2011/02/14

MYFFF受賞結果

わたくし牛津も審査の片棒を担がせていただきました、フランス主導の完全オンライン映画祭「第1回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルの受賞結果が発表されました。

Myfff_usa
ちなみに牛津は長編部門『もうひとりの私』、短編部門『壊れた車』に票を投じたのですが、さて結果はいかに。。。?

Myfavorite
これしかない!これこそ名作だ!これが受賞しなくてどうする!と自信に充ち溢れた1票を下したものの、結果を概観すると他の審査員の嗜好性は全くもって別の作品へ向いていたようです。

これは私の「見る目のなさ」か、「国民性の違い」か、それとも「多様性のあらわれ」なのか。牛津は非常に興味深くこれらの結果を受けとめました。

そして、他者と自分の好みが究極的に違うのだというごく当たり前の事実を噛みしめられた経験に喜びを覚え、なおかつ今あらためて考えてみると以下の受賞結果にも自分と好みを同じくする部分が少なからず見受けられるのも事実です。

こうやって自分と他者とが描く嗜好性や審美眼の不器用な円の交錯部分を探っていくことこそ、このようなコンペテション審査における最も意義深いところと言えるのかもしれません。

Three awards presented

The festival’s Audience Prize was awarded to All That Glitters by Géraldine Nakache and Hervé Mimram (feature film) and to Mémoires d'une jeune fille dérangée by Keren Marciano (short film).

観客賞は長編部門『きらきらしてる』、短編部門『倒錯した若い女性の追憶』

Tout
The International Press Award (voted by 20 journalists from 20 different territories) was given to Silent Voice by Léa Fehner, with a Special Mention for The Wolberg Family by Axelle Ropert (feature films) and Babel by Hendrick Dusollier (short film).

プレス審査員賞は長編『堕落への道連れ/声なき声』、スペシャル・メンション『ヴォルベルグ一家』、短編『バベル』

Jury

The Bloggers' Prize awarded by 35 foreign bloggers was presented to both Espion(s) by Nicolas Saada (feature film) and En attendant que la pluie cesse by Charlotte Joulia (short film).

ブロガー審査員賞は長編『スパイ』、短編『雨が連れてくるもの』

Espions

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2011/01/30

さよならゲーリー(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Adieu Gary(さよならゲーリー)」を観た。

Adieuジャン・ピエール・バクリ主演の温かくも微笑ましいヒューマン・ドラマ。経済を支えていた工場が閉鎖され、もはや“終わってしまった”に等しい街に、服役を果たした息子が帰ってくる。 長い長いトンネルを抜けて光が見えると、そこがまさにその故郷だった。彼は長年工場で働いてきた父(バクリ)とそっくりなプライド持ちで、新しく職を探そうにも一向になじめない。

一方、男やもめの父は父で、近所に住む女性と愛を育み、彼女の一人息子が自分のことをどう想ってるのか皆目分からずに頭を悩ませている。彼女の夫はかつてゲーリー・クーパーに似ていると言われたが、いつしか愛人とこの街を去った。残された一人息子はいつ帰ってくるかも知れない父を待ちわび、今日もひたすらゲーリー・クーパーの出演作を見続ける。

登場するキャラクターはそれぞれに切迫した想いを抱えている。が、それがストレートに画面を席巻することはなく、常に慈愛に満ちたまなざしのどこかから注がれているのを感じる。この輝きを何と呼ぼうか。

確かにこの街は終わっているが、それぞれに人生はつづいていく。いや、続いていかねばならない。ふとアパートの脇を轟音たてた列車が通り過ぎる。なるほど、ここは恐らくそれぞれの途中下車の街ではあっても、決して人生の終着駅ではないのだ。登場人物の誰もがそのことに気づき、再び人生を歩きだそうとする。またそれを祝福するかのように、本作のクライマックスでは腹の底から湧きあがるような街の鼓動が辺り一帯に鳴り響く。このとてつもなくマジカルでパワフルな幕切れ。なんという映画的顛末。ささやかではあるが、そういう瞬間に立ち会えたことが無性に嬉しくなる、思わずこの映画のことを人に話したくなる佳作だった。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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2011/01/29

