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2012/11/07

【レビュー】007 スカイフォール

前作から3年、製作スタジオMGMの経営再建を乗り越えてあのジェームズ・ボンドが帰ってくる。しかも今回は『アメリカン・ビューティー』でオスカー受賞のサム・メンデス監督を擁し、英国伝統のシェイクスピア劇とアクション劇とが完全調和したかのような重厚たるクオリティがスクリーンを席巻する。しかし、それにしても本作はシークレットが多すぎる!できるだけ口は噤んでおきたいのが本心なのだが、どこかの穴に叫んでおかないとこの興奮は一向に収まりそうにないので、あくまでネタばれにならない程度にレビューしておきたい。

Skyfall

シリーズ23作目。冒頭、トルコ・イスタンブールでのミッション中、列車上で格闘していたボンドはMの命令による狙撃が外れて被弾し川底へ落下。彼の死亡通知書が作成されるところから本筋が起動していく―。結果的に、ボンドは生きていた。が、このときボンドはMの指揮下において確実に死の香りを味わった。Mとボンドとの信頼関係は確かに厚い。しかしその証となるものは何も存在せず、逆にその見返りのなさこそがふたりの絆の証といっていい。一連のミッション失敗を受けて、国防省は高級官僚(レイフ・ファインズ)を通じてMに勇退を勧め、Mは「そんな責任放棄ができるものか」と一蹴する。そんなさなか、Mとボンドが所属するMI6に最大の危機が到来。何者かがシステムをハッキングして本部ビルを爆破したのだ。日中堂々と巻き起こるテロ行為に街も政府も騒然となる。再び00ナンバーへの復帰を果たしたボンドは事件の背後にいる真犯人を追って上海、マカオと向かい、その沖合に浮かぶ無人島にてついにその黒幕と対峙する。彼の名はシルヴァ。不気味に近寄ってくる彼は自分はジェームズ・ボンドとなんら変わらない人間であり、ただMに対して計り知れない復讐心を抱いているだけなのだと説明する。かつて死から執念深く蘇り、今やあらゆる不可能を可能とする術を手中にしたというシルヴァ。すべては彼の計算通りに進んでいた。次は確実にMへの復讐を遂げることだろう。ボンドの忠誠心はその暴挙を止められるのか―。

英国人に物を作らせると何が巧いかというと、それは伝統と革新の融合に尽きるのだった。そもそもロンドンという街のあり方ひとつとってみても歴史と現在がその座標軸における縦軸と横軸として交錯する様が容易に体感できる。それに英国で演技や創作を学ぼうとすればまずはシェイクスピアやそれに付随する劇作品、カンパニーの存在は避けては通れない。またそうした趣向を帯びることによってこの国の文化は幅広い年代、人種を巻き込んだ大衆性を獲得してきたと言っていいだろう。

今回の『007 スカイフォール』では『アメリカン・ビューティー』で映画監督デビューする以前から舞台監督として確固たる評価を手にしてきたサム・メンデスが監督を引き受けているだけあり、『ロード・トゥ・パーディション』で知己を得たボンド役のダニエル・クレイグはもとより、『007』では英国女王の投影とも目されるM役のジュディ・デンチや同じく英国俳優界のサラブレッド、レイフ・ファインズ(本作では彼の腹の内も重要なファクターとなっている)の登場によって、シリーズの重大事が巻き起こるその沸点にふさわしいキャスティングがなされている。また秘密兵器開発担当のQもシリーズ最年少のベン・ウィショーが務め、ボンドとQがナショナル・ギャラリー内(しかもターナー作"The Fighting Temeraire"の前)で交わす会話は世代間のギャップを描くと共に瞬間的な信頼関係の構築をも描いていて巧みな演出術に触れることができる。そのいずれにおいても、まさに劇場の客席で「メンデス一座がやってきた!」と拍手喝さいを送りたくなるほどの心持ちにさらされる。

