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2018/12/19

長崎へ 四日目〜真っ暗闇の平戸で大手を振って歩く〜

4日目の朝は平戸からスタート。宿泊先を朝6時半に出立すると、あたりは案の定、まだ真っ暗闇。例のごとく手をぶんぶん振りながら横ギリギリを走り抜けて行く自動車に轢き殺されないように必死のアピールを繰り返して平戸口桟橋のバス停を目指した。そこから僕の生まれた年に完成した平戸大橋を越えて、中心街の平戸桟橋まで15分。始発バスは朝早くから登校する高校生が複数名乗っていた。彼らは学校前のバス停でみんな降りていってしまったが、その際の降車のやり方が実に興味深い。みんなして後ろの方を振り返り、最後列から順々に降りていくのだ。きっとこの学校ではバスの乗り方としてこのように指導されているに違いない。

ただし、このとき、僕自身が最後尾に座っていたことが事を複雑にした。学生達はリュックを抱えた僕の方をじっと見つめ、降りるのか降りないのかを2、3秒見定め、「ああこの人、学校関係者ではないんだな」という暗黙の判断を下した上で、降車を開始したようだった。彼らにとってみれば、僕は担任教師と同じかそれより年上となるのだろうか。ほんの数秒の間ではあったものの、僕と彼らとの間で、バーチャルな先生と生徒の関係性が僅かばかり香ったのが非常に興味深く感じられたのだった。


平戸の滞在時間は1時間。例のごとく教会だけを狙い撃ちして、一路、聖フランシスコ・ザビエル記念教会へ。

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これまで写真ではみたことがあったものの、朝もまだ明けきらない内に、いざ自分の目で眺めてみると、やはりその外観は衝撃的だ。鉛筆のような、蝋燭のような。薄いグリーンの色彩も、唯一無二の存在感を放つ。平戸はザビエルが3度に渡って訪れたゆかりの地。その「記念」の意味合いをこのような形状と配色とで表現している点に感銘を覚えてやまない。

ちなみに、平戸名物ともいえる「教会と寺院が一緒にみえる場所」でも一枚パチリ。こういった光景が成立しているのも平戸らしいところなのだ。

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1時間はあっという間に去った。続いて、平戸からほど近いところにある田平天主堂へ。ここは黒島や外海などから多数のクリスチャンが移住してきた地としても知られる。本来ならバスで赴き、停留所から目的地まで30分ほどの過酷な坂道が待っているはずだった。が、たまたま平戸桟橋の案内窓口で行き先について尋ねたところ、「あ!田平天主堂に行かれるとやったら、このバスで直ぐそばまで行けますよ!」と咄嗟にいわれ、まさにすがるようにしてそのバスをつかまえてハアハア言いながら乗り込んだのだった。一日に一本か二本しかないレアな便に運良く乗ることが出来たのは、つい先ほど巡礼した薄緑の教会のご利益だろうか。

そのままショートカットで田平天主堂へ。

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こちらは当初、世界文化遺産の構成要素に含まれていたそうだが、諮問機関の指摘を受けて(「禁教期のみ」のみにテーマを絞ることとなり)田平天主堂は外されることに。だが、この教会建築は本当に素晴らしかった。上空の雲が太陽を覗かせてはまた隠し、その度に陽光の強さが天主堂の内外の表情を刻一刻と変容させて行く。

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また、レンガひとつひとつの色が異なり、まるでファミコンのドット画のような不思議な文様を生み出しているのも面白い。併設された案内所の方にお聴きしたところ、この天主堂は設計を担った鉄川与助さんにとっての「レンガ造り教会の集大成」とも言われているそう。この後、関東大震災を受けてレンガ造りは強度に問題有りとの認識が広まって、少なくとも教会建築においては作られなくなったという。

本日はまだまだ終わらない。松浦鉄道でフェリーターミナルのある相浦までおもむき、黒島へ。ここには世界遺産の構成要素「黒島の集落」がある。そこに建つ黒島天主堂は、「坂道のアポロン」に登場する場所として若い世代の間でも有名だ。フェリーの出航時刻は13時。そこから50分かけて黒島へ向かい、30分かけて延々と続く坂道を歩き、40分間のうちに天主堂を見学し、そしてまた30分かけてターミナルへと戻る。そうしなければ同日に本土へ帰る事ができなくなる。まさに時間との勝負。

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教会巡りをしていると、美しさに見とれるあまり時間を忘れてしまうことがよくある。そのため今回はしっかり携帯が時間を知らせてくれるようセットしておき、万が一の事が起こらないように手を打っておいた。1902年に完成したこちらの天主堂は内部が木の質感で満ち満ちている。が、実際の木材に木目を描くことによって高級な木材のようにみせるなどの工夫が行われているのも特徴的だ。

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実はこの黒島天主堂、本来なら11月から補修・耐震工事が始まっているはずだった。しかし様々なニュースをチェックしてみると、離島で長期に及ぶ難度の高い工事が必要になるとのことで入札業者がいなかったようだ。それゆえ、この時期に行ってもまだ見学する事ができたのだ(今のところ、工事開始は2月に後退)。

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黒島から無事に相浦へと着き、そこから再び松浦鉄道で佐世保へと移動。車両内には僕以外にも大きなリュックを抱えた旅人が二人いて、いずれも鉄道関係の旅を続けている人らしく、何度も立ち上がっては線路や駅にカメラを向けていた。僕らは互いに同じような生態系の匂いを感じ取ったのか、最初は座席の距離も近かったのだが、いつの間にか互いを鑑賞し合わないよう、ある程度の離れて座る間柄になっていた。これは一人旅を続ける旅人同士の配慮というやつなのかもしれない。

佐世保からは長距離バスで長崎へ移動。この日はホテルではなく、浦上にあるカトリックセンターというユースホステルに一泊させてもらった。ここはトイレも風呂も共同ながら、とても配慮のいきとどいた素晴らしい場所として広く知られる施設だ。1981年にローマ法王、ヨハネ・パウロ2世が来日した際にもここの3階に泊まられたという。宿泊部屋の窓からは目の前に浦上天主堂が見える。よる12時にアンジェラスの鐘が鳴った。

本当に長か一日やった。あすは朝5時50分集合で、希望者を募って早朝ミサ体験ツアーがあるという(もちろん参加表明)。果たしておいは、無事起きれるとやろうか。



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