共犯者(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Complices(共犯者)」を観た。

Complices

河に青年の遺体が上がった。外傷あり。誰がこんなむごい仕打ちを?と、この事件現場に駆け付ける男女ふたりの中年刑事たちが、互いの心を付かず離れず震わせ、ときにはピンポンやってコンビネーションを確かめ合いながら、捜査ともラブゲームとも付かぬ関係性を繰り広げていく。それと並行して描かれるのは、先の青年と少女の焼けるように熱く、初々しい愛の日々。青年は男娼としてチャットで客を取り、日銭を稼ぐ。そんな先の見えない日々の中で少女にと出逢い、ふたりは闇のセックス・ビジネスに手を染めていく。

原題が「カップルズ」なだけあり、この殺人事件を通して上記ふた組のカップルがそれぞれに愛を模索する。若いカップルは何に関しても情熱的で積極的(フルヌードで体当たりの演技を披露)、しかし身の危険を顧みない。それに比べて捜査側のカップルはというと、これまた人生の酸いも甘いも知り過ぎているせいか、奥手過ぎて有効性のある進展がなんら見えない(涙)。

この泣きたくなるような切ないラブストーリーと、笑ってしまいそうなぎこちないラブストーリーが、まさにひとつの腐乱死体によって結節するという、なんともまあフランスならではの独創的なコントラストが際立つ異色作だ。ただしとても残念なことに、この映画もラストのひねりがやや弱い。すごくいい雰囲気で高まってきた感情が絶頂付近で思わず削がれてしまったような悔悟が残る。

●本作はmy French Film Festival開催期間中、こちらのページより有料視聴できます。

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おすすめ短編作品(myFFF)

マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」の短編部門の「これは!」と思える作品をピックアップ。

Car壊れた車/Cabosses』(16分)。この作品の先読めぬ展開にドキドキした!静謐な森で今日も無邪気に戯れる幼い子供たちと、年頃のボーイ&ガール。なんだか良い雰囲気になり、幼子たちがはやしたてる中、ふと気づくと、茂みの向こうに壊れた車が・・・これが彼らの運命を変える。このプロットはまさにジェットコースター。16分の中に微笑ましくも衝撃的な描写が次々と起こり、一本の研ぎ澄まされた緊張感がピンと持続する。そしてラストの顛末に息を呑んだ。なるほどすべてはここに繋がっていたのか。

Kimキム・ベイシンガーはいずこ?』(30分)。昨年のフランス映画祭でも上映。この独特のモノクロ作法を「ジャームッシュっぽい」と言い切ってしまうのはいささか乱暴すぎるだろうか。でもブエノスアイレスの喧騒をさまよう可愛らしいオッサン兄弟、そして周囲のおせっかいぶりはまさにそれを彷彿とさせる。ポン引きに「いい娘いるよ!キム・ベイシンガーにそっくりだよ!」と言われてホイホイ付いていった彼らの顛末とは?ってか、観賞後の余韻までほんっとにジャームッシュっぽい。セザール賞の短編部門にもノミネートされたそう。

Dragon小さなドラゴン』(8分)。昨年のフランス映画祭では「燃えよ、プチ・ドラゴン」として上映された。ある日、突如としてブルース・リー人形(胸のボタンを押すとアチョーを連発)に魂が宿り、レアアイテム満載の部屋を縦横無尽に駆け巡る。誰もがお馴染みのあの表情!あの動き!そして思わぬアイディアで登場する伝説のヌンチャク!ストップ・モーションアニメの細やかさに心奪われ、作り手のマニアぶりに感心する。遊び心満載のエンターテインメント。

