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2013/02/14

【レビュー】ダイ・ハード ラスト・デイ

ジョン・マクレーン警部、ロシアへ発つ。これまでアメリカ国内で、しかも捜査管轄外の州にて大事件と遭遇する機会の多かった彼だが、今回はシリーズ初となる海外進出。これは新機軸が望めそうだと誰もが期待に胸を膨らませたことだろう。もしくは観客の中にはそれぞれに「ダイ・ハードとはこうあるべきもの!」とする定義が出来上がっている。評論家や文化人がどうこう評価を下す以前に、誰もが自分の流儀でこの映画について語れる土壌がある。それは映画にとって極めて幸福なこと。でも逆に作り手にとってはプレッシャーでもある。そして本作は、どちらかというとその観客側の期待を違った意味で受け止めてしまったようだ。最も端的な例でいうと、上映時間は90分台。それゆえスナック感覚に終始し語るべきポイントが見つからないし、これまでのシリーズ各作と比較しようもなく、更には定番となる悪役もいない。

過去のシリーズにおける名シーンやプロットをデジャビュのように脚本に取り込んだはいいが、オリジナリティあふれる場面が一向に思い出せないのも問題だ。挙げ句の果てには、いくら80年代のシリーズ誕生時がアメリカ万歳の少々頭のネジの緩んだマッチョイズムの時代であったからといって(映画の潮流は現実世界を鏡面的に映し出すものだが)、本作がクライマックスに突入するステージは、いくら舞台がロシアだからといって、ちょっと冗談では済まされないレベルのものだ。

これを『ダイ・ハード』とは取らずにブルース・ウィリス主演のスナック映画と捉えたらいくらかまだ楽しめたかもしれない。だがこれは20世紀フォックスのファンファーレとともに列記とした商標を身にまとった代物なのであり、世界中に親子2世代、3世代レベルでファンを持つ『ダイ・ハード』なのだ。フレンチのディナーを望んでいるわけではない。夜景を楽しめる優雅なバーをリクエストしているわけでもない。せめて2時間食べ放題で次の日にも胸焼けが残るほどのグルメコースではあるべきだ。その点、本作は一食分パッキングされた機内食でもなく、小腹を満たすスナックの小パックだ。

ジョン・ムーアのアクション描写は勢いの良さを感じる部分もある。ヘリからの機銃掃射の弾道が見える趣向は『エネミーライン』を彷彿とさせる。しかしいかんせん、シークエンスが細切れ過ぎて、たとえばカーアクションでも何が起こっているのか判別しがたい。しかも主人公たち父子の大冒険のせいで多くの犠牲者が生まれているであろう気配が濃厚と伝わってくる。また、ご都合主義がシリーズの常だが、その前に“ご都合”を神の手、あるいは鈴の音とともに響き渡るクリスマス・キャロルのごとく有り難く享受したくなる絶体絶命のシチュエーションが適確に創出されなければ何ら意味を持たないもので終わってしまう。

ロシアで発見された息子との対面はどうなのだろうか。いやその前に、これまでの関係性がどうだったのだろうかよく分からず、あまりに省略している部分が多すぎる。他スタジオが次々に目論んでいるフランチャイズ・スタイルの事業展開のことを考えると、『ダイ・ハード』もその新機軸として息子へとバトンタッチによる多層的ユニバースの形成を狙っているとしか思えない節がある。

とはいえ、僕は観客にこの映画を観るなとは言わない。むしろこの映画をしっかりと観ることによって、我々が『ダイ・ハード』シリーズについて無関心になりつつある潮流を意識しなければと思う。本作に大満足な人もいるだろう。それはそれで良いと思う。でも仮に本作に違和感を覚えたならば、我々は『ダイ・ハード』について、ジョン・マクレーンについてもっと意識的に考えて行くべきなのだ。つまりは我々がこのシリーズに何を望んできたのか、これから何を望むべきなのか、ということについて。その辺をクリアにしておかなければ今後もシリーズはどんどん一口サイズのスナック化されていくに違いない。そしてもしも「何を望むか」の部分が尽きたなら、その時はストーリーの完結など関係なく、それはシリーズの自然死を意味するのだ。

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