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2015/04/14

グッド・ライ〜いちばん優しい嘘〜

数年前、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』という映画が公開された。テーマはとても深刻ながら、そのタッチは透明感に満ち、抵抗なくすっと胸の内側に沁み込んでくる作品だった。舞台はカナダ、モントリオール。そこの小学校でひとりの担任教師が命を断つ。静かに動揺する学校、教師、そして子供達。やがて生徒たちの心に再び落ち着きをもたらすべく、ひとりの中年男性が臨時教師として雇われる。傷ついた心に寄り添う彼の姿勢に、少しずつ心を開いていく生徒達。映画には少しずつ安らぎと、優しい笑顔が芽吹き始める。それと並行して物語は、この臨時教師もまた、過去にとてつもない悲劇を経験した人であることを、解き明かしていくーーー。

アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされたこの『ムッシュ・ラザール』だが、手掛けたフィリップ・ファラルドー監督はその次作品として、内容は全く異なるが、あたかも前作と対になるような映画を作り上げた。それが『グッド・ライ〜いちばん優しい嘘〜』だ。

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主人公は「ロスト・ボーイズ」と呼ばれた若き難民である。アフリカ大陸のスーダンでは1983年に内戦が勃発して以降、多くの人々が命を落とし、生き残った者は近隣国へと助けを求めた。難民キャンプはおびただしい人々であふれ、2000年に入るとその状況を改善するための取り組みとして、アメリカとスーダン政府が協力して若者達をアメリカへ移住させるプロジェクトが進められた。

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本作はメインとなる兄弟の逃避行をしっかりと刻印する。まず突如、武装した勢力が村を急襲し人々を虐殺した。生き延びた兄弟、妹たちは年長者を先頭に歩き出す。だが、歩いても歩いても、逃げても逃げても、安住の地へは辿り着けない。力を合わせて進めども、ひとりまたひとりと大切な家族が倒れていく。そのたびに身体の一部を捥ぎ取られたかのような大きな絶望感に打ちのめされる。前半部はこうしてスーダンの過酷な現実が描き出されていく。やがて必死の思いで難民キャンプに辿り着いた彼ら。しばらくして転機が舞い込むーーーそれがアメリカ行き決定の知らせだった。

映画の色調が変わる。彼らが飛行機に乗り込んで"Ain't Gonna Die While Sitting Down"という楽曲がバックに流れると、これまで蓄積された膨張してきた緊張や絶望がふっと別次元へ昇華されていくみたいな浮遊感に包まれていく

初めて目にする外の世界。リクライニング式の座席、アメニティグッズ、機内食さえも目新しい。巻き起こる平和的な文明の衝突。これらのアイテムの使い方が分からなくて途方に暮れる描写がとても優しく、観ていて思わず笑みがこぼれる。と同時になぜか涙さえ込み上げるのは、これまでの絶望的な逃避行に比べその様子があまりに和やかで温もりに満ちていたからだろう。

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とはいえ、彼らのアメリカでの生活はカルチャーショックの連続だ。なにしろここに草原は無いし、野生の動物もいない。たやすくライオンと闘うこともできない。死生観も人生観も違う。でも本作は決して彼らを笑いの種にすることはしない。観客も彼らの人生の壮絶さを痛いほど知っているからこそ、むしろ彼らの側に立ち、彼らの目線で消費社会を見つめる不思議な視座を持つことになる。そして彼らの素朴な価値観や物の捉え方が、消費社会のはらんだ矛盾をナチュラルに浮かび上がらせていくところにもこの映画の面白さがある。

そこにもうひとつの原動力が加わる。それがリース・ウィザースプーンだ。この人が切り込み隊長のようなネーチャンを演じると本当によく似合う。主人公ら三兄弟のアメリカでの就職斡旋を担当する彼女。最初は彼らの過去に深入りするまいとサバサバとした態度で接するものの、次第に影響を受けて、自らも変わっていく。

彼女が独身だと知ると彼らは「いつかあなたにいい人が見つかりますように」と言う。自活している彼女に「サバイバル能力の高い方なんですね」と言う。そして彼女はというと「さようなら」と言うと彼らがものすごく寂しそうな表情をすることに気付いている。はじめはそんな珍妙なやり取りで始まった交流だった。いつしか彼女はスーダンで起きたことに興味を持ち、トラウマに苦しむ彼らのために何かできることはないかと動きはじめる。こうしてほのかに結ばれる絆が映画の帆となり、登場人物たちをゆっくりと、自分の辿り着くべき場所へといざなっていく。

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これまで互いに想像もしないほど遠い遠い世界に暮らしてきた人々が、思いがけず触れ合い、心を開いていく軌跡。フィリップ・ファラルドー監督はそのような、世界の端と端とを出会わせたかのような実験劇場を作り出すのが巧い。そして僕にはスーダンからやってきた三兄弟とウィザースプーンの双方に、ある意味、前作のラザールの人物像が重複して組み込まれているようにも思えた。

いずれにしてもファラルドー監督の作り出すのは、助ける者、助けられる者とがはっきりと区別される世界ではない。むしろ自分が衝動に駆られたり、使命感に駆られて行動する時、そして何よりも相手の笑顔が得られた時、そこでは相手を救った以上に、自分自身もまた大きく救われている。そういった強くてしなやかな眼差しを貫いているからこそ、本作は有機的かつ普遍的な物語として見事に成立し、人を芯から魅了するのだろう。

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