2019/11/11

『12モンキーズ』と『めまい』

ヒッチコックの『めまい』は、決して紋切り型の言葉で片付けることのできない映画だ。ある意味、掴みどころのない作品とも言えるのかもしれないが、その実、鑑賞中に受けとめたイメージの連続は知らず知らずのうちに深層心理に蓄積され、5年後、10年後、自分が思ってもみなかったタイミングで「ああ、そういうことなのか」と納得がいったりもする。ある程度の齢を重ねた人がしみじみと衝撃を受けるタイプの作品であるのは間違いない。

以前、『12モンキーズ』について調べていた時、テリー・ギリアム監督の「全然意識していなかった場面で、気がつくと『めまい』と同じ撮り方をしていた」という発言を目にしたことがあった。その他にも『めまい』と『12モンキーズ』は重要な場面でともに「セコイアの森」が登場するといった繋がりがある。(詳しくはCINEMOREで執筆した記事を御覧ください)

僕が『12モンキーズ』を観たのは、まだヒッチコックを一本も見たことのない学生時代で、まさかこのSF映画にヒッチコックの遺伝子が刻まれているとは知る由もなかった。これまた公開から20年以上が経過してようやく「ああ、そういうことなのか」と納得した次第。人生と同じく、映画の世界もそういう「遅れてやってくる気づき」で一杯なのだ。

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2019/11/05

ヒッチコックの名作『めまい』

今年に入って、立て続けにヒッチコック作品を鑑賞している。最初は初心者にも等しい知識量だったのに、回を重ねるごとにハッとするポイントは増えた。なるほどこれはあの映画のアイディアが再活用されているのかとか、このモチーフは他の作品で何度も繰り返されたものだなとか、視点も徐々にディープになりつつある。

だが今改めて思うのは、ヒッチコックを観るのに小難しい知識など要らないということだ。何度見ても、どの作品を見ても、純粋な驚きが詰まっている。観客を極限まで驚かせようとするサービス精神が詰まっている。何と言っても「わかりやすい」ところが良い。同じことを表現するにしても、ヒッチコックはそれを最もわかりやすく、簡潔に描く方法を知っている。それが絶妙に歯切れの良いテンポとリズムを生む。

Vertigo

今回、CINEMOREで取り上げた『めまい』は、従来の小気味良いエンタメ作からするとやや印象の異なる映画かもしれない。まるで霧を思わせる空気感の中、昨日見た夢のような幻想的なストーリーが展開する。タイトルは極めて有名だが、ヒッチコック作品としては難度の高い方かと。精神的な浸食度も高いので、「危ない映画」だと個人的には思ってます。

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2019/10/21

バンデットQ

誰にでも何かのタイミングで偶然に見たり聞いたりして、タイトルはわからずとも、その後ずっと気になり続けてきた映画や音楽って一つや二つあると思う。僕の場合、その代表格と言えるのが、小学生の頃にたまたまTVで観て、まるで電流に打たれたかのように衝撃を受けた『バンデットQ』。

Time-bandits

ようやくこの映画の詳細にまでたどり着いたのは大学生の頃で、まずはモンティ・パイソンのファンになって、それからパイソンズのメンバーであるテリー・ギリアムの映画を意識して観るようになり、過去作を遡っていくうちに「あっ、この映画は、小学生の頃に見た・・・」と発見。まさか自分が小学生の頃すでにギリアム作品の洗礼を受けていたなんて、かなりの驚きでした。

今回、改めてきちんと見直してみようと思い、満を持してCINEMOREで『バンデットQ』を選んでみました。何度見ても本当にヘンな映画です。でも今ではある程度歳を重ねたせいか、その「ヘン」の中にギリアムの途方もない情熱を感じることができる。徹底的に、情熱的に「ヘン」をやり通せる大人って本当に素晴らしいし、カッコイイ。

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2019/10/10

SFハードアクション映画「アップグレード」

今や人間と自動音声ガイドやAIがバディを組む映画も珍しくは無くなった。それらの描写が一般化するまでには、「アイアンマン」や「ナイトライダー」や「2001年 宇宙の旅」など偉大な先人たちがいたことは言うまでもなく、最近でもインディペンデント映画ながら卓越した未来描写で自動運転AIと人間との関係性を描いた「センターライン」が注目を集めたのは記憶に新しいところ。で、こういったジャンルの最新版として是非押さえておきたいのが、「ソウ」シリーズで知られるリー・ワネルの監督、脚本作『アップグレード』だ。製作を担うのは低予算ホラーの雄、ジェイソン・ブラム。

