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2013/06/23

【レビュー】3人のアンヌ

 ホン・サンスと言うと韓国のウディ・アレンと呼ぶ人もいるようだが、僕の感覚からすると韓国のつげ義春といった感じだ。あの一連の泥臭さ、飄々とした抜け具合、そしてしんみりとした寂寥感はつげ義春の漫画を読んだ後に押し寄せてくる余韻と似ている。それはホン・サンスの映画がたとえその舞台をフランス・パリに移動させた(『アバンチュールはパリで』)としても一向に変わらなかった。つまるところ、場所が異なってもそこに巻き起こるストーリーは変わらない。そこが世界のどこであってもホン・サンスはいつも同じ歩調のまま、独自の鼓動、独自の間合いでワールドを刻むのだ。

 それはフランスの大女優イザベル・ユペールを、よりにもよって何もない韓国の海辺へ招聘してしまった本作でも、やっぱり同じ結果だった。

Annne

 しかもこの設定の妙は何なのだろう。冒頭にひとりの韓国人女性がツラい現実から逃げるかのように「私は脚本を書くことにした。主人公はフランス人。以前、映画祭で逢った女性監督をモデルにした・・・」とほんの1シーンで(それこそコントの冒頭の状況説明のように)但し書きを描写し、次のシーンで本当にその空想の世界を実写化して現前させるという、ある意味で強引な、でもそれがホン・サンスだからこそ許される、観客と監督との間での特殊な交渉術でもあるかのような語りの導入手法がそこにはあった。

 そしてタイトルが「3人の」と示すように、このシチュエーションは3度繰り返される。つまり冒頭の韓国人女性は3つの短編脚本を書き、そのいずれにも「ひとりの外国人」を登場させているというわけ。本編ではもちろんユペールがその3者をすべて演じている。だからこそ「3人」なのだ。

 けれどこの時、設定をよく理解できない観客はこう思うだろう。「この3人は同一人物?それとも別人?そして3つのエピソードは全く別のお話?それとも連続モノなの?」

 この混濁こそ、本作の醍醐味と言える。そもそもホン・サンスの映画には明確な決めごとなどなく、海面を漂うクラゲのように飄々としたところがある。

 3つのエピソードはいずれも、外国からやってきた女性が海辺を歩くうちにライフセイバー(海で溺れている人を助ける人)と出逢い、言葉もあまり通じない中で甘いやりとりを繰り返す、という点で一致している。けれどこれらが折り重なるうちに、3つのエピソードがまるで3度の輪廻転生、およびパラレルワールドの創出を果たしていくのを感じるのだ。

 繰り返しに思われたそれらは一瞬たりともおなじ展開をはらんでいない。それどころか時おり、ほぼ同じ同心円上をまわる物語どうしがお裾わけをもらうみたいに、少しずつ繋がっている。それに気づいた瞬間、胸には多幸感が押し寄せ、顔にはニヤリとした笑みが浮かんだまま消えなくなっていた。「ホン・サンス、やりおるな」と感じた。

 この構成は裏を返すとちょっとした俳優論としても成立する。イザベル・ユペールに限らずあらゆる俳優は作品ごとに違うキャラクターを演じなければならない。この映画が終われば次の役柄、そしてまた次の役柄へと変化を遂げる。しかし同じ俳優が演じている限り、そこには本人が意図せずに生み出したひとつの連続性が刻まれている。『ピアニスト』で壮絶な役を演じたユペールも、本作で自然体のヒロインを演じたユペールもどこかで繋がっている。同じ一人の人物。俳優にとってすべての出演作はパラレルワールドに等しく、俳優とは常に輪廻を余儀なくされた職業ということもできるだろう。

 その「どこかで繋がっている感覚」を仄かに臭わせるホン・サンスの匙加減が微妙に優しくて、海風や潮の香りが肌をなでていくかのように心の潤いを感じさせる。

 海の向こう、世界は果てしなく広いが、しかしこの小さな海辺で、世界はひとつの完結を迎えているような気さえ芽生えてくる。

 このとことんまでにミニマムな物語。誰かの創作で始まったはずの世界感は、いつしか語り手の手元を離れて飄々と浮遊していった。これは華麗なる「空想逃避のすすめ」なのだろうか。否、嫌なことがあったとき、人は誰でも楽しい事を考えて気を紛らそうとするもの。

 『3人のアンヌ』はそうした創造力の基本原理に抗わず、身を委ねた末にある風景を思わせる。この脚本を書き終えた女性の表情は映らない。が、自分の手のひらの上でひとつの物語性を完結させた彼女の表情は、それが世界最小のミニマルさであるとはいえ、きっと晴れやかであったに違いない。物語には、創作という行為には、そういった隠された力がある。。

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