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2012/06/02

【レビュー】ジェーン・エア

Janeeyre
先日、『ソーシャル・ネットワーク』の脚本家アーロン・ソーキンが自身の得意とする“伝記の映画化”というジャンルについて「フォトグラフではなく、ペインティングだ」と口にしていた。つまり、題材をそのまま精密に描き起こすのではなく、いったん受け止めたうえで、そこで心のキャンバスに浮かびあがってきたイメージを自らのタッチで塗り固めていく―そのような趣旨であると僕は勝手に受け取った。

そして基本的に、文芸映画というジャンルもそれとまったく同じだと思うのだ。原作小説というものは時代とともに埃をかぶり過去の産物へとなり果てていくもの。読み手の受け取り方も大きく変わっていく。しかしながらその多くは“語り口”が違うゆえであって、ストーリーの面ではギリシア悲劇の時代からシェイクスピアを経て数百年後の現代に至るまで、我々はおなじ素材の周囲をぐるぐると回り続けている状態にひとしい。

そう、問題は“語り口”なのだ。同じ世間話を聞かされるのであっても、宴席の上座から繰り出されるご老人の訓示じみた語り口と、喫茶店でごく親しい友人の口から聞かされる「そういえばさ」という自然な口調の語り口とでは受け取り方に大きな差が出る。

その意味で、キャリー・ジョージ・フクナガ監督による『ジェーン・エア』はシャーロット・ブロンテによる原作小説を巧みに現代の息遣いで映像へと変換し得ていると言える。『闇の列車、光の旅』で鮮烈な長編デビューを果たしたこの若き才能が古典をこれほど独自の視点で捉えられるとは思いもしなかった。これは若き英国人映画作家ジョー・ライトが『プライドと偏見』を生き生きと蘇らせた功績に匹敵する(ライトは現在、またもや古典である『アンナ・カレニナ』の映画化の真っただ中)。それこそアーロン・ソーキンの語る“ペインティング”の賜物だ。

Jane_eyre
そもそも映画には原作小説をそのまま細かく映像化していく時間的余裕はない。大事なのは2時間の映画的枠組みの中でいかに要素を(ダイジェストではなく)空気的密度として凝縮させ、いかに作品を貫く世界観を実写という具体性によって投影していくかに尽きる。

何よりもまず『ジェーン・エア』の冒頭を見てほしい。英国の内陸部は自然が厳しい。その寒さとぬかるみとゴツゴツした岩肌だらけの広大な荒れ野でミア・ワシコウスカがただひたすら歩き続ける姿を、キャリー・ジョージ・フクナガは手持ちカメラを駆使した視点でただただ無言で映し続ける。

自然の情景とはそこに描かれる作品世界の通奏低音であると同時に、主人公の心的世界の表れでもある。この不穏で重苦しい状況の中を、口を真一文字に結んだジェーンが行く。観客として気にならないわけがない。このお嬢さんにいったい何が起こったというのか。何がどうやって、今彼女はこの圧倒的な状況に身をさらしているというのか。

そうやって僕らは、気付くと映画の内側へと引き込まれている。驚くほど巧みに。

華麗に鳴り響く音楽も、劇的な場面展開も存在しない。地味にも思えるほどの描写はしかし、「気が狂いそうになるほど何もない寒村地帯」の中で静かに織りなされていく若き女性の心の遍歴を、観客と同じ視線で静かに彩っていく。肉親という存在に恵まれなかったジェーン。叔母にも見放され、冷徹な教師が監視する学校で親友を失い、心の中が幾度も空っぽのスカスカに陥りそうになりながらも必死に自分の歩調を守ろうと生きてきた彼女。善き知らせがあったとしても彼女が感情を表に出そうとすることはない。

やがて健気なヒロインの心的世界に恋のともしびが灯る。このときの微かな表情の変化をカメラは見逃さない。そしてこの愛が思いがけない狂気的な展開を迎えるときのジェーンの絶望と放浪に(ここが冒頭場面に繋がっていく)、ここまで共に心の遍歴を歩んできたからこそ、観客にもじっくりと感情レベルで寄り添わせてくれる。

このとき冒頭では見えなかったキャリー・ジョージ・フクナガ監督の心のキャンバスを、観客は2度目の到来でもって確実に共有できるようになっている。我々は同じビジョンで荒れ野に立ち、いまこのとき、ジェーン・エアの後ろ姿を同じ息遣いで見つめている。

時代と感覚とが完璧な調和を果たしたように感じるこの一瞬。

ジョージ・フクナガが描いた“ペインティング”を介して、僕らの感情が古典文学と見事に繋がった―そう確実に思えた瞬間だった。

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