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2012/08/01

【LONDON】タヴィストックの思い出

10年前に新調したパスポートが遂に期限切れを迎えた。ということは、私が大英博物館近くのタヴィストック広場でマハトマ・ガンジーの座像と初めて出逢った時分からもうざっと10年近くの歳月が流れたこととなる。

それ以来、ロンドンを訪れるごとに、ハイドパークではなく、リージェント・パークでもなく、なぜかこのタヴィストック広場に通うようになった。そこは不思議な磁力でもって人を引き付ける、心休まるのどかな広場なのだった。そして今回訪れた時にもガンジーは相変わらずその場に鎮座していた。

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なぜ私がタヴィストック広場に惹かれるのか。それは10年前、心細くブルームスベリー地区を歩いていたときに見つけたこのガンジー像が同じアジア人としてとても心強く思えたというのもあるのかもしれない。そしてこの広場内には広島の原爆犠牲者を追悼して植えられた桜の木や戦争時の徴兵忌避者を記念する碑や作家ヴァージニア・ウルフの記念碑まである。なにか様々なレベルの要素が入り乱れ一貫性に欠ける気もするが、それでもこの広場には穏やかなる平和への希求がある。それらが放つ磁力といったものは実際にこの場を訪れてベンチに腰をおろしてみなければわからないだろう。

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すぐ近くにはイギリスの国民的作家チャールズ・ディケンズの住居跡を示すブループレートが。タヴィストック広場にはそのような文豪たちの偉業をたたえる意味合いも込められているという。

ところが私はつい最近になって初めて、このタヴィストック広場に関する思いがけない事実を知ることとなる。それはロンドン市民ならば誰もが決して忘れることのない日付「2005年7月7日」に関することだった。

その日、通勤客が行き交うこのエリアにて複数の自爆テロが発生した。犠牲者56名。中でもこのタヴィストック広場の真横ではダブルデッカーが爆破され乗車していた13名が命を落としていた。それは非暴力、非服従を訴え続けてきたガンジーの鎮座するまさに向かい側で起こった出来事だった。私にはテロリストが寡黙に瞑想を続けるガンジー像にこの世の絶望を見せつけたかったのではなかったのかと感じられてやまない。

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よりによってロンドン市内で最も平和への希求が捧げられてきた場所でこのような悲劇が巻き起こってしまう運命には言葉を失ってしまう。そしてそれらの事件の舞台であったとは露も知らない自分が、事件前も事件後も相変わらずこの広場に惹かれ続けて幾度も足を運んでいる事実にも不思議な運命性を感じた。

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訪れたのは7月21日。すでに7日の追悼日からは2週間が経過していたが、いまだ多くの花が捧げられていたのですぐにその位置を特定することができた。通行人は誰もが必ず足を止め、中央にあるプレートを見つめ、去って行く。

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In memory of those who were killed in the bomb attack on a route 30 bus near this spot on 7th July 2005. London will not forget them and all those who suffered that day.

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目の前でどんな悲劇が巻き起ころうとも、そこにじっと座り続けることを余儀なくされたガンジー像。タヴィストック広場には益々もって穏やかな時間が流れ、昼食時には私と同じようにこの場所に惹かれた多くの人がベンチで手作りサンドウィッチを大事そうに包みから開けて懸命に頬張っていた。中東系の浅黒い肌のおばあさんはこれが昼食後の楽しみなのだと言わんばかりに、ビニル袋から目一杯に詰め込んだパン屑を掴みだしては一定間隔でばら撒き、何十羽もの鳩たちによる祝福を浴びていた。この光景だけを見つめていると、ほんの7年前に起こったテロの悲劇など存在しなかったかのようだった。

我々はそうやって穏やかな日々を地道に積み重ねることによってのみ、平和への希求の成果を計り知ることができるのかもしれない。

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