一方、イギリスを皮切りに『スカイフォール』が封切られたとき、多くの感想に挙がっていたのが「『ダークナイト』に似た感触がある」といったものだった。

なるほどクリストファー・ノーランが描いた「バットマン」3部作は典型的なアメリカン・ヒーロー像とは真逆の方向へと扉を押し開き、ヒロイズムの内面世界へと深く潜水していったことで評価を得た。それに登場する悪役たちはバットマンの好敵手であるというよりはまるで彼の“もう一つの可能性”ですらあったかのように光と影とで対比される。彼らの目的は金塊でもなければ人殺しでもない。ただカオスを求める者たちだった。それら人間の究極の暗黒面に真っ向から闘いを挑もうとした人々の英雄的行動こそがこの映画のメインテーマであった。それは同時に9.11以降におけるジャンルムービーのひとつの到達点でもあったと思う。

『スカイフォール』も目指すところは似ている。映し出されるロンドンはまるでゴッサムのように未曽有の事態に見舞われ、映画が約半分を過ぎたころにようやく姿を現すシルヴァ=ハビエル・バルデムはジョーカーやベインと並ぶほど強烈な存在だ。強いて言うならば『ノーカントリー』の奇怪なオカッパ頭の殺し屋“シガー”が形を変えて『スカイフォール』に再降臨したようなインパクトさえある。そしていつしか政府によるMI6批判の矢面に立たされたMはその壇上にて、時代を越えて受け継がれる英雄的精神について、まるで「ダークナイト」というワン・フレーズが零れ落ちるのではなかろうかと思うくらいに熱い言葉を朗々と紡ぐことになる。デイム・デンチ、77歳。まるでシェイクスピア劇の名場面がここに出現したかのような重厚な香りが漂う堂々たる場面だ。

当のメンデスはというと、今回の『スカイフォール』が『ダークナイト』の影響を受けていることをすんなりと認めているようだ。しかしながら、『スカイフォール』が模倣品であると言っているわけでは毛頭ない。そこに横たわるストーリーは非なるもの。両者はただシリーズ物のセオリーとして時代と真向かい、気がつけば同じ方法論に基づいて歩を進めていたというだけなのだ。ノーランも英国出身であり、「伝統と革新の融合」の街に暮らしてきた作り手としてメンデスとものづくりの志を同じくしていて何ら不思議はない。そしてこれと同じような想いを胸に抱きながらかつてディケンズは「二都物語」を、そして場所は違えどユゴーは「レ・ミゼラブル」を、それぞれの時代に捧げる意味も込めて産み落としたに違いない。

『007 スカイフォール』はかくも格調高き作品でありながら、過去のボンド映画を凌駕する骨太なアクションシークエンスに満ちている。だが僕自身の想いからすればどんなに壮大なスタントシーンよりも政府中枢の公聴会での銃撃戦こそが登場人物らの瞬間的な感情のせめぎ合いに満ちていて、こんな場面でこんな見せ場を放り込んで来るのか!と演出の深さに圧倒される部分が大きかった。また、懐かしき愛車に乗り込み、クライマックスに向けて原点帰りするかのごとくどんどん闘い方がアナログになっていくボンドにも注目してほしい。このシークエンスは言わばタイムマシン。遡ることでボンドの幼少期にも触れることができる。

スカイフォール。それは口にすればどことなく旧約聖書に出てきそうな黙示録的な意味さえ醸す。今にも雨が降り出しそうな曇天模様、足場を失ったボンドが列車から河底へと深く深く落ちていくシークエンス、あるいはその心理的象徴。そうした意味深な言葉を配したプロットの果てにサム・メンデス一座が一体どのようなクライマックスを用意しているのか。そこには今後のボンドシリーズの展開におけるヒントも隠されているに違いない。

ちなみに英映画情報誌EMPIREでは新作レビューの星取表において最高の5つ星を「クラシック!」と称することで知られている。クラシック音楽がそうであるように優れた作品は時代を越えてマスターピースとなる。残念ながら『スカイフォール』に関する同誌の評価は「エクセレント!」の4つ星にとどまっているが、僕としては伝統と革新とで時代を越えようとした心意気を十分に評価し、文句なく「クラシック!」と叫びたいところだ。

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