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2013/04/23

【レビュー】リンカーン

 アカデミー賞授賞式前にこの映画を3度観ることができた。1度目は試写で、2度目は国際線の飛行機の中、3度目はイギリスの劇場で。そんなわけもあって『リンカーン』を観ながらなぜかシェイクスピアのことを考え、そしてやや変則的な迂回を経てアメリカという国に想いを馳せた。というのも、恐らくリンカーンはある意味、イギリスにおけるシェイクスピアのような地位にあるのではないかと思ったからだ。

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イギリスで最も有名な言葉の引用といえば、文学作品、とりわけシェイクスピア作品を出典とすることが多い。それらの常套句を引っ張りだせば貫禄がつくし、威厳もたっぷり醸し出せる。それをアメリカに置き換えると? もちろん戯曲にも小説にも、それからハリウッド映画にだって有名な言葉は散りばめられているが、こと政治家たちの、とりわけこのリンカーンの口から発せられた「人民の、人民による、人民のための〜」ほどに有名な台詞は他に存在しないのではないか。

 リンカーンや、ケネディや、キング牧師、それにバラク・オバマ。きっとこの国では政治家たちの力強い言葉がシェイクスピアの代わりを果たし、その言葉ひとつひとつが生命を持って後世に伝えられていくのだ。 

 ともあれ、エイブラハム・リンカーンについて描くという作業は、言わばよく知られた歌詞に独自のメロディーを付けるようなものだ。思えば現代の誰もが彼の肉声を知らない。リンカーンという誰もが知る言葉があったときに、その立体的な人物像を交響曲仕立てに作曲するのはスピルバーグと主演のダニエル・デイ・ルイスの仕事なのだ。 

 そのスピルバーグが、アメリカ国民に向け新たな教科書を編纂するかのような勢いで描く『リンカーン』は、米国史で最も名高い偉人が初めて顔を出す瞬間に際しても、観客をじらしながら、背後から、身体の部位からと、徐々に捉えていく。

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ここは夜の北軍本陣。リンカーンのもとに兵士らが戦況報告に訪れ、その様子に穏やかに耳を傾けるリンカーンの姿がある。そして相手の発言が終わってから、ついにリンカーンの「声」が我々の前に降臨する。それは穏やかで、やや甲高い声色を持たせた声だった。この声色が『リンカーン』の基調となり2時間半を貫き通す。時には力強く、そして時には慈愛に満ちた響きと成って観客を包み込むのである。 

 だが思いがけない仕掛けもある。早くも冒頭で名セリフ「人民の、人民による、人民のための」が飛び出すとき、その言葉はリンカーン自身の口ではなく、なんと黒人兵士によって語られるのだ。 

 同様のことが後半にも起こる。リンカーンが党内の急進派を懐柔し、さらにはロビイストを使って民主党の落選議員たちに次の仕事を斡旋しながら票集めに奔走してなんとか勝ち取った「アメリカ合衆国憲法修正第13条」。実質上の奴隷制度廃止を決定づけたその原文を口に出して音読するのは、他でもない黒人の女性であった。

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「語られる言葉」がそこにはあった。シェイクスピアと同じく、リンカーンは語られる言葉を数多く発した人であった。そしてこの題材を12年間も温め続けてきたスピルバーグは、かの有名な言葉を「語り手」の口ではなく、むしろ「受け手」の口に発せさせることによって、そこに鏡面性を生じさせたのだった。 

 言葉は「相手」が存在してこそ、初めて輝きを獲得する。そこには心を込めてしたためられた手紙が、その場でしっかりと相手に届いている構図が出現している。 

 『リンカーン』はスピルバーグが久々に放つ「大人のための映画」だと人は言う。しかし小難しい政治過程さえ差っ引けば、これは実に単純明快な話だ。それこそ小学生にでも分かる「誰かに想いを伝える」映画。そして受け取った人ひとりひとりに「そう、あなたこそが主人公なのですよ」と伝える映画なのだ。

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