今年のカンヌの見どころは?

 いよいよ5月14日に開幕する第61回カンヌ国際映画祭。

 昨年のスティーブン・フリアーズからバトンを受け、今年の審査委員長を務めるのは米国を代表する俳優・監督のショーン・ペン。貪欲なまでに問題意識の高い作品を繰り出し続ける彼だけに、パルムドールの行方は昨年の受賞作『4ヶ月、3週と2日』とはまたちょっと違った流れに委ねられるかも。

 彼が率いる審査員には、ナタリー・ポートマン(女優)、アルフォンソ・キュアロン(監督)、マルジャン・サトラピ(監督)、ラシッド・ブシャール(監督)、ジャンヌ・バリバール(女優)、アレクサンドラ・マリア・ラーラ(女優)、アピチャッポン・ウィーラセタクン(監督)、セルジオ・カステリット(監督)といった面々が顔を揃える。

 コンペ部門参加作品には、クリント・イーストウッドがアンジェリーナ・ジョリーを迎えて送るミステリー“Chaneling”、2度のパルムドールに輝くベルギーの巨匠ダルテンヌ兄弟“The Silence of Lorna ”、『長江哀歌』がヴェネツィア国際映画祭金獅子賞に輝いたジャ・ジャンクー“24 Cities” 、他にもスティーブン・ソダーバーグ、ウォルター・サレス、ヴィム・ヴェンダース、アトム・エゴヤン、フェルナンド・メイレレスなどの新作に加え、なんとあの奇才脚本家チャーリー・カウフマンが“Synecdoche, New York”で監督デビュー!

 この『シネクドキ、ニューヨーク』、入ってきた情報によると、恋に破綻し、人生に絶望した主人公(フィリップ・シーモア・ホフマン)劇作家が、自分自身の再生のために地元ニューヨーク州スケネクタディを捨てて、自分で新たな「ニューヨーク」を作り出す…!?という、なんど読んでも訳が分からない内容。つまり、カウフマン=奇想天外なので「超期待作!」ってことで絶対的に間違いないです!ちなみに「Synecdoche」っていうのは、「一部で全体を、または全体で一部を表現する比喩」のことなんだそうです。んんん!ますます訳が分からなくなってきたぞ!?

 チャーリー・カウフマン初監督作『シネクドキ、ニューヨーク(原題)』は、2009年全国ロードショー。配給はアスミック・エースです。

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証人喚問の余波はこんなところにも

「放送休止」

その番組紹介欄に刻印された四文字に愕然としました。

映画ファンの中にはもう随分前からチェックされていた方もいらっしゃったことでしょう。NHK衛星第2にて10月29日から放送予定だったデンマークの巨匠カール・ドライヤー特集は、その初回をよりによって証人喚問の手で潰されてしまいました。

たかが映画好きの戯言。社会的感覚が欠如した発言とのご批判は百も承知。

しかし奇跡の映像作家とも呼ばれるカール・ドライヤーの貴重な作品がお預けになってしまうとは、この怒り、いかんともしがたいです。

接待で私腹を肥やすだけでなく、国民が貴重な文化に接する機会さえ奪ってしまうとは、何たる罪の深さ。証人喚問の冒頭で自ら挙手した上で、心から謝罪してもらいたいです。

「なによりも、カール・ドライヤー監督ご本人に、申し訳なかった」と。

今回、放送休止に追い込まれてしまったのは、何かの形而上学的な暗示なのか、その名も『奇跡』(1955)という作品。2008年1月に改めて放送されるそうですが、この際、あらすじだけでもサラッとチェックしておきましょう。

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デンマークの牧師カイ・ムンクの戯曲を映画化。カール・ドライヤー監督が、人々の日々の暮らしを淡々と描きながら信仰の本質に迫ろうとした感動作。農場を営むボーエンは敬けんなキリスト教徒。彼の長男は実直だが信仰心が薄く、次男は神学に没頭したあげくに正気を失い、三男は宗派の壁を越えた結婚を夢見ている。長男の嫁インガは、そんな家族を大きな愛情で支えているが・・・。ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。

(BSシネマオンラインより抜粋)

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追記:翌日に放送予定だった『ガートルード』(カール・ドライヤー監督)もテロ特措法に関する国会審議のために休止となりました。31日の『怒りの日』だけは予定通り放送されるようです。いまのところ。

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「Be silent!」

『ジャズ・シンガー』という映画を知っていますか?

