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2020/02/17

『おばけ』という映画を見た

国立フィルムアーカイブで開催されたライジング・フィルムメイカーズ・プロジェクトという企画上映にて『おばけ』という映画を見た。ぴあフィルムフェスティバルでPFFアワードグランプリを受賞した作品だ。タイトルにJホラー的な香りを感じる人もいるかもしれないが、その実態は全く違う。いざ映画が始まると、これがジャンル分け不能なのはもちろんのこと、我々の常識を一枚も二枚もつき破る映画であることがすぐにわかる。かといって小難しさは一切ない。この映画の前では何も難しいことは考えずに、スクリーンにほとばしる愛おしさ、おかしみ、優しさ、温かさ、穏やかさ、人生の喜び、苦味といったものにただただ身を委ねていたいと、そう強く思わせる作品なのだ。

 

本作を特殊なものたらしめているのは、やはり作り手の「ひとりだけで映画を作る」という姿勢だろう。監督ご自身は「誰かがいるとすぐに喧嘩してしまうから」と語っておられるが、もはやこの時点で「映画はひとりで作るものではない。みんなの力を結集させた総合芸術だ」という観念とは真逆のスタンスで作られていることがわかる・・・いや「真逆」ではないな・・・むしろ同じ方向性の果てにある、もっとも純度の高い映画的境地というべきか。少なくとも映画を作る人、何かを表現する人、何かをやり続けている人、あるいはかつて何かをやり続けたことがあったり、これから続けていきたいと思っている人も全部ひっくるめて、本作の前では誰もがある種の「究極の形」に触れたかのような敬虔な気持ちにさせられるはず。

それだけではない。この映画には並々ならぬ「面白さ」がある。我々を発想の別次元へと連れ出してくれるような面白さが。まずは幕をあけると、映し出されるのは山、森、自然。そこに作り手が被写体としてカメラの前に立ち、山に登ったり、自転車で徘徊したりする姿を映し続ける。我々は一体何を見せられているのか?こういう自然映画なのか?と訝しく思っていると、途中からふわふわと不思議な光が舞い上がっていき、夜空に広がる大宇宙では星たちが和やかに会話を始め・・・メタ映画的な展開はいつしかストップモーションを駆使した「銀河鉄道の夜」的な世界観にまで達して、今度はさらにそこを超えた現実的な映画作家の心根へと帰結していく・・・と、ここまで書いて、私の言葉は本作の面白さと特殊性をどれも正確に掴みきれていないと半ば絶望している。やはり本作の前では、最終的に「見て!」と言い放って逃げるしか術はないのだろうか。

果たして「おばけ」というタイトルは何を意味しているのか。夜空に輝く星たちや、その周囲で巻き起こる超現実的な現象のことなのか。それとも生きているのか死んでいるのかもわからぬ感じで映画製作に打ち込む作家ご自身の形容なのだろうか。私に答えは出ないが、ふとこみ上げるのは、この世の不思議だ。気づくと自分以外のところから降りてくるふわふわとした存在があったり、知らないところで見つめている眼差しを感じたりするもの。私たちはそのようなものとコンタクトを取り合いながら何かに突き動かされたり、着想したりして日々を送っているのかも。そんなことを考えていると、日頃の小さな悩みや辛さが銀河宇宙へと吹っ飛んでいくように思えた。この映画には本当に人を救う力があるのかもしれない。

*『おばけ』は4月18日よりポレポレ東中野にて劇場公開されることが決定しました。

 

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