舐めてかかると心底はまってしまう逸品である。ミニマルな未来描写にも心酔させられるのだが、何者かの襲撃で妻を殺され、自らも重傷を負った主人公がAIチップを埋め込むことで超人へと生まれ変わるあたりから、一気に面白さが火を吹く。ハードタッチのリベンジ・アクションであり、脳内ナビゲートするAIと主人公が会話しながら真相を追う相棒モノでもある。何と言ってもコンパクトながらしっかりとまとまったプロットが秀逸で、この先どうなっていくのか微塵も掴ませない。いやはや思いがけない拾いものだった。

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2019/09/26

ヒッチコック「サボタージュ」(1936)

Sabotage-02ヒッチコック作品の中では、本作の知名度などほんの豆粒ほどにしか満たないかもしれない。が、小さいながらも、一本一本にドキッとさせるような仕掛けを潜めて観客を驚かせるのが英国時代のヒッチコックの常套手段。本作もなめてかかると痛い目を見る。タイトルからして注意が必要で、いわゆる労働者が意図的にその仕事を遅らせたりする行為のことではなく、ここでは「破壊活動」や「テロ行為」がその意味にあたる。第二次大戦前のきな臭さ漂う中、イギリス国内で大停電や爆破テロなどを画策する謎の集団に焦点を当てつつ、八百屋に扮して捜査する刑事や、容疑者の妻であり映画館の経営を切り盛りするヒロインなども絡めつつ、事態はますます複雑さを増していく。

 

中でも一つの見せ場となるのが、時限爆弾の仕掛けられたフィルム缶がロンドン中を移動し、今にも爆発しそうな緊張感が否応なく高まっていくところ。1936年の映画ゆえ、リアルな爆破シーンを活写しているわけではないが、その分、カット割りや編集の巧みさによって驚くべきシーンに仕上がっている。未見の方はぜひ一度、見ておいたほうがいい。そこからもつれ込むクライマックスの顛末も脚本が見事。いやはや恐れ入りました。

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2019/09/24

「エイス・グレード」(2018)

ネット文化が当たり前のようになって、生活が変わった。人が変わった。思考法や感情のあり方、そして自己表現の方法も大きく変わった。それを映画がナチュラルに物語の体内へ取り組むことができるようになるまで随分と時間がかかった気がするが、『search』や『エイス・グレード』のような作品はその現時点での到達点と言えるのだろう。

本作は無口な学校生活を送りながら、自宅で密かに動画をアップし続ける(でも視聴者数は一桁)YouTuberがヒロインだ。中学校から高校へと進学する成長の狭間に立ち、彼女はなんとか今の自分を変えたいと願っている。その必死さゆえに、彼女は何よりも自分の心を保つために配信し続けているようにも見える。悲しいのは、その洞穴の中へ向けて叫び続ける声を、誰一人として聞いていないどころか、聞こえてさえいないことだ。

無口な日常、気まずい父娘関係、視聴者数一桁。もしもこれだけを世界の全てとして受け止めたら、それはあまりに絶望的な現実だ。だが実際はそうではない。気づくか、気付かないかで、人生は大きく変わる。このようにあらゆる世代が文学や映画や音楽を通じて何度も何度も輪郭線をなぞって謡いあげてきたテーマを、本作はネット文化を使って普遍的かつ爽やかに描ききろうとする。父親役のジョシュ・ハミルトン、最高である。

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2019/09/19

洞窟の比喩

プラトンの著作「国家」に「洞窟の比喩」という箇所がある。

洞窟の中に手足を縛られた囚人がおり、視界すら制限された彼らは正面にある壁面しか目にすることができない。背後では火が焚かれ、壁面に様々な影を映し出す。囚われの人々はその幻影=虚像を見て「ああ、これが人なのか」とか「あの動物はこんな形をしているのか」などと、すっかり世界を理解したつもりになっている。もしもこんな状況下で、一人の人間を束縛から解き放ち、洞窟外の真実を体験させたなら、どうなるだろうか・・・。

ここで最終的に述べられるのは、教育の重要性や、教育を受けた者の使命なのだが、それにしてもこの「比喩」があまりに独創的ゆえ、僕のような人間は議論そっちのけで、ついつい状況の方に目がいってしまう。そして勘のいい方は既にお察しだろう。世の中にはこれに影響を受けた創作物が星の数ほど存在する。例えば、ジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』がそうだし、『マトリックス』もここに源流の一部がありそうだ。