この映画のもたらした衝撃はレオナルド・ディカプリオ主演の『アビエイター』の中でも印象的に描かれていますが、歴史上、本作は映画が“サイレント”から“トーキー”へと進出した記念すべき第一作目として知られています。

この作品が世に出回ったのが1927年。ということは、今年は映画が“おしゃべりさん”と化してからちょうど80周年。

それはいわば、私達が発話を覚えることで同時に沈黙の意味をも真摯に受け止めてきた歴史、あるいはその逆も真なり、ということになるのかもしれません。

何の因果か、ここ日本では、連日に渡る猛暑がこの節目の年を心から祝福しているかのよう。

そして、さきほど電車の中で僕の隣席に「ぐへあー」とうめきながら倒れ込んできたサラリーマンが、「暑い~、溶ける~、死ぬ~」とやたらうるさいのです。

その本音をグッと抑え、いっそサイレントで気持ちを表せたなら、いま彼らはここで芸術にさえなれるのに。

というわけで、先ほどから僕は密かに「Be silent!」の目線を発信中。それにビビッとくるかどうかは、ひとえに彼の感受性しだいです。

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16ミリ映写機を攻略せよ②

16mm 「16ミリ映写機技術講習会」2日目。

今日は朝の10時から夕方5時まで、みっちりとスケジュールが組まれていました。昨日の復習からはじまり、スクリーンの設置、ワイドレンズの装着、そしてフィルムが破損した時の修復のやり方などのトラブルシューティングをいくつか。

そして午後からはいよいよテストです。

ペーパーテストと実技テスト。ビビってた割には参加者全員がめでたく通過しました。まあ、落とすためのテストってわけじゃなくて、確認の要素が強い内容だったわけですが。

テスト終了後、参加者の若いお母さん方は、さっそく上映会の企画を相談しはじめてました。なるほど、近頃は子供を自由気ままに外で遊ばせることが困難ですから、だからこうやってサークル単位での室内イベントが求められているんですね。子供のために知恵を絞りあうお母さん達、ご苦労様です。

さあ、これで僕も晴れて「16ミリ映写機取り扱い証」を手にすることができます。車の運転免許証さえ持たないこの僕が、これから映写機の取り扱い証だけは常に財布の中にちゃっかり携帯していたりするわけです。なんと強い味方を得たことでしょう。(※身分証にはなりません)

そして、今回のいちばんの目的、「映画を映す」という行為を体験することで「映画の見方」がどれだけ変化を帯びてくるのかについても、いまは「これだ!」という器用な回答は持ち合わせていないにせよ、頭の中に何かモヤモヤとした余韻が渦を巻いている状態ですので、これがいつの日か何かのタイミングで具象化され、鮮烈なインスピレーションを引き起こしてくれるのを気長に待ちたいと思います。

というわけで、土日の全日程、無事終了です。

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16ミリ映写機を攻略せよ①

今週末の土日は、近所の図書館にて「16ミリ映写機技術講習会」に通っています。

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参加者は10名ほど。大学生っぽい若者、保育士さん、福祉関係のお仕事の方、子ども会で上映会を企画しているお母さん方、そして明らかに興味本位で参加しているとしか思えない人間、弱冠1名(僕)。

内容は、映写技師さんによる「映画の基礎知識」講義から始まり、映写機の構造、映写実習まで2日間スケジュールみっちり。「フィルムは1秒間に24コマ」とか「テレビは1秒間に30フレーム」とか随分前に本で学んだ知識を改めて実戦篇として学んだり、フィルムのパーフォレーションやサウンドトラックがどのように映写機を通過していくかをじかに確認できたり、普段「観ること」ばっかりに時間を費やしている身としては新鮮な体験ばっかしです。

そして、「明日はテストがあります」との言葉に凍りつく受講者たち。

僕も少なからず凍りつきました。どうやら大人をビビらすには日常の中に「テスト」をチラつかせるのがちょうど良いようです。

はたして僕は、無事「16ミリ映写技師」の資格を得ることができるのでしょうか。不安な気持ちを抱えながら、日程は2日目を迎えます。

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映画チャンネルで年越しを

映画専門チャンネルにとって、どのタイトルで年越しの瞬間を迎えるのかというのは編成部員の重要な腕の見せどころ。はたして2006年から2007年へのバトン・リレーの瞬間、視聴者にどんな年越しスタイルをプレゼントしてくれるのか、有名映画系チャンネル+αについて調べてみました。

