生ジャック・ニコルソンに感激

 人が多いところが苦手なので、普段は記者会見の類にまったく足を運ばないのですが、『最高の人生の見つけ方』のプロモーションでジャック・ニコルソンが来日するとあっては居ても立ってもいられず、六本木ヒルズ内のグランドハイアット東京まで乗り込んできました。

 普通、記者会見ってやつは主賓の会場到着が遅れたり、個別取材が押したりで、何かと開始時間が遅れがちなんですが、今回のジャック・ニコルソンに関してはなんとオン・タイム。一緒に登場するはずだったロブ・ライナー監督が飛行機トラブルで来日キャンセルになってしまったこと以外はすべて順調にスタート。

 そして、上手(ステージ右手)から現れるかと思いきや、あの男はステージ中央から現れた!

 真っ白いシャツにダークブラウンのジャケットを着こなし、サングラスごしにニッ!と笑う。その表情にはまるで少年のような無邪気さがあふれている…いやはやあまりに素敵な笑顔だ。素敵過ぎてある意味、冷徹非道なマフィアのボスのようでもある。4月22日に71歳になったばかりの彼にはそんな両極端のオーラが並存しているかのようだった。つまり映画どおりの異様な存在感ってことだ。

 開始早々、額に光る汗の粒。ちょっといいかな、と照明を落とすように指示。サングラスをはずしてハンカチで汗をぬぐいながら「こればっかりは苦手でね…」と映画の中では見られない生のジャックを見せてくれた。(この日の会見で彼がサングラスをはずしたのはこのときだけだった)

 で、もうひとつ判明した事実。これは今回の記者会見が時間通りに始まったこととも大きく関係するのだが、なんとジャック・ニコルソンは原則としてテレビの個別取材はいっさい受けないのだ。その理由は彼に言わせると極めて「職業的なもの」らしい。

 「テレビでいろいろと語ることで余計なイメージを与えたくないんだ。映画の中だけで判断してほしい」

 なのでこの日は「王様のブランチ」のLilicoさんやフジテレビの軽部さんがここぞとばかりにステージ上のジャックへ質問を投げかけていた。質問に答えてくれるチャンスはこのとき限りだったのだ。

 ということで、素顔のジャック・ニコルソンは職業俳優として明確なルールを持つ人らしい。「役作りでいちばん重要なことは?」という質問にも「やはり脚本を読んで分析すること」と即答。

 「これがいちばん重要だよ。これだけ長く俳優を続けていると、時にはいろいろ勉強が必要な役柄もあるけれど、重要なのはやっぱり脚本なんだ。脚本を読むと、そのキャラクターが自分に入り込んで息づいていく。それが潜在意識の中まで浸透することで、私はようやくそのキャラクターの人生を生きることができる」

 そんなこだわりもあってか、最新作『最高の人生の見つけ方』では脚本作りの段階から積極的に参加したんだとか。たまたま同じ病室の同居人となり、同じく突きつけられた「余命半年」を思い切り笑いながら生きていこうと決意するふたりの男の物語。共演のモーガン・フリーマンについても「私らが最もワイルドだった70年代からぜひ一度は共演したいと思っていた人物だった」とリスペクトを惜しまない。

 でもでも原題の“The Bucket List”がいったいどんな邦題へ姿を変えたのか気になっていたようで、ここで逆質問。“How to find the ~”と直訳されると「う~ん…」と頭を抱え込んだ。ここでいう“Bucket List”は、“死”を前向きに捉えるべく「棺おけに入る前にやり遂げたいこと」を箇条書きで列挙したリストのこと。主役のふたりはこのリストに従って、スカイダイビング、カーレース、ピラミッド登頂、最高の美女とキス・・・などなど、人生最大の挑戦に踏み出していく。

 「私も最初は聞きなれない言葉だなとは思っていたけれど、最近では政治家なども演説で使うくらいに一般的な言葉になってきた。黒沢明の『羅生門』がそのまま“RASHOMON”で通用するように、映画は原題のままがいちばんいいんじゃないかな。って言っても、私はプロモーションの担当者じゃないけどね」

 苦言を呈してはニッとまた笑う。この笑顔ですべてを和やかにする(冒頭で感じていた戦慄は今やどこへやら)。まあ、僕は『最高の人生の見つけ方』って邦題は、印象的なふたりの笑顔が大写しになったポスターカットも相俟ってかなり妥当な線いってると思いますけどね。