ふと、公開中のとある映画にもこのエッセンスがかすかに香るのを見た。相変わらず映画館という洞窟に飲み込まれていく我々を、古代ギリシアの人々はなんと見るだろうか。

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2019/09/16

マクガフィンの由来

ヒッチコックは「映画術」の中でマクガフィンという言葉の起源についてこう述べている————列車の中で二人の男が語り合っている。一方が「あの荷台の荷物はいったい何だね?」と尋ねると、もう一方は「あれはマクガフィンだよ。スコットランドのハイランド地方で、ライオンを獲るのに用いられる道具さ」。「でもあそこにはライオンなんていないぜ」「じゃあ、マクガフィンじゃないな」と続く。なんとも煙に巻かれたような気にさせる小話だが、「映画のマクガフィンは無意味なものに限る」というヒッチコックらしい主張が垣間見えるかのようだ。

翻って、メルヴィル監督作『サムライ』では「謎の依頼人」を探し求めるというマクガフィンが起動するものの、もう一段階、俯瞰すると、タイトルの「サムライ」もまた一つのマクガフィンであることに気づかされる。

我々は「サムライとは何ぞや?」との命題を浮かべつつ本作に真向かう。だが、確たる答えは用意されておらず、我々は想像力で補うしか術がない。こういった曖昧模糊なマクガフィンのあり方を貫いたからこそ、本来繋がるはずのない日本のサムライとフランスの殺し屋が繋がった。ある種のファンタジーが両者の切断面を綺麗に繋ぎ合わせてくれたのかもしれない。

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2019/09/15

マクガフィンなるもの

マクガフィンという専門用語がある。別に知らなくても映画を楽しむのになんら支障をきたすものではないが、でも知っておくとストーリーを構造的に見つめることができる。例えば、金塊探しをめぐって大冒険が巻き起こる物語ではその金塊がマクガフィンとなり、また謎の人物を探し求める映画では人物そのものがマクガフィンとなる。かくも物語や登場人物たちに行動の動機付けを与える要素をそう呼ぶのである。

この言葉を大々的に広めたのはヒッチコックだが、彼は「マクガフィンは無意味なものに限る」との考え方で、彼の映画ではいつも、書類だとか暗号だとか、別のものでも代用可能なシンプルさが重視された。そこに意味を与え過ぎると物語の道筋がかえって見えにくくなるからだ。

ここで、昨日取り上げたジャン=ピエール・メルヴィル監督作『サムライ』を引き合いに出してみよう。主人公が追う「謎の依頼人」とはいったい何者だったのか。その正体についてメルヴィルは当初「秘密機関の長」を想定していたらしいが、結果的に「私は彼が何者なのか知らないし、知りたくもない」というほど全く特徴のない人物となった。そして書籍「サムライ ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生」の中ではっきりこう述べている。「彼はヒッチコックが(「映画術」という本の中で)トリュフォーに語っている”マクガフィン”なんだよ」。

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2019/09/12

荒野の誓い(2017)

クリスチャン・ベールは、たった一本の映画の中で、天と地ほどかけ離れたところへ向けた人間性の変移を体現できる数少ない俳優だ。これが並の俳優だと、一個の体の中で整合性が取れずバラバラに引き裂かれてしまうだろうし、観客の目にも演技が成立しているようには到底見えないはず。だが驚くべき表現性に魅入られたベールにはそれができる。たった一つの身体で破格のスケールの人生を物語ることができるのだ。

Hostiles

公開中の映画『荒野の誓い』で彼が演じるのは、過去にネイティブ・アメリカンと壮絶な戦いを繰り広げた男。多くの死を目にし、あの戦いの意味を今なお問い続けている人物だ。お互いに許し合うこと、憎しみを乗り越えることでしか、我々は失った人間性を回復することはできない。この地で平和に暮らし、愛する人たちを守りたいと願うのであれば、それはなおさらのこと。そんな彼が就いた新たな任務の中で、彼はさらなる試練と葛藤の時を迎える・・・。

何よりも見て欲しいのはラストである。現代を代表する俳優クリスチャン・ベールの一つの到達点というべき佇まいがそこには刻まれていて、思わず意表を突かれて涙してしまった。世界中で新たな時代の争いが絶えない中で、本作は人と人とが許し合いつながり合うための気づきを与えてくれる。まずはそこから始めるべきなのだと、彼らの歴史が教えてくれている。

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