Blue青いゴルディーニの男』(10分)。フランスにこんな斬新なアニメーションがあったなんて。ファーストカットから驚いた。外見は普通の閑静な街並み。でもそこに行き交う人々はごく当たり前のように・・・下半身が真っぱだか!!一方、街をオレンジ一色へと染めゆく政権の弾圧に抗し、今日も神出鬼没の“青い男”が暗躍する。果たして彼の目的とは!?「裸の王様」の新解釈とも言うべき、イカれた時代のニューヒーローの物語。まるで石井克人アニメを観ているような爽快なアクション&テンションがとても気持ちいい。

Istanbul吠える島』(15分)1910年、コンスタンチノープル(イスタンブール)で行われた3万匹に昇る野良犬の大量処分の悲劇を、写実と抽象を織り交ぜた独特のイラストレーションにて描く。昨夏訪れたばかりのイスタンブールと、このようなかたちで再会しようとは思ってもみなかった。本作で描かれる約100年前のこの街は、服装の変化や交通手段の発達などはあれど、印象として現在とほとんど変わっていないように見える。そして今もまだ、濡れそぼった野良犬は非常に多いのだった。。。

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トルコ人の頭(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Tete de Turc(トルコ人の頭)」を観た。

Tetodeturc_2

ここはどこのスラム街なのか。冒頭から緊迫した状況が続く。突入する警官。反発する住民たち。衝突の中をカメラがうごめき、また同時に、この危険地帯で医療行為を施すひとりの希少な医師の姿を映し出す。

と、そこで事件が勃発した。若者グループは医師の乗りこんだ車に「よそ者は出ていけ!」と投石をはじめ、そのとどめとしてごく純朴なトルコ人の移民少年が勢いに任せて火炎瓶を投げこんだ。立ち昇る噴煙。だが医師は逃げ出さない。彼は車中で気を失っている。それに気づいた少年は衝動的に火を振り払って渦中へ飛びこみ、こん睡状態の医師を車外へ救いだし、その場を後にする。

数日後、意識を回復させた医師は命の恩人を探してほしいと言う。事件多発地帯にかくも勇敢な若者が存在したとは。自治体も「これは表彰モノだ」と治安アップのキャンペーンに利用したい様子。彼らはその恩人が、一度は火炎瓶を投げ医師を死の淵にまで追いやった人物だとは想像だにしていない。やがて警察はその犯人を追いはじめ、トルコ人の少年は名乗りたくても名乗れない窮地に追い込まれていく。

スタート地点からこの街で巻き起こっている異常事態を手際よく描いていく手法が見事に決まっている。感情をむき出しにする人々からメインとなる人物たちをすっと浮かび上がらせ、それぞれの所属する社会的組織、それをもっと細分化した家族という単位、そして個人というレベルに向けて一枚一枚表層を剥ぎ取っていくドライな描写が観る者を惹きつけてやまない。とりわけその中心に立つトルコ人少年の透明感は、相反する人々の反射鏡のようでもあり、彼、すばわち“トルコ人の頭”をめぐる3すくみの状況が色濃く浮き彫りにされていく。

勢いはなかなか衰えない。終盤にかけても非常に良い緊張感が持続する。そしてクライマックス、さあ後は画竜点睛を待つのみ!という段になって、やや力が及ばなかった。観客はあと一歩ダイナミックな物語のうねりを期待したはず。登場人物たちに自らの運命を力強く切り開いて進みゆくような、何かが欲しかった。惜しい。ほんとうに、あと一歩なのに。とどのつまり、この監督(彼は医師役も演じる)の次回作は注目だと言うことだ。

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2011/01/27

もう一人の私(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「L'Autre(もう一人の私)」を観た。

Iautreカメラが夜の高速道路を見降ろしながらゆっくりと滑空する。まるでこの世界を見守る天使のように。

あるいはそこから眺める膨大な車両の輝きは、ひとりの人間の体内にほとばしる血流のようでもある。

この街で主人公のアンヌ=マリーは男と別れた。それは互いが納得して得られた結論だった。男は女性に結婚を求め、彼女はそこから逃れる自由を求めた。ただそれだけのこと。別れた後も彼らは幾度も顔を合わせ、穏やかに言葉を交わす。それは別れにともなう彼らなりの儀式のようでもあった。

