映画部#2
いよいよ『クローバーフィールド/HAKAISHA』が公開!ってことで、またもや夜な夜な「映画部」が開かれました。他愛のないおしゃべりにどうぞお付き合いください。
この雑談は『クローバーフィールド』の内容に触れています。純粋に映画を楽しみたい方は取り扱いに充分注意してください。
●テロの記憶からどれだけ遠ざかれるか
ひまわり親方(以下、ひ):
“『ブレアウィッチ・プロジェクト』、再び”って声も高いけれど、『ブレア』が「アイディアだけ」の映画だったのに対して、『クローバー』はその“ハンディカメラ”という限定的な視点を生かすために全精力をつぎ込んで、とんでもない特殊効果を付け加えた感が強い。
牛津(以下、牛):
そうだね、時代は『ブレア』の頃と比べものにならないくらいに過剰な先鋭化を遂げて、いまやどこにでもメディアがあふれかえってるからね。i-podに、携帯電話に、ハンディカメラ。もはや映画の撮影カメラが定位置でドーンと構えて、さあ、パニック・アクションを撮るぞっ!て時代は過ぎ去ったのかもね。『インディペンデンス・デイ』のホワイトハウス爆破の衝撃も、『アルマゲドン』の隕石落下もすっかり過去の産物に成り果ててしまった。
ひ:皮肉なことにそれらの衝撃をいとも簡単に超越してしまったのが「9.11テロ」の映像だったわけで、不謹慎を承知の上で言わせてもらうと、あと10年間くらいはあれ以上の映像に出逢えないと思う。
牛:あの不測の大事件で「カメラは傍観者ではない」ってことが証明されたよね。ビルに追突する旅客機、それにかぶさるように聞こえてくる「Oh my God」の声は、その視点が決して無機質で中立的ものじゃなく、傷つき、取り乱す生き物なんだ、ってことを改めて教えてくれた。
ひ:J.J.エイブラムスは絶対に否定するとは思うけれど、『クローバーフィールド』のアイディアを辿っていくと絶対その記憶に触れることは避けられないと思う。
牛:もうさ、破壊されていくニューヨークの映像を観ながら、9.11から6年しか経ってないのに大丈夫なのか?って思った。全米公開のときも「カメラが揺れるので気分が悪くことがあります」って注意書きが劇場のそこかしこに貼られたらしいけど、あれは別の意味もあったと思うよ。
ひ:つまり「テロの記憶を呼び覚ます危険性があります」っていう?
牛:うん、観客にあらゆる意味での“衝撃”を覚悟させるための予防線だったんじゃないかな。でも、テロの被害者でこの映画を観たいと思う人はゼロに等しいと思うけれど。
ひ:J.J.エイブラムスは「これは遊園地のアトラクションみたいなものです!安全に遊べるジェットコースタームービーです!」って強調することで「テロの記憶」からの脱却を図ってるよね。
牛:そして極めつけは、この極限状況を作り出す“元凶”として、ニューヨークの真ん中にとんでもない生物を降臨させるという…
ひ:日本人なら誰もが「あっ!」と思っちゃうよね。J.J.エイブラムスもこのアイディアを日本でひらめいたって言ってるし。
牛:見方によっちゃ、あのローランド・エメリッヒ作品のオルターナティブとも言えるかもね。
ひ:それに、エンディングテーマ曲、聴いた?
牛:うんうん、あそこで絶対に席を立っちゃダメだよね。日本人にとってはどこか懐かしさすら感じさせるあの曲調、ぜったい“あの映画”へのオマージュに違いない。それに女性の神秘的なソプラノはむかしの東宝SF映画を思い出させる。
●なぜそこにカメラが存在するのか?
ひ:それにしても、冒頭の15分くらいはツラかったね~。男女のイチャイチャするくだりなんて観たかねえつうの(笑)。
牛:純粋なパニックムービーを楽しみにきた人なら空き缶投げたくなるよね。金返せ!って。でもさ、注意してみてると、映画の構成としての複線がたくさん貼られてて、後から「なるほど」と感心しちゃうところもあった。
ひ:たとえば?
