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2018/04/14

心と体と

*以下、『心と体と』のレビューです。読む人によってはネタバレと受け止める箇所があるかもしれません。各自の判断でお読みください。

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不思議な、とても不思議な映画を見た。ハンガリーから届いた作品だそうだ。かつて『私の20世紀』というとてつもなく惹かれるタイトルの、しかもパッケージがとてつもなく魅力的な映画DVDがリリースされていて、喉から手が出るほどほしかったが価格が高くて断念したことがあった。その監督による18年ぶりの新作とのこと。物語は幻想的なオープニングから幕を開ける。自然の中、雄鹿と雌鹿が、つぶらな瞳で互いを見合っている。ただそれだけなのだが、そこから鹿たちが陽光を見つめ、同じ陽光を人間たちが見つめるカットに切り替わる。観客としては幻想からいきなり現実へと連れ戻された形だが、このカットが見事。この導入部だけを見てもイルディゴー・エニェディが伝説の監督と呼ばれることに諸手を挙げて賛成を表明したい。

鹿。そして牛。そう、現実世界の舞台は生肉処理工場なのだ。ここでは先の鹿と同じくつぶらな瞳をした牛たちが運ばれてきて、血を流しながら処理されていく。食の現実、そして生命の現実。観客の中には目を背けたくなる人もいるかもしれない。そんな職場の日常を描きつつ、ここに勤務する男女の奇想天外な出会いはやがて、思いがけない結びつきへと展開していく。というのも、二人は毎夜、全く同じ「鹿の夢」を見ていることが判明するのだ。しかも互いに鹿となって。孤独な毎日を送る彼らは次第に距離を近づけていくのだが、それぞれに様々な事情を抱え、なかなか思い通りに事を進めることができない。これほどまでに思いあっているのに。

私の好きな映画にツァイ・ミンリャンの『Hole』がある。このラスト、絶望に苛まれた主人公を、上階の部屋との間に空いた天井の穴から伸びた手がヒョイとすくい上げる。本作『心と体と』でも、突発的、驚異的で、おそらく生肉処理と同様に苦手な人は目を背けるかもしれないシーンを過ぎると、ささやかな救いの顛末が待っていた。その瞬間、誰もがこの二人の男女のことを愛おしく思い、そして「うん、二人は大丈夫」とうなづいてしまうはずだ。

どうしてこんなに本作は魅力的で、不思議で、美しく、そして不可解なのか。私たち人間もおそらく、あの鹿や牛たちとさほど変わらない生き物なのだろう。ちょっとしたことで心と体は切り刻まれ、そしてちょっとしたことで目と目を合わせ、夢の中で出会い、互いに繋がり合える。ハンガリーの鬼才は脇役の老婆に至るまで実に魅力的な俳優ばかりを散りばめ、とても奇妙で美しいラブストーリーを奏であげた。こんな作品と出会えるからこそ、映画はやめられない。そう強く思わせる一作だ。


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