しかし男に新たな恋人ができたと知った時、アンヌ=マリーの心には抑えようのない想いが湧きおこる。「彼女の歳は?」「47歳」 それはアンヌ=マリーと同じ年齢だった。好奇心ともジェラシーともつかない感情を抱えながら、いつもと違う毎日が幕を開ける―。

2008年のヴェネツィア国際映画祭のコンペ部門に出品され、主演のドミニク・ブランが主演女優賞を受賞した作品である。「夢十夜」のような幻想的な寓話をまさに映画にしか成しえない語り口、表現手法で描いていく。当事者の物語でありながら、視点はまたどこか別の次元にあってこの世界を静かに見守っているかのような浮遊感が観る者を魅了してやまない。

制御できない複雑な想いがどんどん膨らみ、自分が怪物なのではないかと恐ろしくなる主人公。その傍らには数々の「さよなら」の風景が横たわる。ソーシャルワーカーとして働くアンヌ=マリーはアルコール中毒の女性が愛犬とお別れするのを見てなぜだか涙をこぼす。夜のとばりに響き渡るラジオDJの声は「今日で15年間続いたこの番組も幕を閉じます。みなさん、さようなら…」と静かに別れを告げる。また、昔の恋人からはいま自分の体の中で死の病が進行中であることを打ち明けられる。

我々がやり過ごすこの日常の中に、いったいどれほどの哀しい別れが横たわっているのか。

人間は生きていく限りにおいてこの“別れ”から逃れることはできない。だからこそ彼女はラストに予定調和のように寄りを戻したり奇跡を期待したりなどせずに、その別れの運命を穏やかに受け入れる。逃げずに別れに真っ向から立ち向かっていくのである。自分の中のもう“ひとりの自分”にやさしく別れを告げるかのように。

ドミニク・ブランの体現する主人公の心の内側を、夜の街並みが幻想的に代弁する。この優雅で哀愁にあふれ、時に狂気さえ醸し出す心の変移。全編を牽引するブランの透明な力強さを讃えると共に、これらを巧みに織り成したぺトリック・マリオ・ベルナルド&ピエール・トリヴィッツ両監督の表現力の確かさにも賛辞を送りたい。

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2011/01/23

女優たちの宴(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Le Bal des actrices(女優たちの宴) 」を観た。

Lebaldesactrices_2これは虚構?それとも事実?薄膜一枚で隔てられたその境界線をカメラは巧みに横断し、実名登場する女優達の観たこともないような表情を映し取っていく。この作品にジャンルを与えるとするならば、「フェイク・ドキュメンタリー・ミュージカル」ということになるのだろうか。

話の発端は女優としても知られるマイウェン・ル・ベスコの一言だった。「新しい企画を思いついた!女優達の素顔に迫りつつ、なおかつミュージカルでもあるの!」 すぐにはピンとこない発想だ。同席したプロデューサーも要領を得ず、「うーん、どうかな…」と嗜める。しかし次のシーンからすでに彼女はハンディカメラを手に持ち、女優達に対して「情熱大陸」顔負けの密着取材を敢行している。

監督にダメだしされる女優、オーディションで落とされる女優、活躍の舞台をハリウッドへ移すべく英会話に磨きをかける女優(それでも結果はボロボロなのだが)、役づくりに触発されて母性が芽生え始める女優、全部嫌になってインドに行っちゃう女優…。彼女たちはそれぞれに思う。もしあのとき違う選択をしていれば…自分の性格がもっと違っていれば…あ、忘れてた、美顔注射の予約をしなくっちゃ…なにさ!あのキャスティング・ディレクター!この仕打ちはあんまりだわ!ここまで言われなきゃならないの?私にとって演じることって何…?私はどこに向かいたいの?なんになりたいの…?