WOWOW

22:10 陰謀のセオリー

→アニメあり、大作映画あり、格闘技ありの大晦日WOWOW。新年へのカウントダウンは『陰謀のセオリー』のちょうど大詰めか。年明け直後には『コンスタンティン』→『キャットウーマン』→『羊たちの沈黙』と、ひたすらダークな旧作ブロック・バスター系でおごそかに朝へと向かう。これも華やか一色の地上波との差別化か。

スター・チャンネル

23:30 ワイルド・ワイルド・ウェスト

→大晦日は新旧織り交ぜたブロックバスター系タイトルでパワー・プッシュ。カウントダウンでは1月公開のウィル・スミス主演作『幸せのちから』をしっかりタイアップ。『ワイルド・ワイルド・ウェスト』に続いては、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』。さらに続いてまたもやウィル・スミスに舞い戻り『インデペンデンス・デイ』。

ムービープラス

22:45 オータム・イン・ニューヨーク

→年越しはシットリとリチャード・ギア特集。年明け後もギア様の『背徳の囁き』が待機。お祭り騒ぎの地上波との差別化をはかり、むしろ20:45~の米版『シャル・ウィ・ダンス』(これもギア様)をメインに据えた格好。

チャンネルneco

00:00 突入せよ!浅間山荘事件

→ちょうど紅白で中居クンが司会を務める時間帯に、necoでは密やかに『模倣犯』で中居のダークサイドを浮き彫りにするという、裏読みすると非常に興味深い編成内容。そして「2007年に突入せよ!」と絶叫せんばかりの年明け編成。この後も『TAKESHIS'』『いぬのえいが』と当月のイチオシ作品で新年を盛り上げる。

シネフィル・イマジカ

23:00 ストレンジ・デイズ/1999年12月31日

→大晦日の昼間はヴィスコンティ4本を一挙放送。そして年越しは「大晦日」を扱った定番作品で決める。元旦7時からは「世界の短編100本」を24時間放送。コアな映画ファンを唸らせる編成内容。

日本映画専門チャンネル

22:00 ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム

→日中は『交渉人 真下正義』『容疑者 室井慎次』の「踊る」スピンオフを連続放送。続いて『タカダワタル的』『不滅の男 エンケン対日本武道館』『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』というアルタミラ・ピクチャーズ作品並びで、1月公開の『それでもボクはやってない』タイアップ。

時代劇専門チャンネル

22:20 「暴れん坊将軍800回記念新春スペシャル」

00:00 春日局

→大晦日は午前中に放送する「春日局」を中断し、カウントダウンまで各種「暴れん坊将軍スペシャル」を連続放送。ちなみに22時~のサブタイトルは「江戸城乗っ取り!! 人質は百万人!? 危うし!八百八町が火の海に」。マツケン・サンバ気分で盛り上がった(オンエアで流れないことを祈るばかりだが)後は、姿勢を正したように、再び「春日局」へと戻る。これも『大奥』のタイアップか。

FOXチャンネル

0:00~「24 twenty four」

→大晦日の日中は「HUFF ドクターは中年症候群」全14話オンエア。そして23時からの1時間はダニエル・パウターのライブを放送。そして新年明けたと同時に、FOX伝家の宝刀「24 シーズン1」全24話マラソンに突入。まさに元旦はリアルタイムで進行する。

ディスカバリー・チャンネル

0:00 驚異の機械スペシャル「驚異の軍用機」

→飛行機が発明されてから100年。航空技術はどんどん改良され、特にこの20年のうちに軍用機も格段に進化を遂げた…ってな、別に年明けの瞬間にやらなくても…と思うような番組編成だが、北朝鮮の核問題が不穏な空気をもたらしている昨今、この編成に意味があるとしたら逆に怖い。なお、ディスカバリーチャンネルでは、「ベスト・オブ・ディスカバリー・チャンネルアワード2006」と称して、そのノミネート作品を1月2日、3日に一挙放送。

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『硫黄島からの手紙』受賞&ノミネート歴

受賞歴がすべて、というわけでもないけれど、きちんと整理しておかないと頭が混乱するので(僕はもう混乱してきた)、マイペースに『硫黄島からの手紙(Letters from Iwo Jima)』受賞&ノミネート情報を更新していきます。

アカデミー賞
・2007年1月23日ノミネート発表

作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、音響賞ノミネート

・2007年2月25日授賞式

ゴールデン・グローブ賞(2007年1月15日発表)
○外国語映画賞受賞

・監督賞ノミネート

*クリント・イーストウッドは『硫黄島からの手紙』、『父親たちの星条旗』両作品において監督賞ノミネート

*ゴールデン・グローブのルール上、日本語で物語られた『硫黄島からの手紙』には作品賞/ドラマ部門へのノミネート権利がない。

米放送映画批評家協会【BFCA】賞(2007年1月12日発表)

