られる可能性すら秘めていることの表れなのかもしれない。カンヌ映画祭で賛否が大きく割れたと言われるのもそこらへんに原因を持つ。これを笑い飛ばすのはごく簡単なことだ。

だが、それにしてもあの、ブラッド・ピットがはじめて赤子に接する時の、大いなる奇跡と対峙するかのような厳粛な表情だけは誰にも笑い飛ばせはしまい。あれは本作におけるあまりに美しい瞬間だった。その美しさゆえ、すべてのことが無条件に信じられた。この先どんな時代が到来しようとも、あれこそは変わらず受け継がれていく地球の真実であり、人類の素顔であると信じてやまない。

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