2020/03/29

『羅生門』(50)

いくつもの県で外出自粛が言い渡されたこの週末、NHKで『羅生門』が放送された。3月23日で生誕110周年を迎えた黒澤明監督の代表作『羅生門』は、「人によって”事実”の捉え方は全く異なる」という意味合いで、今なお時代や文化を超えて世界中の数多くの映画で応用される。興味深いことに、以前見た印象と、今回改めて見た印象は全く違った。自分の中でさえ、その時々によって別人のように受け止め方が変わるのだから、これが他人どうしなら尚更の事だ。

シンプルな状況数式に次々と変数が加えられ、はじき出される数字がどんどん変わっていく。猛スピードで野山を駆け巡る主人公を照らす木漏れ日がまさにその変数をも思わせ、ある意味、万華鏡的。また、耳を澄ますと聞こえる早坂文雄の「ボレロ」風の音楽が、迫りつつあるも、なかなかやってこない”何か”を示唆しているかのよう。手が届きそうで、その実、なかなか手で触れられない。真実はかくも迷宮のごとし。我々は真の意味では究極の答えにたどり着けないことを知りながら、それでもなお手を伸ばして求め続けねばならない。それが絶望しないということだ。あのひ弱そうな志村喬の最後の表情は、己に圧倒的に欠けたものや矛盾を受け入れながら、それでも未知数を抱きしめて生きようとする姿に見えた。

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2020/03/28

『断崖』(41)

相変わらず、毎晩の精神安定剤のようにヒッチコック映画を摂取している。おかげさまで眠りも深い。特に白黒映画というものは視覚的な刺激を抑え、心を和らげてくれる効果があるのかもしれない。本日は『断崖(原題:Suspicion)』という作品。見るからに思わせぶりなタイトルだが、驚くべきことに序盤はなんともメロドラマ的な展開が続く。列車内での男女の出会い。逢いびき。駆け落ち同然の結婚ーーー。ああ、このまま二人のラブゲームが続くのかと思ったその時、ケイリー・グラント演じる男が放ったセリフがこれまでのどんなサスペンスやミステリーにも増して衝撃的だった。「カネ?俺、全然持ってないよ。無一文なんだ」。

そこからジョーン・フォンテイン演じるヒロインの葛藤の日々が始まる。実は、夫は虚言癖の塊みたいな男で、しかも一つ間違うと何をしでかすかわからない危なっかしさがある。疑心暗鬼にかられた妻は、だんだん夫のことが信じられなくなり・・・というお話。原作ものだが、ヒッチコックは案の定、結末をガラリと変えたそう。このジワジワと絞められていくような展開を、いつの間にかのめり込みながら見ている自分に気づいた。夫婦間のサスペンスは恐ろしい。通常ならグラントはヒッチコック作品でユーモラスな役柄を演じることが多いのに、時にはこんな役もやっちゃうのかとヒリヒリしたものを感じた。その意味ではかなり異色作と言っていい。というわけでおやすみなさい。

 

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2020/03/23

『恐竜が教えてくれたこと』

児童文学が原作とはいえ、この映画は決して侮れない。

むしろ子ども時代を経由していつの間にか大人になってしまった私たちの方こそ、本作の展開に感じ入ってしまう部分が多いのではないか。

 

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2020/03/17

「The Fall 落下の王国」

ターセム・シン監督作『落下の王国』について書かせていただきました。公開時にも、この一筋縄ではいかない語り口に魅了され、「物語の湧き上がってくる場所(本作では、人と人とがふれあう狭間に”物語内物語”が生じていく)が面白い」と知人と語り合っていたのですが、その映画作りの裏側はもっと一筋縄ではいかないものでした。お時間ある方はぜひ、作品鑑賞と合わせてお読みいただければ幸いです。

ところで、本作はターセム監督が「この人と結婚して生涯を共にしたい」と心から願っていた恋人と破局を迎えたのを機に、制作が始まったとのこと。様々な映画の裏話を覗いていると、映画監督の中には自分の強みや長所よりもむしろ「何らかの苦しみや自分の弱さ」をバネにしてとんでもない名作を作り上げる人が多く、これは一体なんなんだろうな、と思わされます。

例えば、スピルバーグは自らの映画作りの原点について「僕はただ怖いと感じてるものを自分から取り出したかっただけだよ。(中略)怖くなくなって正視できるようになるから。そしたらやがて、自分がちょっとモンスターなものだから、みんなにも怖がってもらおうと思い出したんだ」「だから、僕にとっては(映画作りは)一種のセラピーだよ。自分の暮らしから追い出して、あなたがたの真ん中にドカンと置いてみた、みたいなこと」(J.リプトン著「アクターズ・スタジオ・インタビュー」2010/早川書房/酒井洋子訳)と語っています。

自らの感受性をうまく転換させて別次元へと放出する。あるいは、苦しみから少しずつ抜け出していく過程、魂が抜け出すかのように自分をどんどん俯瞰して見つめることで、そこに何らかの”表現すべき世界”が立ち上がっていく・・・そういった幾つかの心理的、精神的な作用すら思い浮かびますが、つまるところ私たちの苦しみや悲しみというものは、常に大きな力にもなりうるということなんじゃないかな、とぼんやり考える午後。

 