○外国語映画賞受賞
・監督賞ノミネート
・作品賞ノミネート

■全米批評家協会賞(2007年1月6日発表)

・作品賞は“Pan's Labyrinth”。(『硫黄島からの手紙』は作品賞部門で3位)

→詳しくはこちら

全米プロデューサー協会賞(2007年1月20日発表)

・『硫黄島からの手紙』はノミネートなし

劇映画ノミネート作品は、『バベル』『ディパーテッド』『リトル・ミス・サンシャイン』『ドリームガールズ』『The Queen』。

シカゴ映画批評家賞(2006年12月28日発表)
○外国語映画賞受賞

×監督賞(クリント・イーストウッド)ノミネート
×脚本賞(アイリス・ヤマシタ)ノミネート
*この骨太な脚本を書いたのはてっきり男性だと思ってたんですが、日系2世のアイリス・ヤマシタは女性なんですね(アイリスって名前から女性なのは明白なんですが、それでも信じられませんでした)。
×作曲賞(カイル・イーストウッド&マイケル・スティーブンス)ノミネート
*カイル・イーストウッドは、クリントの息子です。
×撮影賞(トム・スターン)ノミネート
*トム・スターンは、長年イーストウッド組に照明技師として参加し、『ブラッド・ワーク』(02年)以降の『ミスティック・リバー』(03)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)、『父親たちの星条旗』、『硫黄島からの手紙』(06)において撮影監督を担当している。

ダラス・フォース・ウォース映画批評家協会賞(2006年12月18日発表)
・作品賞部門/第6位(1位は『ユナイテッド93』))
・監督賞部門/第4位(1位は『ディパーテッド』のマーティン・スコセッシ監督)
○外国語映画賞部門/第1位

ナショナル・ボード・オブ・レビュー【全米映画批評会議/全米映画評論委員会賞】(2006年12月6日発表)
○作品賞受賞

ロサンゼルス映画批評家協会賞(2006年12月10日発表)
○作品賞受賞

ニューヨーク映画批評家協会賞(2006年12月11日発表)
・作品賞は『ユナイテッド93』

米映画協会【AFI】賞
・2006年度の10作品に選出(毎年10作品を選出)

『硫黄島からの手紙』レビュー

『父親たちの星条旗』レビュー

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ザ・ライブカメラ・ショウ~それはアートになり得るかどうか?~

午前3時50分。カーテンの向こうから「チチチ…」と鳥たちの囀りが聞こえてくる。まさに罠にはめられたドラキュラの気分で「まさか…」とばかりカーテンを開くと、東側の空がほんのりと黒から藍色へ門出のときを迎えていた。まだ真夜中だと思っていた世間は、もう朝を迎えていたのだ。

このやるせなさ、誰かと共感したい。この時間帯に起きている人物を頭の中で何度かリスト検索してみたところ、その結果は身近な友人を一人指し示した。隣町の川越に住むS君だ。僕はさっそく彼に連絡することにした。

「あ、もしもし、S君?あのさあ、外を見なよ。もう世間は朝だよ」

さすがにその検索結果は信憑性の高いもので、彼はさきほどコンビニまで出かけ、今しがた自宅に帰る途中だったという。「そうそう、この時間帯って夜なのか朝なのか、微妙っすよねー」。気だるい声でS君が答える。

こんなやり取りを重ねるうちに時刻は4時を越えた。ふと、「この時間、全国はどうなっているんだろう?」と興味が湧いた。さっそくネットで全国のライブカメラを検索してみる。それでは皆さん、もしお手すきならば一緒にご唱和願いたい。

「ズームイン、午前4時!」

高知城
前に従兄弟に教えてもらったライブカメラを思い出し、トップバッターとしてご登場願うことにした。暗闇のなかにしきり点滅する存在あり。モールス信号かと思い「ツーツーツツ」などと解読を試みるが、能力が及ばず。 もちろん城はまだ見えない。

長崎 水辺の森公園
ああ、故郷よ。まだ真っ暗なのだが、さすが長崎。高台に向けて無数の住居が明かりを灯している。100万ドルの夜景(時価/4:00a.m.現在)の片鱗がうかがえる、などと書くと、身内びいきが過ぎるのでやめておく。事実、それほどの価値はない。

