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2012/07/15

【レビュー】眠れぬ夜の仕事図鑑

数年前に観た『いのちの食べかた』というドキュメンタリー映画が今でも鮮烈に記憶に残っている。そのナレーションもテロップもない余白だらけの映画の作りが、逆に我々の心に様々な想いを着想させてくれたからだ。大事なのは観客の心に自発的な感情が湧き起ること。そして客席に座った以上、観客も映画の大事な参加者なのだ―そんな監督の声が聞こえたような気がした。

そのニコラウス・ゲイハルター監督がまた新たな作品を発表した。その原題は"Abendland"。ドイツ語で「夜の国」といったところだろうか。

Abendlandplakat2
今回もまたナレーションもテロップも存在しない。我々はヨーロッパ諸国に据えられたカメラの視点と同期して、夜な夜な仕事に従事するナイトピープルたちの姿をじっと見守り続けることになる。もちろんそれらは一か所にとどまらず、国境警備員、製造業、ローマ法王、EU議会、新生児病棟、電話カウンセリング、レイヴ・イベント会場、不法移民の強制排除、警察、そして風俗嬢など多岐にわたる。その無数の人々が夜のしじまのなかで静かに映像のバトンを繋いで行く様子を、我々は社会科見学さながらに目の当たりにすることになる。

と言いながら、今回もまた不思議なことが起こった。序盤は無機質にも思えたこの映画に、だんだんと愛着が湧いてくるのを感じたのだ。夜な夜な働く人たちってどうしてみんな、あんなに柔和な顔をしているのだろう。その姿を見ているこちらまでもが暖かな気持ちに包まれていく。そんな感慨を抱いてカメラに寄り添っているうちに、自分があたかもヴィム・ヴェンダースの『ベルリン天使の詩』の天使にでもなりきったかのように思えてきた。あの天使たちがベルリン市民のひとりひとりに寄り添い、その営みを見つめゆくのと同じ温もりがここにも結実している

そうしているうちに我々は、この言葉のない観察映画を通して、ヨーロッパにおける「夜」の概念をおぼろげながら垣間見るようになる。たとえば本作で象徴的に描かれるのは不法移民問題だ。それにまつわる夜の仕事も数多い。本作の中で移民排斥や強制送還は夜に行われている。しかしながら送還してもまた新たな不法移民が国境を越えて流入してくるのが問題の根深いところだ。この「国境を越えて押しても反して、とめどなく流れ込んでくるもの」という概念は善かれ悪しかれ「夜」のイメージと一致する。夜はいつも何処からともなく現れ、小口の影は群れを成すことで闇を形作っていくもの。国境を隣国と接しているからこそ、そして経済格差がはなはだしいからこその悩みである。最近はさらに深刻な経済問題が付け加わり、現実に追い打ちをかけている。

かつて『ダークナイト』でバットマンは「夜明け前がいちばん暗い」と語っていた。この「夜」に込められた意味合いは大きそうだ。本作は逃げずに夜を見つめる第一歩としても、有意義な時を提供してくれるのではないだろうか。

ちなみにサントラも皆無の本作において何曲か裏テーマ曲を選んでいいよと言われたなら、僕は迷うことなくリトル・クリーチャーズの「ナイトピープル」とフィッシュマンズの「ナイト・クルージング」を挙げるだろう。なんだかそんな映画なのだった。

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