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2016/06/19

エマニュエルの作戦会議

中学校時代からの友人である太田正一くんが出演する舞台を観に、代々木上原の住宅街の一角に溶け込んだIto・M・Studioへ。”エマニュエルの作戦会議”による「あの娘のランジェリー」。映像作家としても知られる浅野晋康さんの作・演出。コンパクトな世界の中にポップな部分と、そのノリの良さの向こう側からせり出してくる不可解な人間性の闇みたいなものがバランス良く同居する作品だった。

高校バスケ部の遠征合宿に同伴した顧問教師とコーチたち。彼らが旅館の一室に会し、各々の報告業務を行う中で、とある女子生徒に関する話題が取り沙汰される。最近、自身の初めて執筆した小説が文芸誌の佳作に入選したという彼女。内容に目を通すと、どうやら舞台は高校バスケ部で、しかも顧問の教師たちの行動が赤裸々に描かれているらしくーー。

序盤は教師たちの会話劇を年長の学年主任(太田が演じている)が慣れた調子で回していく、のかと思いきや、話を聞いてくれない同僚に腹を立てて、自尊心が傷つけられた、もう一言もしゃべりたくないとばかりにヘソを曲げてしまう始末。こんな、たった4人の大人世界であっても、徐々に世代間の考え方や価値観のズレが言葉の端々、受け答え、処世術、仕草などから浮き彫りになっていく。教師からして一枚岩になれないこのバスケ部がなかなか勝てないのも当然といえば当然か。そんなことを考えながら、この舞台はコメディなのだ、このまま最後まで僕らは客席側で笑みを浮かべながら彼らの行動を、事の成り行きを見守ることになるのだ、と漠然とした確信があった。

その確信が覆されるのは、まず教師らが「あの娘が、私たちのことを小説に書いてるらしい」と気づき始める辺りからだ。蟻の観察箱の中に一つの「鏡」が置かれた格好といえばいいのか。彼らは自分らが一方的に生徒の観察者、指導者となっていたつもりが、逆に生徒から「見られている」「観察されている」立場でもあると気がつき、途端にソワソワしはじめる。

また、そこに当の作家の卵ともいうべき女子生徒から一つの告発が下される。「あの娘(別の女子生徒)が、下着売り場で万引きしているところを見ました」というのだ。こうしてコメディかと思われたストーリーは、ムクムクと本性を現し始める。女子生徒の告発は真実なのか、それともお得意のフィクション(嘘)なのか。またそれを取り巻く教師たちは中立的でありえているのか。どうすれば真実が解き明かされるのか。主張の裏側にはどんな思いが隠されているのか。まるでわからない地平線から、幾つかのレイヤーを超えて、おそらく自分でも全く想像していなかったであろう登場人物の「本性」が立ち昇っていく。

最小限の登場人物で織り成され、それぞれが人間模様の中で貴重となる音域を担う。時にドタバタと騒々しいやりとりながら、見ていても、聞いていても、とても心地が良いリズムが持続していく。誰一人欠けても、この椅子で二本立ちするかのような危なげなバランスは成立しえない。そのコンビネーションには目をみはるものがあった。そして後半部、これまで並べられてきた全てのカードが綺麗に裏返っていく巧さ。かつての己の発言が、自分自身に対して跳ね返って突き刺さる皮肉。おそらく社会は(そして日本は)、何か大きなことが起こっても、誰もが何事もなかったのだと平気に振る舞うようにできている。そしていつしか、大きな川が全てを飲み込んで、流れていく。本作はその異様な日常的習慣を、ちょっとだけ別の角度から見つめてみる試みなのだ。

友人の太田が出演する作品としては、これまでの中で最も持ち味が生かせている役柄のように思えたし、そう思えたからこそ、逆に昔から知る友人としてギョッとするような表情にこの舞台を通じて出会えもした。いや、彼だけでなく他のキャストもみんな個性豊かで魅了される部分が多かった。さすが俳優それぞれにあて書きされた台本なだけあって、書き手の観察眼と、各々の個性が滑らかに融合していて魅せる。Ito・M・Studioも、手狭な中にぎゅっと濃厚な演劇空間が凝縮され、観客に臨場感あふれる芝居の醍醐味を味わせてくれる。

この演出家、キャスト、箱でまた新たな作品が生み出される機会があれば、ぜひ足を運んでみたいと、そう素直に思える作品だった。

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