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2012/01/24

【レビュー】ヒューゴの不思議な発明

人生いつまで経っても冒険の連続である。なにしろ御歳70になろうかという巨匠マーティン・スコセッシが児童ファンタジーに、それも3Dの領域に踏み込もうというのだ。かつては『タクシー・ドライバー』や『レイジング・ブル』といった作品群を擁しアメリカン・ニュー・シネマの切り込み隊長を担っていた彼が新たに挑む、この伝統的な語り口と映像技術との融合絵巻。その心のどこかで「せめて孫と語らえるような作品をひとつ」との想いが過ったかどうかは知らないが(なにしろ彼の映画はギャング物ばかりなので)、とにかく巨匠の心境としてはこの試み自体が69歳のロスト・ヴァージニティ。あるいは覚悟を決めたジェットコースター・ライドであったことは想像に難くない。

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だが、我々はこの映画が光を見出すその前、まだ暗闇の中にオープニング・クレジットを映し出す段において、すでにスコセッシの周到な思惑が起動していることに気づくだろう。というのも、そこで背後に響き渡るサウンドは紛れもなく列車の到着を告げるものであり、言うまでもなくこの音色は映画の歴史、それも映画がこの世に産声を上げた瞬間を象徴するもの(1895年、リュミエール兄弟がパリ・グランカフェで行った世界最初の上映会で上映されたうちの一本は「列車の到着」と呼ばれるものだった)。そう、この『ヒューゴの不思議な発明』は大胆なフィクションを加味しながらも、その実、物語自体が映画史と密接な関りを持っているのである。

舞台は1930年代、パリ。みなしごの少年ヒューゴは、数多くの出逢いと別れの集約地―駅にて構内時計のネジまわしをしながら暮らしている。

いつも一人ぼっちの彼には使命があった。亡き父が残した一体の壊れたカラクリ人形を修理し、そこに隠された秘密を探ることだ。そのためには必要な部品を揃えねばならない。ヒューゴは駅構内にある玩具店でおもちゃの部品を失敬しては、カラクリ人形の復活にあてていた。しかしある日、その犯行は店主の知るところとなる。大目玉をくらったヒューゴは腕を掴まれ、ポケットの中にあった大事なノートさえ取りあげられる始末。でもそこに記されたカラクリ人形のスケッチに店主の表情が豹変した。明らかにショックを受け、狼狽している様子だ。この店主は何者なのか?そして彼とカラクリ人形とを結ぶ秘密とは―?

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はたしてこのストーリーがどのように映画の起源と結びついていくのか。それを伝えるのはこのレビューの役目ではない。記すべきは、マーティン・スコセッシ監督がかねてより世界中に散逸した数多くの歴史的フィルムを収拾し、専門機関による永久保存=アーカイブ化を推進してきた人物であるということだ。

本作もまた、クライマックスに向けてその志をスコセッシと華麗に重ね合わせていく。共鳴の輪は拡大する。きっとこの映画に触れた誰もが初期映画に興味を持つことだろう。そしてそれら貴重なフィルムの多くが今もなお歴史に埋もれて散逸されたままであることの“真の意味”に近づくことができるだろう。

“フィルム”とはつまり、そこに刻まれた“思い出”であり“記憶”である。

そしてスコセッシが精力的に取り組み続け、なおかつ本作のテーマとして暗に忍ばせるのは「失われた思い出を回復させ、蘇らせること」に他ならない。

これはある意味、少年がカラクリ人形を修理・回復し、そこに父との記憶を見出そうとする行為とシンクロニシティを持つものなのかもしれない。

またここまでが既に原作「ユゴーの不思議な発明」に織り込み済みのエッセンスだとするならば、そこにリュミエールの「列車の到着」からジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」といった実際の歴史的フィルム映像を巻き込み、それらイマジネーションの源流をめぐる冒険を3Dビジュアルで描くと言う趣向は、まさに一本の映画の内部における映画史の昔と今の結実。スコセッシだからこそ成し得た恐れを知らぬ大胆極まりない行為と言えそうだ。

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