 最後のスチール撮影時、カメラマンのリクエストに応え、にこやかに手を振ったり、両手を広げてお辞儀をしたり、投げキスを決めてちょっとおどけてみたり。そして最後は取材陣の盛大な拍手に見送られながら、下手(ステージ左)ならぬステージ中央の真後ろに降壇していったジャック・ニコルソン。そうやって彼の後姿を強調しようとする演出だったのだろう。ジャックは優雅に背中を揺らしながら、ステージから消え行く直前、背後の取材陣に向かって右手を真横に突き出して、それからグッと親指を突きたてた。

 「万事快調!」

 後姿がそう語りかけてくるような、なんとも胸をすくラストシーンだった。

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最高の人生の見つけ方』は5月10日より丸の内ピカデリー2ほか全国公開

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東京国際映画祭、閉幕式

10月20日より開催されてきた第20回東京国際映画祭が本日閉幕します。

式の模様は午後2時より公式サイトでインターネット中継されますので、お時間ある方はぜひアクセスしてみてください!

東京サクラグランプリ 『迷子の警察音楽隊』

審査員特別賞 『思い出の西幹道(仮題)』

最優秀監督賞 ピーター・ハウイット(『デンジャラス・パーキング』)

最優秀主演女優賞 シェファリ・シャー(『ガンジー わが父』)

最優秀主演男優賞 ダミアン・ウル(『トリック』)

最優秀芸術貢献賞 『ワルツ』

観客賞 『リーロイ』

アジアの風部門 最優秀アジア映画賞 『シンガポール・ドリーム』

            スペシャルメンション 『ダンシング・ベル』

日本映画ある視点 作品賞 『実録・連合赤軍―あさま山荘への道程』

              特別賞 『子猫の涙』

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映画祭いちばんの収穫はこの作品!

とうとう明日で東京国際映画祭も最終日。

コンペ、アジアの風、ワールドシネマを中心にいろいろと作品を見てきましたが、僕の心にもろ直球に突き刺さったのはこの作品でした。

思い出の西幹道(仮題)』(その後、『1978年、冬。』という邦題に決定しました)

実は、事前の試写であまりに素晴らしかったので、本日の一般上映でも再見。試写ではそれほど反応が濃かったわけではなかったので、一方のお客さんたちがどういう反応をするのか凄く興味があったのです。

Westerntrunkline

舞台となるのは、1978年、中国の北部に位置する田舎町。いまだ文化大革命の影響が色濃く残る中、ふたりの歳の離れた兄弟(ひとりは青年、ひとりは小学生)と北京からやってきた儚げな少女が出会い、それぞれの胸に生涯忘れられない深い記憶を刻んでいく。特にこの兄貴がほんとうにダメダメな奴で、工場はサボるわ、常にナイフとフォークを持ち歩くわ、気になり始めた少女の周辺に付きまとうわ、線路の鉄くずを集めて勝手に金にするわ・・・。しかし自分の過ちをきっかけに彼女への本当の愛に気がついたとき、彼は純粋無垢な守護天使へと姿を変える。少女の心もしだいに彼の心に惹かれていく。

またふたりの恋人を傍から見つめるちっちゃな弟は、まだ幼いなりに恋にも嫉妬にも満たない複雑な感情をめぐらせる。そして、閉鎖的な町の住民たちが彼ら恋人たちに悲しい運命を下すとき、弟までもがそのとばっちりをも見事に食らってしまう・・・。この“飛び火”とも言うべき弟の境遇が思わず笑ってしまうくらいに悲惨なのだが、それでもいつしか痛みは微笑みに変わり、スクリーンからあふれる優しい時間の流れがゆっくりと観客の心を癒していく。切ない。切な過ぎる。そしてなぜかドキドキする。遠い中国の話なのに、なぜかとても懐かしい、身近な話のような気がしてしまう。

いったいこの映画の何が僕の心をひきつけたんだろう。ひとつの理由として、このダメダメな兄貴が同じ青年時代の自分と激しくシンクロしたことは間違いない。いやきっと、地方都市でモッサリした青春時代を送ってきた多くの男どもにとって、ただボンヤリと都会を夢見る彼のキャラクターは情けなくも非常に共感できるものだったと断言できる。このモッサリ兄を演じたリー・チエは、なんと演技初挑戦なのだと言う。初めてにしてこの見事なモッサリぶり!天性の才能!・・・っていうか、彼が実際にも役作りの要らないモッサリした性格であろうことは想像に難くない。