牛:サプライズ・パーティーを企画する友人たちが、それぞれカメラに向かって名前とメッセージを吹き込んでいくシークエンスは、実はラストシーンに繋がっているという…
ひ:あれは皮肉なつながりかただったね…。あと、カメラを向けられるとみんなどこか“よそ行きの顔”をするところも面白いよね。
牛:懺悔でもしてるみたいに神妙な表情になったり、今まで言えなかったことを伝えようとしたり。
ひ:あと、俺、この衝撃的な記録映像がすべて“重ね撮り”されたものだったっていう設定にはかなり驚いた。
牛:そうそう!初めのほうで“大事な映像に上書きされてる”ってことが分かって、持ち主がかなり落ち込むんだよね。あれはかなり重要な複線になってる。
ひ:黒沢清の『ニンゲン合格』で、テレビの臨時ニュースを交えて家族が茶の間に勢ぞろいするっていう奇跡的なシーンがあるけど、俺はこの“重ね撮り”にそれと匹敵するくらいの斬新さを覚えたなあ。
牛:いまこの瞬間に撮影を続けることで、もとに映ってた恋人たちの記録が刻一刻と消滅していってるんだよね。映画の裏側で“記憶のデッドヒート”が巻き起こっている。最後に残るのはどっちの記録だ!?っていう。
ひ:カメラの記録容量って、僕らの頭の中の記憶要領を象徴的に表したものだよね。何かとんでもないことが巻き起こると頭の中の大事な記憶がぶっ飛んじゃうけど、それはこの映画が描く“上書き”って概念に似ているかもしれない。
●誰でも撮影者になりうる時代がやってきた
牛:本作の隠れた主役(=撮影者)はパーティーの直前にいきなり「お前、今日、カメラ役な!」ってハンディカムを渡されるんだよね。
ひ:あの“素人カメラマン”が大惨事の渦中に巻き込まれ、突如“歴史の記録者”に変貌する瞬間は想像するだに恐ろしいよね。
牛:ああいうとき、単純にカメラを切って逃げればいいのに、彼は片時もカメラを放そうとしない。さっき言ったみたいに、ほんの成り行きでカメラマンに抜擢されただけなのに。でもその“カメラを放したくても放せない”って気持ちは、現代人としてなんとなく理解できる。
ひ:何か起こったときにカメラを回し続けるっていう衝動は、それだけ世界中で市民権を得てきてるよね。ミャンマーのデモだって、チベット暴動だって、そういう衝動的に撮影されたものがたくさんあって、いまやYoutubeで世界中に発信されているわけだし。
牛:『クローバーフィールド』ではカメラを回し続ける彼に「不謹慎だからやめろ!」って言う人は誰もいない。不快感を露にする人はいるけどね。
ひ:それどころか、吹っ飛んできた自由の女神の頭部を囲んで、思わず携帯ムービーを撮っちゃってる人がいたよね。みんな逃げることより「あ、ムービー撮んなきゃ!」って衝動のほうが強いんだよね。
牛:それだけパニクってる、って意味でもあるんだろうけど。
ひ:パニックのバロメーター?
牛:うん、「カメラを回さなきゃ」っていう責任感が半分と、「あまりに怖くてカメラなしでは直視できない」っていう気持ちが半分と…あれ、いまのセリフ、どこかで聴いたことあるような…?
ひ:それ、『ブレアウィッチ・プロジェクト』のセリフだよ。
牛:そうか、やっぱり『クローバー』も、僕らも、あの映画に大きな影響を受けてるのかな。認めたくないけど。あと、『ゴジラ』ね。『ブレアウィッチ』+『ゴジラ』がこの映画の正体!
ひ:『ブレアウィッチ』は第2弾、第3弾も作るって言ってたけど、あの後、どうなったんだろう…。そういや、『クローバーフィールド』も今後、続編が出来るみたいだよ。あのバケモンがどうなったか分からないし、どうも日本の企業とかが絡んできたりもするらしい。
牛:メカゴジラとかキングギドラと闘うのかな?うーん、今作は楽しめたけど、正直、第2弾はもう観たくないな…親方は?
ひ:俺も、腹いっぱいかな…。あくまで手法として堪能したのであって、新たな怪獣とか、ディテールとか、残された謎とか、けっこうどーでもいい感じ。
クローバーフィールド/HAKAISHA
製作:J.J.エイブラハム
監督:マット・リーヴス
出演:リジ-・キャプラン、ジェシカ・ルーカス、T.J.ミラー、
マイケル・スタール・デイヴィッド、マイク・ヴォーゲル
(2007年/アメリカ)パラマウント ピクチャーズ ジャパン
4月5日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー
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