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2020/01/23

追悼テリー・ジョーンズ

学生時代の頃だったろうか。友人と公園でパンを食ってたら、鳩がその食べクズを狙って何気なく近づいてきて、ああもう鬱陶しいな、こんな鳩、爆発しちゃえばいいのに!とちょっとだけ過度な言葉をこぼした時、ふと友人が「それ、モンティ・パイソン」みたいだな、と口にしたのだ。その時、僕はモンティ・パイソンが何たるかを全く知らなかったから、今思えばコムデギャルソンとかと同じ響きを持つ言葉として「なんだかオシャレでかっこいい」とすら感じていたかもしれない。で、その時、友人から教えてもらったのは、彼らが6人組のコメディ集団であること。しかもメンバーの一人は『12モンキーズ』などで知られるテリー・ギリアムだということだ。

60年代にBBCで伝説的なコメディ番組をスタートさせた彼らは、タブーをものともせず、権力を笑い飛ばして、あらゆるものを揶揄し、馬鹿げたものの中に知的なものを、そして知的なものの中に馬鹿げたものを見出す天才だった。彼らが掲げ、振り下ろすナンセンスという名の武器。その唖然とするような切れ味はもはやコメディを超えた芸術的な域にまで達していたように思う。僕らは画質も音質も最悪のVTRのテープで彼らのスケッチを擦り切れるまで見た。ある日、本当にテープが擦り切れて、こんなことって起こるんだなと感じたものだ。面白いことにそれから間もなくしてTVシリーズのDVDが発売され、あの頃の努力はなんだったんだと思ったが、今になって思うと、観るときの手間暇ってやつはそのまま付加価値となってより頑強に記憶を補強しているらしいことにも気づく。あの時に見たモンティパイソンは最高だった。今なおそう思う。

テリー・ジョーンズが亡くなった。彼のチームメイト、テリー・ギリアムの新作『ドン・キホーテ』が日本公開される直前の出来事である。これまでタブーを恐れず死さえも笑い飛ばしてきたパイソンズだけに、今回も何らかの目配せがあるように思えてならないのだが、今朝見たニュース映像では親友のマイケル・ペイリンが泣いていた。「もう、あいつと飲みにいけないんだ」と泣いていた。そんな姿を見て、ああ本当なんだ、と実感が湧いた。

甲高い声、女装姿、それから全裸で尻を出してオルガンをジャジャーンと弾く姿。それから歴史家としての一面も併せ持ち、数々のスケッチでもそのこだわりを強くにじませてきた彼。情熱的で、その熱心さが時に頑固さへと逆噴射することもあっても、それも全部込みで世界中から愛されてきた彼。

映画監督としても『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』でテリー・ギリアムと共に共同監督を務め、単独で監督した『ライフ・オブ・ブライアン』(この時、監督は一人の方がよかろうという方針もあって、ジョーンズが監督し、ギリアムはプロダクション・デザイナーに徹した)では宗教上のタブーを冒し、世界中で大論争を巻き起こして、パイソンズの名をさらに高めることにつながった。それ以上でもそれ以下でもないのかもしれないが、彼らの築き上げてきたものは、あらゆるものに遺伝子として受け継がれている。ご冥福をお祈りするのと共に、心から感謝の気持ちを捧げたい。

 

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