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2020/03/11

ヒッチコック『舞台恐怖症』('50)

ヒッチコック作品の中でさほど知名度は高くない。私の中でもなぜかメロドラマ的なイメージがはびこっていて、これまできちんと観たことがなかった。が・・・喰わず嫌いってものは本当に良くない。これ、ものすごく面白い娯楽作で、キャラクターや展開、そして「演じること」を活用した物語構成が実に巧みな点に胸を鷲掴みにされた。

メインとなるのは、愛する人の殺人容疑を晴らそうと「役になりきる」才能を活かして渦中に潜り込む見習い女優。そこで対するは大物女優。舞台では共演することの叶わぬ二人が、舞台外にて虚構性の刃を突きつけ合う。この二重構造がスリリング。また終幕に向けて劇場構造を活かした動線が周到に構築されていくのも面白い。

特筆すべきは、やはり冒頭の回想シーンだろう。公開当時、この使い方が納得いくものかどうか、ヒッチコック自身も思い悩み、世間の評価も割れたそうだ。しかし70年の時を経て初鑑賞した私の目から見ても、思わず「あっ!」と声を上げてしまうほど鮮やかなトリックだった。主演のジェーン・ワイマンが『アメリ』のオドレイ・トトウのようで可愛らしい。この時すでにオスカー女優だったそうだが、その風格を微塵も感じさせないところがまたいい。

Stagefright04

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2020/03/09

『コロンバス』

3月14日より公開を迎える劇映画『コロンバス』にとても心奪われました。

 

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2020/03/05

アマデウス

今から35年前のオスカーに輝いた傑作『アマデウス』について書きました

『アマデウス』と聞くと、クラシック音楽好きな方以外はどうしても体が膠着してしまうかもしれません。でも、これを「才能に恵まれた者」と「そうでない者」との人間ドラマとして見つめると、我々にとっても身近な物語のように思えてきます。まあ、間違いなくモーツァルトとサリエリの(フィクションをはらんだ)物語なのですが、これをあえてミロス・フォアマン監督の作家性や彼のたどった人生を通じて見つめてみました。そこで何が見えてきたかについてまとめています。

オスカーに輝いた『カッコーの巣の上で』や『アマデウス』を始め、フォアマンの作品はとにかくそのパワフルな人間描写が魅力。コロンビア大学ではジェームズ・マンゴールドの指導教授だったことでも知られる彼ですが、パワフルな人物描写といった部分はマンゴールドにもしっかりと受け継がれているように思えます。

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2020/03/04

ストラトフォード・アポン・エイヴォン

今週末公開(と言っても新型コロナウィルスの影響で上映館はごく限られてしまいますが)のイギリス映画『シェイクスピアの庭』は、我々がよく知る人気劇作家のお話でありながら、焦点が当てられるのは彼の全盛期というわけではなく、あまり知られていない時期。ロンドンのグローブ座焼失後、大きな失意を抱えて妻や娘の暮らすストファトフォード・アポン・エイヴォンへと戻った頃から晩年にかけてがメインとなります

過去にも数々の舞台や映画でシェイクスピア作品と真摯に、情熱的に向き合い続けてきたケネス・ブラナーが自ら監督と主演を兼任しており、人生を慌ただしくひた走ってきたシェイクスピアが生まれ故郷のこの町でフッと一息つくときに心の片隅をよぎっていく風景がとても美しく、丁寧に綴られています。ある理由から、彼は「庭づくり」に精を出し始めるのですが、この辺りの心象を投影させるかのような描き方にも興味深いものがあります。

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2020/02/17

『おばけ』という映画を見た

国立フィルムアーカイブで開催されたライジング・フィルムメイカーズ・プロジェクトという企画上映にて『おばけ』という映画を見た。ぴあフィルムフェスティバルでPFFアワードグランプリを受賞した作品だ。タイトルにJホラー的な香りを感じる人もいるかもしれないが、その実態は全く違う。いざ映画が始まると、これがジャンル分け不能なのはもちろんのこと、我々の常識を一枚も二枚もつき破る映画であることがすぐにわかる。かといって小難しさは一切ない。この映画の前では何も難しいことは考えずに、スクリーンにほとばしる愛おしさ、おかしみ、優しさ、温かさ、穏やかさ、人生の喜び、苦味といったものにただただ身を委ねていたいと、そう強く思わせる作品なのだ。

 

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2020/02/06

『ムーラン・ルージュ』公開から19年。豪華絢爛たるイマジネーションの世界は今なお色褪せない

ふと気がつくと、この映画の劇場公開から19年もの歳月が過ぎ去っていました。月日の経つ早さに唖然とするのは当然として、もっと驚かされるのは、本作『ムーラン・ルージュ』が今なお、まるで昨日出来上がったほやほやの映画のようにみずみずしく、ノリに乗っていて、最高に活きの良い映画だということ。普通はこれだけCG満載なら少しくらい技術的なほころびのようなものが出てきそうなもの。でもそれが全くと言って良いほど見当たらない。これってかなりの神がかり的なことだと思うのです。

この映画に関してはまず最初に有名アーティストによる名曲にばかりスポットが当たるのですが、今回、もっと硬派なところを切り取って記事を書かせてもらいました。ぜひご覧くださいませ。

 

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