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2012/07/25

【レビュー】Marina Abramovic:The Artist is Present

Present
芸術の真価は歴史が決めるとよく言われる。その作者が死した後に作品の価値が上がったりするのはよくあること。一方で芸術家が今を生きる同時代において結果を出すのは並大抵のことではない。そのために必要なのはまず誰よりも圧倒的であること。そして作品以上に我々はそのアーティスト自身の放つ人間的な魅力に惹かれることのほうが大きいようにも感じる。

その同時代における圧倒的なアーティストのひとりにマリナ・アブラモヴィッチが君臨する。ユーゴスラビア出身の彼女は現在すでに御歳60過ぎ。この40年以上にも及ぶ創作活動において、時には自らが衣服を脱ぎ棄て、また自らの肉体に鞭を振るったりナイフで傷つけるなどしながら、その過激とも言える創造性の源泉を余すところなく観客へと伝えてきた。「彼女は魔女だ!」と誰かが言う。「芸術を冒とくしている」とも言われる。が、何よりも彼女は圧倒的だ。それは間違いない。そしてこのドキュメンタリー映画"The Artist is Present"はまさにその圧倒性を伝える意味において言葉よりも批評よりも彼女の生きる証を的確に伝える表現手段となりえてる。私はこの映画をイギリスの劇場で観たが、前列には3人組の彼女と同世代の女性陣が座っており、時に大声で笑い、時に涙しながら"Fantastic !"と拍手喝さいを送り、上映後は両手を鳥のように羽ばたかせながら帰って行った。彼女らはこちらにも「素晴らしい映画だったわよね!」と語りかけてきたので、私は鳥のように羽ばたく彼女らに向って"You look like the artists too"と返しておいた。

本作はアブラモヴィッチの半生や人となりを紹介すると共にニューヨーク近代美術館(MOMA)で開催された"The Artist is Present"展へと至る過程をつづったものである。彼女を知らない人にはかなり強烈なエキシビジョンだ。会場の一か所には全裸の男女が狭い通路に向かい合って立ち、観客はその狭間をヨイショとくぐりぬけることもできる。また壁には時計に見立てた全裸の女性が腕を長針短針のごとく広げながら懸命に時(それも彼女自身の内なる時間)を刻んでいる。この映画の観賞場所がイギリスだったからこそ無修正で観ることができたが、果たして日本で公開されるとしてモザイク無しで上映可能だろうか。

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しかしこの中で最も注目を集めたのはアブラモビッチ自身によるパフォーマンスだった。彼女は開催期間中、すべての時間を使って「ただ観客を見つめる」という行為に身を捧げた。連日、MOMAが開場するとそこにアブラモビッチが座っている。観客は誰もがその真向かいにある椅子に着席し、彼女と見つめ合って言葉を廃した静かなる対話を繰り広げることができる。これまでのアブラモビッチの芸術スタイルを知る人からすれば画期的なまでにシンプルなパフォーマンスだ。

次第に展覧会の反響は爆発的に膨れ上がり、対話椅子をめぐっては順番待ちの長蛇の列が形成されていく。並んでも自分の順番に届かないこともあり、いつしか徹夜待ちのファンまで出没するほどに。いざ彼女を目の前にすると、笑顔でも、同情でもない、不思議な穏やかさを秘めた目線がこちらを見つめてくる。東洋と呼ばれるエリアに生きる我々はそれが仏像の特徴たるアルカイック・スマイルに近いと評することもできるだろう。その表情を目の当たりにして笑いだす者、戸惑う者、緊張する者、感極まって泣き出す者、胸に手を当てて心からアブラモビッチへの敬愛を表現する者、またすかさず全裸になり警備員に退場を命じられる者まで現れる。中には芸術家や映画俳優の顔も。観る人によってはこの光景を宗教にも似た行為と感じる人もいるだろう。中にはそのような感覚で彼女に真向かっている者もいたかもしれない。しかし基本的なところでアブラモビッチはかつて「アーティストとは」という宣言の中で「偶像と化してはならない」「商業主義に迎合してはならない」といった言葉を表明しており、このパフォーマンスもあくまでそれらの可能性を封じた上で見えてくる新たな地平ということになる。

そして長きにわたる開催期間の途上で彼女は身体の痛みと精神的な疲労をこらえながらこう語る。「おそらく私は観客と対峙することによって鏡の役割を果たしているのだと思う。そうして観客は自分自身と向き合っているのでしょう」

その言葉には人々の外なるベクトルが同時に己の内面へも向かっているという、まさに宇宙と個人の存在のあり方を指し示すかのような真理が詰まっている。と同様に、「present(現在)」という企画テーマを掲げるアブラモヴィッチにおいてもその概念は、過去、そして未来へ向けての絶え間ざるベクトルの流動途上においてのみ出現する一瞬の煌めきを意味するのではないかと、彼女の姿を通して感じさせられたのだった。

余談ながら私は後日、たまたまテレビの深夜放送で北野武監督作『アキレスと亀』を観た。劇場公開時には何の琴線にも触れなかった本作が、"The Artist is Present"を観た後だと全く違って見えた。芸術とは圧倒的でなければならない。その狂気とも言うべき精神の越境をあの映画のビートたけしは体現していたように思えた。

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