福岡・天神 渡辺通り
まだ真っ暗。そこが渡辺通りのどこに当たるのかが分からない。日中は交通量の多いこの場所も、今はしんみり寂しいものだ。時折、道路をタクシーが走り去っていく。

広島 原爆ドーム
照明の賜物か、おぼろげながらその輪郭を確認。それにしてもカメラの前を邪魔する2本のラインが気になってしょうがない。しかもカーテンがなびいてるし。カメラの前は出来るだけクリアにしておいてください。

富士北麓から臨む富士山
早起き富士山。僅かな光源のもと、霧に包まれたその姿を指差し確認。もちろん動きは全くなく、それがライブである必要性は午前4時においてまったく感じられない(もちろんそれは僕個人の事情によるものだが)。

東京 御茶ノ水駅
学生時代はこの橋の上から神田川を眺めていたものだ。いくら眺めてもちっとも飽きない風景だった。それがいまやこんなにライブカメラで24時間見られるなんて。このアングルからは一瞬地上に顔を出す丸の内線が見えるはず、といっても朝4時なので確認しようがない。また出直そう。

東京タワー
バックはすっかりピンク色の朝模様。東京タワーの赤が微妙に鈍く輝いている。 これだけ存在感の主張が激しいと、それが建築物ではなく、ひとりのキャラクターのように思えてくる。朝早くからご苦労さま、といった感じ。

青森 大間崎
もちろん実際には一度も足を運んだことはない。「本州のてっぺん」という表現が素晴らしい。まさにその地点なのだなあ。もうすっかり明るくなっているが、不穏な静けさを見せる水面を無数のカモメがひっきりなしに舞っている。そして散歩中だろうか、ひとりの老人がフラフラとモニュメントへと近づいていく。何かが起こりそうな予感がするが、老人がその末端へとたどり着くにはあと3分くらいかかりそうだ。

札幌 時計台
札幌の朝も意外に早かった。しかしこんな角度で見下ろすと時計台も印象がまるで違って見える。「意外と小さいんだぜ」という話はよく聞くが…。お前、本当に時計台か?

【ボーナス・トラック】

エッフェル塔

…デカすぎるよ!

なるほど、日本全国津々浦々、それぞれの朝を迎えているわけだ。あ、そういえば、前にS君から「川越にもライブカメラがあるんすよ」と教えてもらったんだっけ。

川越クレアモール ライブカメラ

S君はもう自宅に戻っただろうか?すかさず携帯からリダイヤルしてみる。

「あー、S君?まだ外?あのさあ、申し訳ないんだけど、この前に教えてもらったライブカメラまで行ってさあ、ちょっと手を振ってみてよ。あ、いま近くなの?ラッキー。じゃ、よろしく!」

そこは川越の繁華街。現住所とそれほど距離が離れていないだけに、その明度はほぼ同じだ。まだヒンヤリとした質感の映像の中、あちら側から見覚えのあるむさくるしい男がズンズン近づいてくる。わざとらしくカメラを通り過ぎてからひょっこり戻ってきた彼は、まず一度サッと手を振って、続いて味をしめたように何度もアピールを繰り返した。映像の中の彼は幾度も携帯を操作し、そのたびに僕の携帯がブルブル振動を繰り返したが、僕はその電話には出ず、気が付くとベッドに横たわって朝まで寝息を立てていた。

彼がどれくらい手を振り続けていたのか僕は知らない。ただ着信履歴からは、約20件ぶんのS君が必死に手を振り続けていた様子がつぶさに伺えるのだった。

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柄にもなく、美術館にて

思い切って打ち明けると、先日、足を運んだ原美術館はなんだかよく分からなかった。

多くの人々が語るこの美術館は、そこに足を踏み入れるだけで何かしら神秘的な体験ができたかのような感慨に満ちたものだったが、結局のところ僕が手にしたのは、赤い布目がけて思い切り突進したものの闘牛士がその布をヒョイとあげると途端に目標がなくなり、ただただ壁にぶつかるしか術のなかった闘牛と同じか、それ以下のものであった。

品川駅から歩いて20分。御殿山の脇にある住宅街にひっそりと建つ美術館。展示物には一切キャプションがなく、予習もなしにそれに触れると、意味不明のうちに心の奥底へパアッと電光掲示板のメッセージが注ぎ込むか、あるいは不感症のようにただ立ち尽くすか、ふたつにひとつだろう。まったく“コンテンポラリー・アート”ってやつはその発音も難しければ、概念もことさら難しいときている。

