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2015/05/17

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分

スティーヴン・ナイトと言えば『堕天使たちのパスポート』や『イースタン・プロミス』など、ロンドンの裏社会を移民の視点でえぐり出した見事な脚本で知られる。命の価値がちっぽけなものに思えてしまうほどの現実を描きながら、そこにある種の「不思議の国のアリス」的な導入というか、観客の視線を巧みに異世界へといざなう語り口も彼の持ち味。いまや、リチャード・カーティスは別格としても、ピーター・モーガンと並んでイギリス映画界を牽引する最高の書き手と言っていい。

そんな彼が、あまり世間的なお墨付きは得られなかった監督デビュー作『ハミングバード』(個人的には大好きなのだが)に続いて手掛けたのが、本作『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』だ。邦題が指し示すとおり、上映時間は86分。ただし、その短尺の中では極めて実験的な要素が炸裂している。本作を気に入ろうが嫌おうが、ほんのこれくらいの時間を新体験への投資に捧げるのも悪くない。

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では、なにが実験的なのか。まずこの映画は86分間、ほぼ車の車内ので繰り広げられる。そして実際に出演者として顔を出すのはトム・ハーディのみ。後はハイウェイの中で引っ切りなしに鳴り続ける電話を通じて話が進んでいくというわけ。

主人公アイヴァン・ロックは序盤、信号待ちの果てに、不意にハンドルを急旋回させてハイウェイを走り出す。バーミンガムからロンドンまで、約1時間半の旅路だ。本来なら家族の待つ自宅へと戻り、テレビでフットボール観戦する予定だった。

行き先を変えた理由は早い段階で明らかとなる。かつてロンドン出張で一度だけ一夜を共にした女性との間に子供が生まれようとしている。その出産予定が早まり、急遽ロンドンのセントメアリー病院へ駆けつけることになったのだ(この病院は先日、ロイヤルベイビーが誕生した場所でもある)。彼はその女性のことを「とりわけ美しいわけでもなく、どこか寂しそうな人だった」と語る。特別な愛があったわけでもなかった。いつか家族にも打ち明けようと考えていたが、これほど早く出産日が訪れるとは思ってもみなかったーーー。

彼はハンズフリーにて電話のやり取りをしながら、切羽詰まった状況をどうにかして打開しようと奮闘する。そして、映画が進むに連れてこの脚本の凄さが徐々に明らかになっていく。彼は単に生まれてくる子供を認知するためだけに車を走らせているわけではない。家族を捨てて新しい女性のもとに走ろうとしているわけでも、責任から逃げているわけでもない。いわば「過去の自分」を救うためにロンドンへ向かっていると見るべきだろう。というのも、車内では一切の回想を挟むことはないが、時おり無人の後部座席に向けて亡き実父への恨みや憎しみの言葉が吐き捨てられるからだ。

ロックにとってこの86分は「実父のあやまち」を子が繰り返さないための決意の旅でもある。それは恐らく生まれてくる子が同じ道を歩まぬための、未来を救う旅でもあるのだろう。狭い車内空間では線形に刻まれたストーリーラインと、垂直に掘り下げられた歴史が交錯する。そうやって縦軸、横軸による立体性を持った物語構造が重厚に立ち上がっていく。

さらに、このアイヴァン・ロックが建築会社の現場監督という設定が効いている。彼は翌朝に控えたコンクリートの流し込みによる基礎固めの責任者だ。部下への電話でこと細かな指示を出し、なおかつ「基礎の重要性」を熱く語る姿は、あたかも自分自身にそう言い聞かせているかのようかくも人生は(そして映画も)ひとつの建築物なのだ。基礎づくりを丁寧に行うことではじめてひとつの体を成していく。

こういった世界観をたった一人で具現化したトム・ハーディという存在。「ブロンソン」や「Warrior」ではプロレスラーなみのフィジカルの強さで人々を驚かせ、『ダークナイト・ライジング』『マッドマックス/怒りのサンダーロード』でその知名度は世界級になった。

彼の演じる役はよく何かしらの拘束具(あるいはそう見えるほどの重厚な衣装)を身にまとうことが多いが、そうやって見ると、『オン・ザ・ハイウェイ』の限定空間もまた、彼の身体を封じ込めた拘束具のように思えてならない。トム・ハーディのフィジカルな主張を抑制し、より内面の部分をえぐり出そうという算段か。その甲斐あって彼の存在感が一瞬たりとも飽きさせず、こんなにも熱く、スリリングに疾走する人間ドラマに仕上がった。

そしてスティーヴン・ナイトの力量。ひとつハンドル操作を間違えば大事故に繋がりかねないリスクを守りに入らず、よく攻めてみせた。見た目は極めてシンプルだが、その内部には人生の全てが凝縮されている。忘れないでほしい。1億ドルや2億ドルかけなくても良作は確実に生まれるのだ。

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