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2012/06/23

【レビュー】アメイジング・スパイダーマン

サム・ライミによる旧3部作からまだそれほど年月を経ていないにも関わらず、早くもスパイダーマンがリブート(再起動)を遂げる。当時の映像技術の鋭意を結集させて生み出された旧3部作はヒーロー物としての醍醐味を余すとこなく伝えていて、サム・ライミらしいコミカルな場面をも併せ持っていた。このまとまりかたはライミの映画作家としての経験と皮肉めいたセンスによる部分が大きかったように思う。

では新たなる『アメイジング・スパイダーマン』はどうだろう。ソニー・ピクチャーズは『500日のサマー』のマーク・ウェブを監督に抜擢した。名前からすればスパイダー・ウェブ(クモの巣)を彷彿とさせる逸材だが、まだ俊英の域を出ない彼がこのような大舞台でこれほどの巨額バジェットを任される例は業界的に極めて異例の事態だ。

ストーリーも再びゼロからの仕切り直しとなる。まずはピーター・パーカーがスパイダーマンというアイデンティティをつかみ取っていくまでに、「アクションなし」のある程度の時間が必要となる。きっとサム・ライミならば映画のタイムラインを考えてここで緩急付けて後でバーン!といった具合にある程度ストーリーに求心力を持たせた演出を心がけたことだろう。

しかしながらマーク・ウェブ版を一言で表現するならば「自然主義的」ということになるのではないか。あまり複線やプロットといったものを意識させない。いや、むしろ、おおよその流れは旧3部作で周知されているのだから、ここではあえて場面ごとの空気感を大事に掬い取っていこうとする意志を感じる。

それゆえ序盤の流れは本当にヒューマンドラマやラブストーリーを垣間見ているかのようだ。ピーター・パーカーと今回のヒロインのグウェン・ステイシーのやり取りにしても緩急の効いた応酬というよりは、相手への最初の目線から徐々にその人柄が気になりだして、いつしか言葉を交わすようになって、次のステップへ行こうかどうしようかのもどかしい時間があって、そしてようやく食事の約束・・・といった流れを決して急がず、まるで本当にすべての段取りを映画の中の主人公たちに任せ切ったかのように描いて見せる。カメラは彼らが織りなす空気の醸成を写し取るだけ。即興かと思えるシーンも多い。それが僕が「自然主義的な」と感じたいちばんのゆえんだ。

これまでの映画作りの潮流ならば、登場人物の顔触れを仰ぎ見た時点である程度のストーリーが想像できるという定番感が重要だった。特にヒーロー映画はそうだ。これは「わかりやすさ」とも言えるのかも知れない。だが、時代がコミックスター「スパイダーマン」のリブートを必要とする段になって、潮流は明らかに変貌を遂げている。観客は世の中が分かりにくいものだと知ってしまっているし、それに呼応するようにマーク・ウェブはあえて助走をつけず、先行きを予感させることもなく、僕ら観客を主人公と同じ視点に立てせ、今この瞬間にも織りなされ広がっていくクモの巣へと自然体でいざなっていく。

そして流れがいざ3Dの醍醐味を最大に生かしたアクションシークエンスに雪崩れ込んでいく場面では、ソニーならではのカメラ技術も伴って、眼前に広がる幻想的なナイトビューを上下左右のスウィング運動によって活写。見ごたえのある、なおかつ流暢な動きを宿した3D趣向が繰り広げられるというわけだ。

これらのことを総じて、僕が本作に大満足かというと実はそうでもなく、個人的には『アメイジング・スパイダーマン』の魅力が若干二極化しているような印象も受けた。つまりは宿敵ザ・リザードが生まれる経緯がそうであるように、この映画も“突然変異”のようなもの。その特性を受け入れるにはある程度の時間が必要だ。マーク・ウェブ一味の野心的な試みは確かに興味深いものだが、一方でそれが僕の体内で定着するのに130分の大冒険ではまだまだ充分ではなかったようだ。

それは少なからずサム・ライミ版を知る者の副作用と言えるのかもしれない(あるいは僕の頭が固いせいか)。それらのワクチンをもたない若い世代のファースト・インプレッションのほうがむしろこの自然主義的な試みをすんなりと受容できるのではないだろうか。

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