「いや、本当に難しいのか? 」

もうひとりの自分がすかさず問いかけてくる。

「ってかさ、そもそも僕らが普段接しがちな、アカデミックなキャプション盛りだくさんで、学芸員がエントランスに横並びで『お待ちしてまーす!』と手をこまねいてるような美術館ってのは、それは果たしてスタンダードと言えるのかよ? 」

そうだなあ。まあ、その疑問に答えを出すのが僕の役目ではないことは知っている。ただ、この原美術館でいちばんの驚きだったのは、僕が門より敷地内へ足を踏み入れた瞬間に、草むしり中のおじさんがヒョイと顔を上げ、「いらっしゃいませ」と声をかけてきたことだった。

美術館内の中庭にはカフェテラスが拡がっており、そこにも野外アートが設置されている。よく分からない形態のそれには、重ねてよく分からないタイトルが付けられており、僕は「へえ」とか「ほう」とかでなく、思わず「キャシャーン」などと、とりわけ意味不明の咆哮を決め込んでみたくなったりもしたものの、その隣に奇跡的な美しさで横たえられたホウキとチリトリを目撃したとき、まさしく目からウロコが落ちたような心持ちに陥った。

無意識か、意図的か。それはただ奇跡的な角度と風向きとで取り残された、ただのホウキとチリトリだった。

「こういうアートなんだろうか?」

いつになく真剣な表情でその光景をじっと眺めやっておったところ、先ほどのおじさんがどこからともなく現われ、手際よく「ほいほい」とそれらを持ち去っていった。

「こういうアートなんだろうか?」

更なる衝撃が足元にグラグラと振動をもたらしてくる。可能性の話をひとつするならば、そのおじさんの一挙手一投足に瞠目する僕の姿を、更にその後ろで誰かが息を凝らして眺めやっていたとしても、ここではまったく不思議ではない。

「こういうアートなんだろうか?」

カプチーノの並々と注ぎ込まれたカップを手に、鑑賞者がそう呟いたかどうかは不明だが、逆に自分で言うのも何なのだが、「それがアートではない」と証明できる人など、世界中どこを探しても存在しないのである。

「こういうアートなんだろうか?」

それ以来、いつ何時、どこにいてもあらゆるものに同じフレーズを賦与したくなる。世界のあらゆる局面はまるで額縁のないコンテンポラリー・アートだ(相変わらず舌を噛みそうになるのだが)。

仮に鑑賞者にそういう精神状態をもたらすことこそ原さんの真の目的だったとするならば、その目論見はとりわけたいしたものだと感心せざるを得ない状況にいま現在立たされている。

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二周目からの風景

果たして二周目の世界は、一周目とどのように違っているか?パクリだとかなんだとかそういう次元の低い話題は横に置いておいて(さらにはこの「YouTube」というサイトの合法性についても、この際、目をつむってしまうとして)、表現上の「反復」と「ズレ」は、あの小津安二郎でさえ好んでよく取り入れた手法である。それぞれの映像作家によって語られるその深遠な世界観は、同じ「反復」と「ズレ」でも大きく異なりを見せるのだから面白い。

と、そんな感じでイマサラ感も強いものの、以下のPVを比較してみよう。「Circle」が無機質で透明感あふれる世界観で展開していくのに対し、「Come into my World」は現象的にはカオス、しかし表現上はミシェル・ゴンドリー特有の温かみのある眼差しが更に上の次元から静かに見つめているような安心感が漂っている。

木村カエラ/Circle


カイリー・ミノーグ/Come into my World


あなたの二周目は、いったいどんな深遠な輪を描く?

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4月1日は、マーヴィン・ゲイの命日。

マーヴィン・ゲイがこの世を去って22年が経過しようとしている。自分の父親に射殺されるという、あまりに衝撃的な最期を迎えた彼。その翌日は自身の45回目のバースデーだった。

そもそも僕がマーヴィン・ゲイを初めて知ったとき、既に彼はこの世の人ではなかった。僕はSPEECHの「Like Marvin Gaye said(What's going on?)」という曲のサビ部分でサンプリングされたマーヴィンのシャウトを何度も聴いた。「What's going on!?」と問いかける彼の歌声が、圧倒的なパワーと慈愛を帯びて腹にズシンと沁み渡ってきた。