女優らがそれぞれに素顔をさらし始めた途端、ミュージカルシーンが幕を開ける。歌と踊りに載せて彼女たちの心の奥底にある隠された想いが吐露される。つまり本作はドキュメンタリーという超客観の手法からミュージカルという超主観の手法まで、その両極端の領域をカメラが果敢に行き来するという大実験作でもあるわけだ。このジャンルの壁をぶち破るエネルギーに魅了される。

そしていつしか、カメラを構えるマイウェンも夫にこう告げられる。「なあ、君は女優だろ?自宅を空けっぱなしじゃなく、ちゃんと子供と一緒に過ごせる時間を作ってくれ。そういう母親役も演じられるはずだよ」。ガーン!

実はこの映画、マイウェン・ル・ベスコ自身が全体の監督をも務めている。カメラのあちら側とこちら側、虚実両方において監督を担っているという究極の二重構造。これは自分に相当自信がないと成しえない技だ。女優業以上に自らをさらけ出す勇気がなければこんな大胆な所業は成し遂げられない。その熱意と表現欲求を讃えたい。

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2011/01/21

きらきらしてる(MyFFF)

フランス発オンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション作品「Tout ce qui brille(きらきらしてる)」を観た。

19252522_jpgrx_160_212f_jpgq_x20100幼なじみの年頃の女性エリーとリラは怒っても笑っても互いの心根を汲み取れるかけがえのない親友だ。パリ中心部から10分離れた郊外の公団住宅に暮らす彼女たちは、今夜もタクシーを乗り逃げして、セレブ気分でパーティーへ繰り出す。その目的は素敵な出逢い?それとも今の自分を忘れたいから?ひょんなことから本当のセレブと友達になってしまう彼女たち。リラはこの世界の住人になろうと必死になり、知らないうちに多くの人の心を傷つけてしまう。そしてエリーは、その煌びやかな非日常に段々と虚しさを感じるようになっていく―。

エリー役のジュラルディン・ナカッシュが主演と監督を兼任した意欲作。フランス公開時に口コミでじわじわと人気を拡げていったのも頷ける、若気の至り(勢い?)に繊細さを混ぜ合わせた巧みなガールズ・ムービーだ。パリの街並みにクレヨンで落書きしたかのような可愛らしいオープニングで心をつかまれ、それぞれが辿る心の変移に年齢を重ねるのとはまた違った精神的な成長を感じずにいられない。

ほぼ二人を中心に展開していく物語において、その脇を固めるキャラクターも印象深い。『ザ・ビーチ』や『8人の女たち』に出演するヴィルジニー・ルドワイヤンも子持ちのセレブという特殊な役柄でエリー&リラを未知なる世界にいざない、タクシー運転手の(エリーの)父親は娘との関係にギクシャクしながらも小動物的なまなざしで変わらぬ慈愛を注ぎ続ける。また親友のスポーツ・インストラクターは持ち前のキビキビした性格でハッキリ答えの出ない主役ふたりのケツを容赦なくひっぱたいて助言をくれる。そんなささやかな人々が本当にきらきらしている。

そのことに気がつくとき、エリーの表情が、瞳がまったく違う輝きを放ち始める。どんな宝石よりもきらきらした輝きを探すために彼女たちの冒険はこれからも続いていくのだろう。それぞれに居場所は違っても。相変わらずの親友のままで。

そして同じ想いを抱えた大勢の人々がバンリュー(郊外)から集まってくるからこそ、パリの街は今夜も相変わらず、煌びやかな“きらきら”を放ちつづけるのだろう。

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2011/01/19

バス・パラディウム(MyFFF)

1月14~29日開催のオンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション部門にて「バス・パラディウム」という作品を観た。本作は2010年のフランス映画祭にて日本でも公式上映されている。Palladium

80年代のパリを舞台に繰り広げられるバンド・ワゴン映画。幼なじみ5人で結成されたロック・バンド“Lust”は家族や仲間の助けを借りながら地道に人気を拡げていき、いつしか待望のレコード・デビューを果たすことに。真っ赤なワゴンにバンド名を刻みツアーに繰り出す彼らだったが、ひとりの女性をめぐって友情に亀裂が生じ、いつしか修復不可能なまでに溝を深めていく。若さゆえの感情のぶつかり合いを経て、はたして彼らが最後に辿りつく場所とは―?

