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2013/05/01

【レビュー】孤独な天使たち

 『ラスト・エンペラー』や『暗殺の森』で知られる世界的巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ監督が10年ぶりに新作を世に贈り出す。この間、ベルトルッチは病に倒れ、もう二度と映画は撮れないのではないかとも言われていた。だが彼は撮った。たとえ立ち上がることがままならず、車椅子でのディレクションだったとしても、そこにはベルトルッチの魂が、しかもこれまでにないくらい瑞々しい魂が刻まれているのだった。

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 冒頭から何やら示唆的だ。車椅子姿のカウンセラーのような男性が少年に語りかける。この少年、ニキビ面だ。彼の態度はどこか硬化しており、早くこの場を切り抜けたいとする心情がありありと見て取れる。一方、机を挟んだ車椅子の男性はどこか余裕のある表情だ。なぜ、男性は車椅子姿だったのか。あの表情にはどんな意味が込められていたのか。

 本作は原作モノである。だが僕はなぜだかこの二者のやり取りに、ベルトルッチが過去の自分と対峙しているかのような印象を持ったのだった。そして秘密の部屋で両者が入れ替わるかのようにして、この映画『孤独な天使たち』は少年の身体にこそ語りが託されていく。その瞬間を祝福するファンファーレのようにヘッドフォン越しに青臭いロックミュージックが鳴り響く。それは決して他者と共有される音楽ではない。あくまで彼自身の耳の内側でしか流れ得ない”所有された音楽”なのだった。

 少年はやがてスキー合宿に行くと見せかけて旅費を納入せず、親に内緒でマンションの地下室にて一週間を過ごし始める。すべてが計画的で、整備されている。一食分の食事。一週間で読むべき本。観察すべきアリの巣。でもこの全ての願いが叶うはずの少年の秘密基地で、実際には何一つ巧く行かないし、計画的に事は運ばない。その理由は簡単だ。そこにひとり、義理の姉が現れて彼の住処に無作法に転がり込んでくるから。

 この予定不調和な刺激投入が彼の心を、まるでパニックに陥る蟻の城のように掻き乱していく。けれど「やめてくれ!僕の城を荒らさないでくれ!」とわめき散らしながらも、彼の表情は病的どころかむしろ健康的だ。彼が取る反射運動は一連の流れを受けてむしろ他者の存在を認めて(あるいは諦めて)、それが仕方なくだったとしても、新たな関係性を構築していこうとする方向にシフトしていく。

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 また、この映画はひとつの精神の構築物と化している。いわば少年の心の流れを立体的に捉えようとする一つの試みだ。マンションの上層階に住みながら、ドロップアウトして最下層階にもう一つの自分をアウトプットしはじめる彼。管理され尽くしたアリの巣社会とのオーバーラップ。すべてが意味深で、示唆的だ。

 通常、上からの俯瞰という構図はよく見掛けるが、本作では下から上を見上げるという少年独自の目線構図が多用される。時には両親の暮らしをガラス張りの真下から捉えるという不思議な趣向も飛び出してくる。実はベルトルッチ、この映画を3Dカメラで撮るアイディアも持ち合わせていたという。結果的に叶わなかったが、それほどまでに本作では空間性が大事に紡がれ、少年の閉塞感さえも体感型として描かれているのだった。

 やがて破壊される蟻の巣。ガラスは飛び散り、祝福の産声を上げる。すべて巧く行かない。すべて願望通りにはいかない。嫉妬。そして許容。まさに人生は暗闇の部屋で繰り広げられていく冒険旅行だ。

 『孤独な天使たち』は巨匠ベルトルッチにしてはあまりにナイーヴな心情をさらけ出しており、またはある意味、ありきたりな筋の流れとも言えるかもしれない。けれど我々の中には、この脆すぎる、不可解な少年の7日間に及ぶ潜伏生活を、祝福したいとする気持ちもむくむくと立ち上がってくる。いつしかこの少年のことを応援し、ニキビ面を自分の過去のように見つめ、彼の観るもの、感じるものに寄り添い始めている自分がいることに気がつく。

 そしてラストを彩るカメラワークは出色だ。これまで車椅子でディレクションを取っていたベルトルッチが、まるで羽根を広げて空中を舞うかのような演出を見せつける。ささやかだけれど、昇華されていく想いをこれほどまでに精一杯ストレートに表現しようとする試みが清々しく、気持ちいい。

 そこで流れるデヴィッド・ボウイの名曲が、力強くも優しいリリックで少年の小さな旅立ちの瞬間を讃えている。『ラストエンペラー』や『暗殺の森』のような荘厳な風格こそ存在しないが、代わりに向こう見ずな瑞々しさが満ち満ちている。少年にとっては壮大な人生の1ページ目に過ぎない、このはじまりの物語。巨匠にとってもささやかな一本に過ぎないが、それでも彼にとって魂の分身とも言うべき一作であることには変わりはない。

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