その後、吉祥寺のCDショップでオリジナルの楽曲を買い求め、それを何度となく耳にした。もちろん、田舎から上京したばかりのバカ大学生にその歌詞の意味なんて分かるはずもなく、優しいメロディに乗せ「What's going on!?」と問いかけるマーヴィンの歌声に、僕は「そうだよな~、バイトも勉強もしないで、ほんと俺、何やってんだろう~」と勝手に反省を決め込んでいた。それがベトナム戦争や環境のことやら全部をひっくるめたこの世界の先行きを案じた歌だって知ったのは、それから随分経ってのことだった。

エイプリル・フールの軽いジョークが飛び交う中、今年もマーヴィン・ゲイの命日が巡ってくる。さすがに22年も経てばそのニュースもかなり色褪せてきた。しかし今年は少しだけ違った面持ちで、彼に想いを馳せられそうな気がする。というのも昨年末、彼の伝記映画の製作が発表されたからだ。本格的な製作は今年5月に始まり、順調に行けば2007年に劇場公開される見通しだ。タイトルは83年に発表されたグラミー賞受賞ナンバーにちなんで、『Sexual Healing』。

Midnight_love_1 現時点で発表されているストーリーラインによると、本作はマーヴィンがモータウンと決別しベルギーへ移り住むあたりからスタート。その後の経済的破綻やドラッグ中毒といった私生活での苦悩を乗り越え、コロンビア移籍後の82年に発表した大ヒットアルバム「Midnight Love」(収録曲の“Sexual Healing”は83年にシングルカットされる)で奇跡的カムバックを果たすまでを、プロモーターのフレディ・クルサートとの友情を織り交ぜながら描くことになるらしい。

こうして文字で紹介すると、それは『Ray』や『ウォーク・ザ・ライン』と同系列の音楽伝記モノ、あるいは「伝説的ミュージシャンが幼少期の精神的トラウマを中年期になってようやく乗り越えるまでを描いた感動ストーリー」といった構成となることが推測され、それは一抹の不安(3匹目のドジョウを狙っているような商売的な危なっかしさ)を感じさせもするが、いまはただ、これにマーヴィン・ゲイのパワフルで慈愛に満ちた歌声が加味されることで珠玉の名作が誕生することを心から祈りたい(しかしながら、製作に関しては随分と遅れが生じているようです。このまま立ち消え、なんてこともあるかもしれませんので、まあ、気長に待ちましょう)。

本作の監督と脚本を担当するのはローレン・グッドマン。これまでの実績がほとんどないだけに、彼の実力のほどは未知数に近い。一方、主演に加えて製作者の一人としても名を連ねるのが、ジェシー・L・マーティン。「…誰?」という声も聞こえてきそうだが、「ロー&オーダー」や「アリーmyラブ」といったTVドラマで名を広める一方、96年にオフ・ブロードウェイで生まれた傑作ミュージカル「RENT」で主演のひとり“コリンズ”を演じてその人気を確固たるものとした。

Jesse_l_martin_2 …とここまで説明しても「…誰?」と呟く人(ひと月ほど前までは僕もそうでした)に朗報。実はこのミュージカルが、このたびクリス・コロンバス監督(「ハリー・ポッター」シリーズ)によって映画化され、4月29日より全国ロードショーとなる。主演のほとんどがブロードウェイのオリジナルキャストで占められたこの映画版では、もちろんジェシーも“コリンズ”として登板。そのパワフルさと繊細さを兼ね備えた名演&歌声の魅力を余すところなく披露している。劇場に足を運ばれる方は、この映画に魅了されると共に、時々ふと我に返って「こいつがマーヴィン・ゲイかあ…」と品定めしていただきたい。

何はともあれ、今日はマーヴィン・ゲイの命日である。

ご自宅に彼の音源をお持ちの方は、早起きがてら彼の歌声にちょっと耳を傾けてみてはいかがだろうか。そういう僕も先ほどからオリジナルの「What's going on?」を10回くらいリピートさせている有様だ。何度聴いても腹にズシンと来る感覚は変わらない。肉体が死んでも魂(ソウル)が残るとは、きっとこういうことを言うのだろう。

*J-WAVEで2006年11月15日にオンエアされた小林克也さんの番組で、マーヴィン・ゲイが特集されてました(リンク先のバックナンバーをチェックしてみてください)。

