2020/03/31

『第3逃亡者』(1937)

英国時代に『暗殺者の家』(34)、『三十九夜』(35)といった快心作で多くの観客を沸かせたヒッチコックだが、続く『間諜最後の日』と『サボタージュ』では若干シリアスな方向へと振れ、これが37年製作の『第3逃亡者』になるともう一度ワクワクするような冒険要素を取り戻し、さらなる英国時代の集大成『バルカン超特急』へとバトンを渡した感が強い。

主人公は浜辺で他殺体を見つけた若き男。彼は警察から容疑をかけられる中、ふとした隙を見て逃亡する。目的はただ一つ。真犯人を捜すこと。だがどういうわけか警察署長の若き娘(彼女がもう一人の主人公となる)が行動を共にするようになり、二人はケンカしながらも「鍵を握る人物」の発見に全力を尽くすのだが・・・。

原題の"Young and Innocent"は、若くて純真なヒロインと、若き無実の男、その双方を指しているのだろう。これに対して邦題は『第3逃亡者』とやや分かりにくく、さらにアメリカでも公開時は"The Girl was Young"という米題だったそうだ。ともあれ、ヒロインの肝っ玉の強さが事態を切り開き、さらに第3番目のキャラとなる人物が飄々と仲間に加わることで、にぎやかな3人組になるのが楽しい。

極め付けはラストのダンスホールの場面。天井近くにカメラを据え、玄関口から徐々に移動し、そこからクレーンを使って踊っている人の合間を縫って、ステージ上の楽団に割り込み、いちばん奥でドラムを叩く人物の顔をクローズアップする。この一連のカメラワークをワンカットで捉える流れが素晴らしいのだ。つくづく、物語を伝えるのは役者のセリフだけではないことに気づかされる。カメラも込みで「第4逃亡者」と銘打って欲しいところだ。

Youngandinnocent2
第3逃亡者 Young and Innocent
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:デリック・デ・マーニー、ノヴァ・ビルビーム
原作:ジョセフィン・テイ
撮影:バーナード・ノールズ
1937年/イギリス/84min.

 

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2020/03/18

ヒッチコック「間諜最後の日」(36)

真夜中に少しずつ見進めていくヒッチコック作品の数々。本日は1936年の『間諜最後の日』を楽しんだ。原題は"The Secret Agent"。 この前作にあたる傑作『三十九夜』(こちらについては過去に記事にしたこともあり)はジョン・バカンによる原作モノで、対する本作はサマセット・モームが原作。いずれの作者も諜報員だったり情報部に属する軍人だったりと、きな臭さでむせかえる世界情勢を読み解き、エンタテインメントに落とし込む才に長けていた人たちだ。

Secretagent

ただ『三十九夜』が英国内を確固たる動線をたどって駆け巡る躍動感に満ちているのに比べると、『間諜最後の日』は第一次対戦中の緊迫したヨーロッパが舞台でありながら、何が目的なのか漠然としていて、登場人物たちの目的遂行への意志も弱い。緊迫感や娯楽性の上では前作とはかなり格差が生じているのは否めない。ヒッチコック自身も書籍「映画術」(晶文社)のトリュフォーとの対話の中で、

「アイデアは決して不足してなかったんだが、映画は失敗作だったな。というのも、この種のアクション映画では主人公がはっきりとした目的を持っていて、その目的に向かって邁進しなければならない。それが映画そのもののアクションの展開の生命力になると同時に、観客が主人公に同化して完全に映画に参加するための助けになるわけだ。(中略)ところが本作の主人公には、目的があるとはいえ、それはむしろ、嫌々ながら果たさなければならない義務であって、できればそんな仕事を投げ出してしまいたいと思っている」(P.93)

と語っている。ただ、どうだろう。暗雲立ち込める第二次大戦直前の時代にこのような映画を製作するにあたって、主人公の男女が「人殺しなんてまっぴらごめんだ。この仕事を辞めて、一緒に逃げよう」と言い出したり、また敵のエージェントが残忍極まる悪役ではないところなど、決してステレオタイプに陥らない、陥らせないヒッチコックのこだわりが感じられる。彼は人間の心や信念の揺れを描くのが本当にうまい。ふとした瞬間、我々もまた、これが古典映画であることを忘れ「生身の人物」と接したかのような感情にさらされるのだ。

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2020/03/15

ヒッチコック『知りすぎていた男』(56)

このタイミングに普段あまりできなかったことを実践しようと思い、手当たり次第、ヒッチコック作品を紐解いている。お時間ある方は是非お付き合いのほどを。今回のお題は『知りすぎていた男』。

 

 

***

本作は『暗殺者の家』('34)をヒッチコック自身がセルフリメイクしたものだ。もっとも、前作はイギリス映画だが、リメイク版はパラマウント製作のアメリカ映画。ヒッチコック自身は両作の違いについて「オリジナル版はアマチュアの傑作、リメイク版はプロの傑作」と語っている。

