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2013/10/06

【レビュー】クロニクル

この映画のファーストカットで唐突に映し出される顔がある。あのとき鏡に映りこんだ少年の像が忘れられない。彼の表情には初めてカメラに触れる無邪気さとは無縁の険しさがあった。親の怒鳴り声が響いているせいか、その目は血走っていたようにも思えた。

僕はこの時、妙な予感を覚えた。 この少年は死のうとしているのではないか。 なけなしの貯金をはたいてカメラを買ったのは、いわゆる遺書として自分の生きた断片を記録したかったからではないか。病床の母。暴力を振るう父。友人も居ない。スクールカーストの最底辺にある毎日。彼にとってカメラは自分にとっての地獄のような毎日を違う目線で見つめる最後の命綱でもあった。 あるいはカメラは、いつも自分をないがしろにするこの世の全ての存在に対し、自分は見ている、自分は存在するのだと、主張する銃弾でもあった。言わずもがな、彼がこの映像をYouTubeにでもアップすれば、彼に危害を加えたすべての相手も滅びる。相撃ちも辞さない覚悟。現代は極度に危なっかしくも、そういう世の中だ。

しかしここで急展開を迎える。彼はこのカメラを手にした直後、今度はふたりの同級生と共に突如スーパーパワーを手に入れてしまう。手も触れずに物を想い通りに動かし、自分の身体を宙に浮かせ、さらには空を飛ぶことさえ容易くできるようになる。驚くべきこのパワーは彼に、これまでとは全く違う自分を見せてくれた。その一部始終にカメラは運命共同体のように随行する。

ただ、彼がパワーを手にした瞬間からこの映画は変貌しはじめる。もちろんドキュメンタリー然とした作りに巧妙なVFXが加味されることで映画の触感も変わってくる。でもそれ以上に、カメラと少年の立ち位置が変わっていくのだ。序盤はカメラが少年の主観となって映像を織り成してきたが、中盤からは彼自身の姿が映像に頻出しはじめる。これは少年がパワーを駆使してカメラを浮遊させ、リモコン操作でもするかのようにそのレンズを自分自身へと向けさせているから。これによって彼は、この映画の記録者という立場から被記録者へと様変わりしていく。

『クロニクル』は日々の息苦しさに喘ぐ少年が突如として超能力を手にし、一度は学園の脚光を浴びる存在となりながらも、その後、インジケーターが振り切れるかのようにダークサイドへと転落していく記録(クロニクル)だ。低予算(1200万ドル)で作られた本作は世界の劇場収入だけでざっとその10倍にあたる1億2600万ドルを売り上げている。その魅力はやはりクライマックスの街中で繰り広げられる壮絶なバトルだろう。VFXを駆使した一連のシーンは、もはやこの部分に製作費の8割を投入したのではないかと思えるほど手が込んだ上に迫真のクオリティに仕上がっている。

とは言いながらも、クライマックスがあれほど見事に心に突き刺さるのも、その世界観が緻密に設計されているから。中でも「カメラ」の存在をよくぞここまで研ぎすませて考え抜いたと賞賛せずにはいられない。

まるで心と身体が袂を分かったかのように遠のいて俯瞰へと転じていくそのカメラ。我を失って暴走するラストではもはや彼自身のカメラは機能せず、他者のカメラ、あるいは防犯カメラ、テレビカメラなどから多角的に見つめる映像へと切り替わっている。すべての関係性は吹き飛び、街は荒れ果てていく。スクリーンの映像が再び彼の主観へと回帰していく可能性などそこには一寸たりとも残されてなどいない。

結果的に彼の願望は叶ったことになる。自らの存在を力の限り叫ぶ姿を数多くの人たちの記憶に焼き付けさせたわけだから。しかしその代償として彼は散った。ある意味、僕の嫌な予感はあたっていたのかもしれない。

少年の切実な想いがこんな最悪のかたちで成就するからこそ、『クロニクル』はこれほどまでに哀しいのだ。

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