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タイムマシンに乗って

サマータイムマシン・ブルース』を観た後で頭に浮かんだのは、「さて、自分ならどこに行こうか?」という素朴な疑問だった。

たとえばひょんなことから有名企業の新作発表会に招かれる。

そこでのハイライトとして披露されるのが、なんと「タイムマシン」。「それではいよいよ…」とアナウンサーの段取りに従って、怪しげなヒゲの社長は「では、あなた!」と最前列に座っていた僕を指差す。会場内に歓声が沸き起こる。遂に我々人間がタイムトラベルの歴史に一歩踏み出す瞬間がやってきたのだ。

ゴーグル、抗菌用の手袋、長靴、サスペンダー

用意されたアイテムはどれも独特だった。暑がりの僕が困惑して「どうしてもですか?」と尋ねると、博士っぽい白衣の男が「どうしてもです」と答えた。

いよいよショータイムが始まる。僕は先ほどのヒゲ面の社長から「どこでも、好きな時代にどうぞ!」と促され、うーん、どれにしようか、とまるでスイーツ・バイキングで10分間くらい悩み続けるオジサンのような表情になる。

緊張の瞬間。そこに立ち会った誰もが、その歴史的重要性を噛み締めていた。いまから人類の新しい1ページが切り開かれる。僕はその栄えある、史上初めてのタイムトラベラーというわけだ。

しかし、後から考えてみれば分かることだが、僕のような謙虚な人間がこういう場に立たされると、かえって最悪の選択肢を引き寄せてしまいかねない。それは大舞台には決してふさわしからぬ選択だった。僕は緊張で手が震え、思考回路が麻痺し、おびただしいほどある地球の歴史の中から、あろうことか「現代」のボタンをセレクトしてしまう。

一瞬、光が膨れ上がったように見え、マシンとゴーグル姿の僕がその中へボワンと姿を消す。会場中が割れんばかりの歓声に包まれる。そしてその直後、またボワンと音を立てて、そこにはまったく同じタイムマシンが現われる。あたりに蒸気が充満する。駆けつけた作業員が手際よくコックピットを外す。いっせいに多くのマイクとカメラが向けられ、僕は勢い余ってこう答える。

「現代のみなさん、はじめまして」

人類の第一歩とは、いつもこのように、どこかスケール感に欠ける。よって2回目以降が正史とされることが実に多く、この点の配慮に関しては、僕も全く同感なのだった。

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マンモス

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興奮すると日に何度も「マンモス!マンモス!」と叫んでしまう少年がいた。叫んでいる本人はまだいいが、家族としてはなんともいたたまれない話である。放っておくと症状はみるみる悪化し、一度につき「マンモス×3」になった。見かねた母親が「どうしても引かぬ」という態度で泣いて医者に行けと懇願するので、ようやく少年も折れて通院することにした。

これまで「風邪」くらいの症状でしか対峙したことのない筋肉質の町医者は、優しそうに微笑みながら「いまはどうですか?」と問診する。少年は自分のことを冷静に分析した結果、「いまはどうやら、そういう気分ではないらしい」という主旨のことを、たどたどしい日本語で答える。

「俺じゃ興奮しないってか?」

医者は外面的には微笑みを絶やさなかったものの、カルテに専門用語をスラスラ記入しながら、思わずドイツ語で「ちぇっ…」と付け加えてしまう。後でそれを目にした看護婦も、最近の先生、そういう走り書きが増えたなあ、くらいのボンヤリとした認識しか示すことはない。

「マンモス」は偉大である。とにかくその語感の醸し出す威力が凄い。トラクターを軽々と持ち上げる圧倒的なパワー。それに「古いぜ!400万年前の生き物だもの!」的な歴史ポイントさえも過剰に稼ぎ込むことができる。

「そういう病気です」

医者は相変わらず微笑んだままでそう答えた。そして、もちろん自分だって、興奮すれば「オー、イエー」や「ファック・ミー」などと口にすることはあるけれど、「マンモス」と言うのはありえない、異常です、と図解を用いて分かりやすく教えてくれたのだった。

少年は自分が異常であることを受け入れ、それから先、一切の興奮を拒絶するようになった。家族のためにも自分のためにも、その方法がいちばん良いように思われた。

そして数ヵ月後、親に連れられて初めて観に行った洋画の中で、外人が興奮しながら激しくこう叫ぶのを目の当たりにする。

「ゴッド!」

それはかつて自分が「マンモス」と叫んでいたのと極めてよく似た光景だった。

「自分の方は史実なのだから、まだちょっとだけ救い甲斐があるな」

そう考えると少年はちょっとだけ気分が高揚し、すぐ隣にいる親に気付かれぬくらいの小さな声で、こっそり「マンモス…」と呟いた。

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