また、少女役のシェン・チアニーの儚げな存在感と言ったら・・・。この映画の彼女を観ていると、思わず『初恋の来た道』で初めてチャン・ツィイーを目にしたときのことを思い出した。彼女が舞台で踊る姿に歳の離れた兄弟が意味も分からずドキドキしてしまったように、きっと男女問わず、この映画に触れた多くの人が彼女の儚さに恋をするだろう。

そして忘れてはいけない、この物語をじっと見つめ続ける幼い弟。2000人の子役の中から選ばれたというこの子の“目の演技”には圧倒される。少女に絵を褒められ「展覧会が開けるわよ」と声をかけられたときの天にも昇らんばかりの感情を、ほんの僅かの表情で表現してしまえる見事さ。おねしょ布団を彼女に見られたときの本当に哀しそうな表情も見逃せない。

“西幹道”とは架空の街の名前なのだという。その脇を一本の線路が貫いている。すべての思い出はこの線路から見える風景の中で色を帯びていった。帰り道、トボトボ歩く少女を、チビな弟が遠くからこっそり眺めるシーンがある。なんという長回し。なんという引きのカメラ。彼らが細かな仕草を演じたとしても、引きのカメラはクローズアップなどせず、一切動じない(その後のティーチインで監督はこのことを「過去を振り返るときの距離感を表現したかった」と語っていた)。この西幹道の線路を往復するたびに彼らの人生は更新され、明日が始まって、また終わる。その線路から旅立っていった兄には悲運が待っていた。残された幼い弟と、恋人。彼らはあの日から30年後のいま、どこで何をしているのだろうか。たかが映画、人が創作した物語。なのに、そんなことが気になって仕方がなくなるのは、誰の胸にも「西幹道」に代わるリアルな思い出が存在するからなのだと思う。

同じようなテーマの作品では『小さな中国のお針子』などもっと入り込みやすい作品もあるが、本作は常に寒風が吹きすさび、枯れた大地に曇天の空、そして工場からモクモクと排出される煙が観客に“地の果て”のイメージを植え付ける。でもだからこそ、そのモヤの向こう側に崇高な光が隠されているような希望をどうしようもなく抱いてしまう自分がいる。

でも正直、「一般のお客さんにはやや地味過ぎたかな・・・」と思っていたら、映画祭での反応は上場!エンドクレジットへ暗転した瞬間に客席が一斉に「ほぅっ」と溜息をついたような、そんな余韻さえ感じました。ここに集まってるお客さんたちにはきちんと見るべきものが見えていた。その一員として会場の雰囲気を体感できてとても幸せでした。本当にあの空気は試写室などでは味わえるはずもなく、こういう機会でないと得がたいものだった。素晴らしいものが生まれ出でる瞬間を、大勢で共有することの喜びを改めて噛み締めました。

『思い出の西幹道(仮題)』は日本でも2008年の公開も決定しています。このなんとも言いようのない切なさと温かさをぜひ多くの方々に体感してもらいたいです。

ちなみに写真は、左から主演女優のシェン・チアニーさん、監督のリー・チーシアンさん、脚本家であり監督の奥様でもあるリー・ウェイさん。ちなみにティーチインのときに監督がこの作品を着想した経緯を語ってくれたのですが・・・これがまた思わずホロッとなってしまうようなエピソードでした(おそらく明日くらいにはその模様が更新されるでしょうから映画祭のHPをチェックしてみてください)。

さて、『思い出の西幹道』はグランプリを受賞するでしょうか?

そんなこと、もはやどうでもいいのです。こんな素晴らしい作品に出会えただけで僕はもう満足だし、この素敵な出会いを演出してくれた映画祭にも、心から「ありがとう」と伝えたい。

追記1:28日の授賞式で、『思い出の西幹道』は審査員特別賞を受賞しました。

追記2:この東京国際映画祭が終わって中国に戻った3人は、なんと思いもかけない事態に飲み込まれてしまうのですが・・・。これを知った時にはショックでした。ここでは述べたくないので、気になる方はネット上で記事を探してみてください(タイトルで検索すればすぐにたどり着けると思います)。

追記3:日本での公開が正式に決定しました。『1978年、冬。』という邦題で、6月より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開です。