自身も映画俳優として長いキャリアを持つクリストファー・トンプソン監督による監督デビュー作。今となってはノスタルジーさえ漂うストレートなロック・ミュージックに彩られ、若さに溢れた5人のそれぞれの個性が印象深く描かれていく。中でも興味深いのは、このバンド活動を自分の命とばかりに打ち込む者もいれば、これを束の間の冒険として他に人生の保険を掛けている者もいる。それぞれにとってバンドの重みや定義は全く異なる。

そんな具合だから、渦中にひとりの女性が飛び込んでくれば、これはもう破滅も同然。それは彼らに留まらず歴史上のあらゆる人気バンドが証明している顛末だ。ゆえにこの手のジャンルは「墜ちていく」ことを魅せる手腕が必要となる。その点、葬儀に始まり、葬儀に終わる本作はそこに青春を脱ぎ捨てる通過儀礼のような爽やかを付与し、ある一定のレベルをクリアしていると言えるのだろう。

ごくサラりとバンドメンバーの家庭環境をそれぞれに散りばめ、とくに練習スタジオ代わりの工場を営むユダヤ人おばあちゃんの描き方が微笑ましい。若さに沸騰する本作の良い中和剤といったところか。

ところで本作には驚くほど“父親の存在”が見えない。メインとなるメンバーふたりもどうやらシングルマザーに育てられている様子。この“不在”が意味するものは何なのだろうか。と同時に、フランスでは90年代半ばに廃止されたという徴兵制に戸惑う青年たちの姿が描かれているのも非常に興味深い。

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スパイ(MyFFF)

1月14~29日開催のオンライン映画祭「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」のコンペティション部門にてギョーム・カネ主演「スパイ(ESPIONS)」を観た。もちろん日本未公開。

Espions_2空港の手荷物検査所。職員が乗客のバッグの物品に手を触れた瞬間、辺りは大きな炎に包まれ惨事が巻き起こる謎の荷物はシリア外交官の所有物に属したものだった。なぜこのような危険物が運び込まれたのか?かの国を通してなにが起きようとしているのか?

事件に居合わせた職員ヴァンサン(ギョーム・カネ)はこの一件で日頃の違法行為がバレて解雇処分に。警察からも逮捕の二文字が突きつけられる。「助かりたければ、捜査に協力しろ」。どうやら事態はフランスDTSと英国MI5の合同捜査として動き始めているようだった。ヴァンサンはロンドンへと飛び、現地の捜査官と共に謎の経営者でもある被疑者バートンの裏の顔を探ることに。真実を解明するには彼の妻の協力が不可欠だ。さっそくヴァンサンは身分を偽り、美しい彼女に接近するのだが―。

ひょんなことから空港職員が諜報員に!?やや強引な事の顛末には疑問符が残るものの、映画監督としても活躍目覚ましいギョーム・カネがロンドンにて苦悩を抱えつつ暗躍を繰り広げる、ただそれだけで視覚的にはリッチで満たされるものがある。本作はフランス映画ながら、街角から地下鉄に至るまでその大部分にて贅沢なロンドン・ロケーションを展開している。

ガラス張り建築に居を構えるフランス諜報部に比べて英国MI5は未だにジョン・ル・カレの世界から寸分変わらないアナログなイメージ。また、この街でヴァンサンとパートナーを組むのは『クライング・ゲーム』などニール・ジョーダン作品でお馴染みの名優スティーヴン・レイだ。ところどころ顔を出しては「やれやれ」とまるでヴァンサンの親代わりでもあるかのように連携していく。

筋の荒さは気になるが、名優らが互いに醸成しあう空気感には目を見張る点が多い。

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●<ギョーム・カネ>関連レビュー
フェアウェル/さらば哀しみのスパイ

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