物語はモロッコで幕を開ける。にぎわう市場で殺人事件に遭遇したスチュワート演じる医師は、死にゆくその男から「要人を狙った暗殺計画が進行中」とメッセージと告げられ、間髪入れず、別の男からは「メッセージを明かしたら、息子の命はない」との脅迫を受ける。結果的に警察の手を借りず、ドリス・デイ演じる妻とともに奔走するしか術がなくなるのだが・・・。

やがて舞台はロンドンへと移り、ロイヤル・アルバート・ホールで行われるオーケストラ演奏に合わせてボルテージも最高潮に。そのさなか、曲を締めくくるシンバルの「ジャーン!」のタイミングを狙って、暗殺者の銃口が向けられる。実は冒頭部分でこの部分がすでに示唆され、観る側にとって本作の流れそのものが、ここへ向けたカウントダウンとなる構成もまたニクい。

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演奏中にサスペンスが進行するという筋書きは、最近だと『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』にも用いられた。クリストファー・マッカリーら作り手たちが同じスパイ・サスペンス映画の大先輩であるこの傑作を意識しなかったことはまずありえないだろう。

ちなみに交響楽団の指揮者としてちらりと顔を出すのはバーナード・ハーマン。『サイコ』『めまい』などのヒッチコック代表作を音楽面で支えた偉大な作曲家である。

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2020/03/04

ストラトフォード・アポン・エイヴォン

今週末公開(と言っても新型コロナウィルスの影響で上映館はごく限られてしまいますが)のイギリス映画『シェイクスピアの庭』は、我々がよく知る人気劇作家のお話でありながら、焦点が当てられるのは彼の全盛期というわけではなく、あまり知られていない時期。ロンドンのグローブ座焼失後、大きな失意を抱えて妻や娘の暮らすストファトフォード・アポン・エイヴォンへと戻った頃から晩年にかけてがメインとなります

過去にも数々の舞台や映画でシェイクスピア作品と真摯に、情熱的に向き合い続けてきたケネス・ブラナーが自ら監督と主演を兼任しており、人生を慌ただしくひた走ってきたシェイクスピアが生まれ故郷のこの町でフッと一息つくときに心の片隅をよぎっていく風景がとても美しく、丁寧に綴られています。ある理由から、彼は「庭づくり」に精を出し始めるのですが、この辺りの心象を投影させるかのような描き方にも興味深いものがあります。

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2019/10/22

テリー・ギリアム監督作「バロン」

先日の『バンデットQ』に続き、同じくテリー・ギリアム監督作の『バロン』について書きました

Barron

よく「史上最大の失敗作」的な言われ方をする映画ですが、今改めて鑑賞してみると実に素晴らしい作品です。数々のトラブルに見舞われながら、それでも芸術性をいっさい安売りすることなく、思い切りイマジネーションを爆発させているところが感動的。さらに戦争という圧倒的な現実の中でフィクションというものがいかに機能しうるのか、そんな究極の問いが垣間見えるところにもハッとさせられます。

ちなみにこの作品、制作費が節約できるという理由でローマに拠点を置いたのですが(そもそもこれがトラブルの始まりだったという声も)、この地でテリー・ギリアムは何度かフェデリコ・フェリーニとも会って言葉を交わしたそう。その時、感じたこととして「撮影中のフェリーニは驚くほどエネルギッシュで若々しく、そうでない時の彼は急に歳を取ったみたいに弱々しく見えた。仕事と想像力によってこんなにも人は変わるんだな、と思い知らされた」という風に述べている。

今やギリアムもフェリーニの享年をとうに超えてしまったが、困難にぶつかってもすぐにまた起き上がって猪突猛進を続けるその勢いはまだまだ衰えそうにない。どんなサイズでもいいから、いつまでも若々しく、エネルギッシュに映画を撮り続けて欲しいものだ。

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2019/10/21

バンデットQ

誰にでも何かのタイミングで偶然に見たり聞いたりして、タイトルはわからずとも、その後ずっと気になり続けてきた映画や音楽って一つや二つあると思う。僕の場合、その代表格と言えるのが、小学生の頃にたまたまTVで観て、まるで電流に打たれたかのように衝撃を受けた『バンデットQ』。

Time-bandits

ようやくこの映画の詳細にまでたどり着いたのは大学生の頃で、まずはモンティ・パイソンのファンになって、それからパイソンズのメンバーであるテリー・ギリアムの映画を意識して観るようになり、過去作を遡っていくうちに「あっ、この映画は、小学生の頃に見た・・・」と発見。まさか自分が小学生の頃すでにギリアム作品の洗礼を受けていたなんて、かなりの驚きでした。