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映画祭が始まりました

Tfm01_3 今年も東京国際映画祭がはじまりました。プレス試写の合間に六本木けやき坂のレッドカーペットの方に回ってみたのですが、15時ごろには一列、二列とすでに人だかりができはじめていて、お客さん、警備、スタッフともにボルテージが上昇していってるのが分かりました。

多くのプレスさんたちがレッドカーペット&オープニング・セレモニー取材に出かけて行ってる(お疲れ様です!)頃にも、僕はずっと試写にこもっていたわけですが、今日の最大の収穫はインド映画『運命の糸』という作品か。まさにインド映画の王道を行く濃厚かつ豊穣な感動作。ハンス・ジマー顔負けの映画音楽も堂々たるもので(いま巷でヒットしているアヌーシュカ・シャンカール系の音楽が好きな人にはたまらないシタールの響き!)、わたくし、朝一発目ながら大泣きしてしまいました。コンペ作品『再会の街で』もスロースターターながら徐々に織り成されていく癒しの物語に号泣する人が続出。ドン・チードル&アダム・サンドラーのコンビネーションも良いですが、監督が端役で出演しているのも忘れないで気づいてほしいところ。その他の感想についてはこちらをご覧ください。

そんなプレス試写から一歩外にでると、そこはもうすっかりの夕暮れ時。

あっという間にゲストが通り過ぎていったレッドカーペット&六本木ヒルズアリーナではすでに撤去作業が始まっており、そばにある巨大スクリーンではジョン・カビラさんと久保純子さんが司会を務めるオープニング・セレモニーが生中継されていました(写真参照)。

というわけで、東京国際映画祭は六本木と渋谷をメイン会場に、今日から28日までの日程で開催されます。

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ロバート・デ・ニーロ記者会見

グッド・シェパード』で13年ぶりにメガホンを取ったロバート・デ・ニーロが、東京ミッドタウンにて記者会見を行いました。

実は、あまり知られていないことですが、デ・ニーロは記者会見(&インタビュー)嫌い。もちろんプライベートな質問はいっさいNGだし、ちょっとでもトリッキーな質問を浴びせようものなら「…答えたくないな」と拒否してしまうこともよくあることだとか。どうやら、その演技力ほどには口の達者な人ではないらしく、そのネックを自ら理解しているだけにすっごくナーバスになっちゃうことがあるらしいんですね。またその一方で、海外での会見では意外とリラックスして突っ込んだ質問にも答えてくれるとの証言もあり…。まあ、とにかく、この日の会見がどうなったのか、ザッと質疑応答を並べてみました(短時間で書き起こしたので、読みにくい文章になっているかとは思いますが、どうかご勘弁のほどを)。

デ・ニーロ
「日本に来られてとても嬉しく思います。映画をご覧になった方は気に入っていただけたら嬉しいです。今日はこんなに集まっていただいて本当にありがとうございます」

質問
「『ブロンクス物語』に続く監督作に13年もの長い期間が空いたのはどうしてですか?」

デ・ニーロ
「『グッド・シェパード』の企画に関わり始めたのは8年前でした。あ…9年前だったかな。それから軌道に乗せるのにずいぶん時間を要しました。私は自ら監督するのに自分が興味を持てるものを撮りたかったし…映画を作ることはとてもエネルギーと時間が必要なのです。当時、私は同じようなCIAをテーマにした映画を準備中で、それは『グッド・シェパード』よりも後の時代のストーリーでした。それと平行して本作の脚本を読んだところこれが面白く出来ていて、執筆したエリック・ロスと直接会って『僕も同じような企画を温めてるんだけど、協力してくれないか?』と持ちかけると、彼は『僕はあなたの企画よりも自分で書いたものがやりたい。でも、もしあなたがこの『グッド・シェパード』を監督してくれるならば、僕はそれに続くあなたの企画を執筆してあげてもいい」と答え、それで私はとりあえず持ってた企画を横において、『グッド・シェパード』に取り組むことになったわけです」

