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2015/04/11

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

メキシコ出身の監督の快進撃が続いている。アルフォンソ・キュアロンは『ゼロ・グラビティ』を作り、ギレルモ・デル・トロは『パシフィック・リム』を手掛け、ハリウッドのビッグ・バジェットでも成功を納められる商業性と芸術性、エンターテインメント性を兼ね合わせている才能であることを証明した。で、このキュアロンやデル・トロの快進撃とセットで次なる爆発が期待されたのがアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥだ。

すでに『バベル』でアカデミー賞ノミネートを飾っており、深淵なテーマで観客の心を貫く実力は実証済み。しかし2010年の『ビューティフル』以来、しばらく新作を発表できずにいた彼。その間、プレッシャーも大きかったろう。仲間の成功を横目で見ながら、嫉妬に駆られたり、悔しさを感じることもあったかもしれない。しかしその結果、彼が2014年に新たに解き放った『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は、メキシコ勢“スリー・アミーゴス”のトリを飾るのにふさわしく、米映画界の頂点であるアカデミー賞作品賞を獲得するに至った。原題は"Birdman: Or(The Unexpected Virture of Ignorance)"。

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そのタイトルからしてヒーロー映画を思わせる。藤子不二雄の「パーマン」世代ならあの黒ずくめのマント男を思い出す人も多かろう。本作『バードマン』はかつてヒーロー映画で人気に火がついたものの今ではパッとしない中年俳優が、人生を賭けて自身が脚本、演出、主演を手掛けた舞台を今まさにブロードウェイで上演しようとする物語だ。

暗闇の中であふれだすドラム音。音の発泡に合わせて次々とクレジットが現れる。そんなオープニングを抜けると、唐突に映し出された楽屋場面からもうカメラはノンストップで、まるで舞台に宿る精霊のように楽屋、通路、舞台を浮遊し、主人公の不安、動揺、迷い、怒り、絶望の一部始終を見届ける(エマニュエル・ルベツキによる撮影もまたアカデミー賞を受賞)。移動中もカメラが回っていて、よもや長回しの一発撮りかと思わせるほどの勢い。その程よい緊張感と即興性が心地よい効果を生み出す。人生はやり直しの利かない一回きりのインプロビゼーション。そんなメッセージが聴こえてきそうだ。

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そんな超常的な絵作りの中で、マジックリアリズムを駆使して自由自在に時間の経過が描かれ(先ほどまでカラだった舞台で、次の瞬間にはリハーサルが行われていたり、また別の瞬間には今度は満員の客席の前でプレ公演が行われていたりもする)、さらには主人公の内なる感情を具現化したかのような超能力によるカタストロフィまでもがVFXで盛り込まれる。

かつて1989年の『バットマン』で一世を風靡したマイケル・キートン。彼の人生が『バードマン』の主人公とまったく同じということはないだろうが、少なくとも一本の映画が俳優のキャリアを変貌させた点では一致する(ちなみに共演するエドワード・ノートンやエマ・ストーンも自身の出演するヒーロー映画のリブートなり俳優入れ替えを経験しており、ザック・ガリフィナーキスもまた『ハングオーバー』後の浮き沈みを経験している人でもある)。そんな過去からなんとか脱しようとする現在を、自虐的とも受け取れる“心の声”も盛り込みつつ描いていく。その様が痛々しく思える場面もあるが、演出の巧みさゆえになんとかコメディの領域に足を踏み留めている。

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確かに本作は、見渡せばヒーロー映画だらけになっているハリウッドへの皮肉の花束でもあるのだろう。もしかしたらタイトルだって実は「無知がもたらす予期せぬ奇跡」が第一案で、その前に『バードマン』と持ってきたのは簡単に案を通すための、いわゆるギャグだったのではないか(その思考上の冷静と狂気の境界線を"Or"が担っているように思える)。案外、「もしも俺がヒーロー映画をやるなら、描くのはこんな話だ」と口をついて出た笑い話がこんな結果になったってことも考えられる。いずれにせよ、この即興性の強いアイディアに対抗するには、トニー・スタークが引退してジャズ・ミュージシャンにでも転向しない限り勝ち目はない。

もちろんイニャリトゥは皮肉だけに留まりはしない。彼が描くのはさらに向こう側の風景だ。人生の第二幕を狂気的なまでに開けようとするこの主人公の奮闘に、彼は「本来あるべきヒーロー」の姿を見出しているのではないか。コスチュームなんて要らない。闘う相手は自分自身。創造力という無限のパワーを使い、自分の内なる世界で破壊と再生を巻き起こす。そして舞台の上では、自分の痛みも恥辱も誇りも全てぶちまけて、あらゆる能力を総動員する。それが俳優、あるいは表現者という名のヒーロー。

外なる世界で「我こそはヒーロー」と声高に自分を表現するのもいい。でも我々が日常世界で欲するのは、そういった内側から込み上げてくる超常的なパワーなのだ。イニャリトゥは俳優マイケル・キートンを再生させたのではない。むしろ彼の身体を借り、あらゆる人間に自分の闘いがあることを気付かせる。そうやって第二章の幕がおごそかに開けていくのを全身全霊を込めて祝福した映画と言えるだろう。

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