今回、改めてきちんと見直してみようと思い、満を持してCINEMOREで『バンデットQ』を選んでみました。何度見ても本当にヘンな映画です。でも今ではある程度歳を重ねたせいか、その「ヘン」の中にギリアムの途方もない情熱を感じることができる。徹底的に、情熱的に「ヘン」をやり通せる大人って本当に素晴らしいし、カッコイイ。

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2019/10/12

「イエスタデイ」ノーフォークの海辺

公開中の映画『イエスタデイ』で、5000人ものエキストラをノーフォークの海辺に集めて撮影したシーンが登場します。みんな本当に楽しそう。映画そのものも最高に楽しい、極上のひとときでした。

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2019/09/26

ヒッチコック「サボタージュ」(1936)

Sabotage-02ヒッチコック作品の中では、本作の知名度などほんの豆粒ほどにしか満たないかもしれない。が、小さいながらも、一本一本にドキッとさせるような仕掛けを潜めて観客を驚かせるのが英国時代のヒッチコックの常套手段。本作もなめてかかると痛い目を見る。タイトルからして注意が必要で、いわゆる労働者が意図的にその仕事を遅らせたりする行為のことではなく、ここでは「破壊活動」や「テロ行為」がその意味にあたる。第二次大戦前のきな臭さ漂う中、イギリス国内で大停電や爆破テロなどを画策する謎の集団に焦点を当てつつ、八百屋に扮して捜査する刑事や、容疑者の妻であり映画館の経営を切り盛りするヒロインなども絡めつつ、事態はますます複雑さを増していく。

 

中でも一つの見せ場となるのが、時限爆弾の仕掛けられたフィルム缶がロンドン中を移動し、今にも爆発しそうな緊張感が否応なく高まっていくところ。1936年の映画ゆえ、リアルな爆破シーンを活写しているわけではないが、その分、カット割りや編集の巧みさによって驚くべきシーンに仕上がっている。未見の方はぜひ一度、見ておいたほうがいい。そこからもつれ込むクライマックスの顛末も脚本が見事。いやはや恐れ入りました。

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2019/09/15

マクガフィンなるもの

マクガフィンという専門用語がある。別に知らなくても映画を楽しむのになんら支障をきたすものではないが、でも知っておくとストーリーを構造的に見つめることができる。例えば、金塊探しをめぐって大冒険が巻き起こる物語ではその金塊がマクガフィンとなり、また謎の人物を探し求める映画では人物そのものがマクガフィンとなる。かくも物語や登場人物たちに行動の動機付けを与える要素をそう呼ぶのである。

この言葉を大々的に広めたのはヒッチコックだが、彼は「マクガフィンは無意味なものに限る」との考え方で、彼の映画ではいつも、書類だとか暗号だとか、別のものでも代用可能なシンプルさが重視された。そこに意味を与え過ぎると物語の道筋がかえって見えにくくなるからだ。

ここで、昨日取り上げたジャン=ピエール・メルヴィル監督作『サムライ』を引き合いに出してみよう。主人公が追う「謎の依頼人」とはいったい何者だったのか。その正体についてメルヴィルは当初「秘密機関の長」を想定していたらしいが、結果的に「私は彼が何者なのか知らないし、知りたくもない」というほど全く特徴のない人物となった。そして書籍「サムライ ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生」の中ではっきりこう述べている。「彼はヒッチコックが(「映画術」という本の中で)トリュフォーに語っている”マクガフィン”なんだよ」。

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2019/08/27

ロケットマン

エルトン・ジョンの半生を描いた『ロケットマン』が公開中だ。もちろんこれ一本だけで十分に面白いことは間違いない。が、さらに深掘りしたいなら、ぜひ映画『リトル・ダンサー』やその舞台版「ビリー・エリオット ザ・ミュージカル」と併せて楽しみたいところ。それはなぜか?「ザ・ミュージカル」のDVD収録の特典映像によると、エルトン・ジョンは『リトル・ダンサー』が初披露されたカンヌでたまたまこれを鑑賞し、自身の幼少期(特に父親との関係性など)と重なる部分が多かったこともあり、号泣してしまったのだとか。この幸運な出会いをきっかけに製作陣との交流が始まり、本作は5年後、エルトン・ジョン作曲の珠玉のナンバーに満ちた「ザ・ミュージカル」へと進化を遂げることに————。で、『ロケットマン』は監督こそ違うものの、脚本を担うのは『リトル・ダンサー』を手がけ、エルトンと「ザ・ミュージカル」で密にコラボしたリー・ホール。かくも気心知れた間柄だけに、エルトンが大感動した「重なる部分」も、極めて丁寧に描かれていて観客の涙を誘う。そして、映画版でビリー・エリオットを演じたジェイミー・ベルも重要な役で好演。これらの背景を知っておくと、ちょっとした鑑賞の助けになるかも。

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