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2020/02/14

1917 命をかけた伝令

サム・メンデスが長回し撮影を駆使して第一次大戦の混沌たる戦場を描いた『1917』が公開を迎える。

個人的に、戦争映画というと『プライベート・ライアン』の冒頭場面が思い出されてやや臆病になってしまう私なのだが、今作は戦争の非情さは表現されても残虐描写が強調されることはなく、レーティングも「G」。むしろ、舞台演出家でもあるメンデスらしい独特の空間設計、時間設計が印象を刻む重厚作に仕上がっている。とりわけ、兵士が塹壕から戦場へ飛び出し周囲を見渡す時の、あらゆる生命が根こそぎ奪われた後の「からっぽ」感には言葉にならないほどの思いが迸った。これらは先人たちが築いた戦争映画で感じたことのないものだ。

そこに執念とでも呼びたくなるような「長回し撮影」が加わる。もちろん、長回しは目の前で何が起こるかわからない極限の緊張感と臨場感をもたらすもの。本作におけるこの手法をもう一歩進めて解釈すると「カメラが回り続けていること=兵士が生きていること」とも捉えうる。一つのミスもゆるされない途切れなき映像が、髪の毛一本分の境目で隔てられた生死とも重なり合い、そこに並々ならぬ状況と意味が生まれているのである。

こうして我々はまるで伝令を受けた兵士の一回生(一度きりの命)を体験するかのように一緒にほぼリアルタイムの旅を続け、いつの間にか、彼が戦場で感じたこと、触れた思いさえも同じ目線で共有するようになっている。まさに運命共同体である。

この映画に感銘を受けるのはそれだけではない。長回しでとらえる映像を決して単調なものには終わらせず、最初にひたすら塹壕を歩き回るあたりが序曲ならば、そこから飛び出して展開部を迎え、息をのむほどの迫真の戦場アクションや驚きに満ちた試練を乗り越え、その全てを集約するかのような壮大なフィナーレへとなだれ込んでいく。そんな徹頭徹尾、音楽的とも称したくなるほどのうねりの構造がしっかりと練られているのだ。

この光景が実際に広がっていた時代から100年が過ぎ、第一次大戦もすっかり過去の昔話として扱われがちだ。が、モノクロの記録映像に音声と色を施したドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』と同様、これは当時の状況や兵士たちの感覚をヴィヴィッドに蘇らせることで歴史や記憶をつなごうとする、一つの試みでもあると思う。先日のアカデミー賞では有力作と言われながら惜しくも作品賞を逃したが、作り手たちの思いを結集させ、表現技術の限界にまで迫った傑作であることに微塵も変わりはない。

 

 

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