質問
「そうそうたる俳優陣が出演していますが」

デ・ニーロ
「私にとってキャスティングはいちばん重要なものでした。その俳優が役にピッタリはまらなければ監督としての私の仕事も難しくなるわけですから。タイプではない人を渋々キャスティングするくらいならばその映画は作る価値はありません。たとえば、ジョン・タトゥーロが出演していますが、彼の役については私が最初に脚本を読んだ時から『これはタトゥーロしかない』と固まっていました。他の人など考えられなかった。けれど、彼はその頃、自分の母親の病が深刻な状況で、本作に出演できるかどうかギリギリまで分からなかったんです。それでも私たちは彼にこだわり、彼が出演しないシーンを先に撮ってしまって、彼のシーンは空けておいて彼に時間が生まれるのをただ待ちました。その後、残念なことに母親は亡くなってしまったのですが、彼はやがて意を決して、彼が立つべきシーンに立ってくれたのです」

質問
「映画の中に今日のアメリカが抱える問題が散りばめられていたと思うのですが、これはあなたの政治的な意志表示でもあるのでしょうか?そして最近、政府高官がCIAエージェントの実名をリークする事件がありましたが、映画への影響はありましたか?」

デ・ニーロ
「映画というものは監督の個人的な想いが投影されるものだと思います。この映画には「個人を取るか政府を取るか」といった葛藤や、ロシア側の態度であるとか、私が面白いと思ったものを、自分の考えはこうだと主張するよりも、むしろ観客が映画に入り込めるように正直に描くというのが私のやり方です。ですから、最近の事件や時代性といったものはあまり意識せずに、より普遍的で、人間社会の根底に訴える作品を心がけました」

質問
「俳優でもあるあなたが監督として俳優達にどのように接しましたか?また、カメラの前で演技するときと、カメラの手前で演出に徹するときは気分的にどう違いますか?」

デ・ニーロ
「私は俳優を長くやってきましたが、自分をさらけだすようなエモーショナルな場面を何度も何度も求められ、それをまた別の角度から…といった具合にとても辛く感じるときもあります。それに比べ、監督は椅子に座って指示するだけですから。でも、俳優は自分の出番が終わればそれでおしまいなのに対し、監督は撮影の後も編集やなんかの膨大な作業が待っているわけです。どっちもどっちですね。けれど私はこの監督という仕事が好きです。俳優を演出するのをとても楽しみました。『ブロンクス物語』のときにはアマチュアの子役を即興的に指導していたのですが、この映画はそうそうたるプロの俳優の俳優達が揃い踏みしていますから、こちらもそれにあわせた入念なプランを築いていくことに心血を注ぎました」

質問
「13年ぶりの監督作ということで、いちばんこだわった場面があれば教えてください」

デ・ニーロ
「うーん、もう1年半前のことなので…忘れてしまったな…あ、そうそう、タトゥーロの尋問の場面なんか印象的でしたね。まあ…すべての場面にこだわりました」

質問
「主演にマット・デイモンを起用した理由を教えてください。エリートの役にはエリートの俳優が必要だったのですか?」

デ・ニーロ
「そうですね(笑)。最初はこの役の候補に3、4人の俳優が上がっていました。中にはレオナルド・ディカプリオの名もありましたが、彼はとにかく忙しい俳優なので、彼を起用するとなるとしばらく待たなければいけなかった。残りの候補に名を連ねていたのがマットで、彼は格安のギャラにも関わらず期待通りの素晴らしい演技を披露してくれました。『ディパーテッド』の撮影の直後にも関わらず、引きずり込むように参加してくれたんです」

質問
「CIAはどれくらい協力してくれましたか?」

デ・ニーロ
「テクニカル・アドバイザーとして30年も在籍した人物を紹介してくれたり、そのほかにも頼めば何でも動いてくれて、非常に協力的でした」

この後、花束贈呈などが行われる中でふと飛び出した質問が「デ・ニーロ作品のオーディションに合格する秘訣とはなんですか?」というもの。これに対する彼の答えは、

「その人が無名の新人である場合、まず部屋に入ってくる時点で、使えるか使えないか、瞬間的に分かるんだ。でも実際に出演してもらったとして必ずしも成功するかどうかは保証はできないんだけどね」

普通の口八丁な監督ならば「俺が目を付けた俳優だから間違いない!」だとか、何かと大きなことを言いたがるものなんですが、デ・ニーロときたら本当に嘘が付けない性格のようで、どの発言につけても記者をあっと言わせるようなインパクトはなし。スクリーン上で入念な役作りを披露する彼と、いまこうして言葉に詰まりながらシャイな表情を覗かせる彼。その両方が紛れもないデ・ニーロ本人なんだな、と改めて感じた次第でした。

グッド・シェパード』は10月より全国ロードショー。

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